短編小説「髪を得る為に富を失った男と、富を得る為に髪を失った男」
お前達の世界にはこんな言葉があるはずだ。
「なにかを得る為には、なにかを失わなければいけない」
ってな。
どんなボンクラでも一度くらいはこの言葉を聞いたことがあるだろう。
俺たちからすると、この真理は違う言葉で語られる。
「なにかを与えてやるなら、なにかを奪え」
だ。
俺のじじいも、そのまたじじいも、ずうっと同じことを俺に言い続けてきた。
むかし、ちょいと気に入った人間の女の子が病気になった。
俺は仏心を出しちまって、何の見返りもなくその女の子の病気を綺麗さっぱり直してやった。
そしたら、オヤジにこっぴどく叱られちまった。
「いいか、クソ餓鬼、俺たちに与えらた力は無償の愛の為にあるんじゃねえ。対価を払うことで、何かを得られるって真理をアホな人間に教え込む為にあるんだ。創造主は、そういう目的で俺たちを作った。いいか、二度と仏心なんか持つんじゃねえ。それは俺たち悪魔のやることじゃねえ」
ってな。
そう言って、オヤジは俺の片目を潰しやがった。
それ以来、俺はしっかり"与える代わりに奪う"というルールを守っている。
そういや、こないだ面白い事例があった。
まるで鏡みたいな奴らから、同時に儀式に呼ばれたんだ。
一人は、そうだな満男(みつお)と呼ぼう。俺たちの業界も守秘義務はうるさいんでね。
満男は名前の通り、お前らが羨むものならなんでも持ってた。
金もある、でけえ家もある、女にも不自由しない、どっかの国の大臣をやってるはずだ。
なんでも満ちるまで持ってるから満男だ。
ただ、髪だけないんだ。
剃っちまえばいいと思うんだが、後生大事に薄らとした毛髪を残してやがるんだ。
人間の力で出来ることは全て試したらしい。
カツラ、植毛、育毛…
でも、どれも満男の頭には効果がなかった。
俺はちゃんと言ったよ。
「髪が欲しくば、今お前が持っている富、名声、権力、その全てを捨て去る覚悟はあるか?」
ってな。
そしたら、満男はあるって言うんだ。
だから、お望み通り、お前らが羨むようなものは全て満男から没収だ。
その代わりに、満男は死ぬまで、ふさふさの髪に恵まれることにしてやった。
しかも、髪質まで思うがままだ。
どうだ、俺は優しいだろう?
満男の儀式が終わると、すぐにアクセスがあった。
こいつは茂雄(しげお)。
もちろん俺がつけた仮名だ、悪魔にも守秘義務があるって、さっき言ったよな。
こいつの願いは、はじめは割りに合わないと思ったんだ。
茂雄は富や権力や名声という、馬鹿な男がみんな一様に望むものを手にしたくて、俺を召喚しやがった。
もちろんいつもなら無視だ、こんな願いは。
願いも陳腐だし、ありきたりだからな。
ただ直前に満男の依頼があったから、俺は丁度いいと閃いたんだ。
満男の財を茂雄にやって、ふさふさに茂った茂雄の髪を満男にやりゃいいってな。
どうだ名案だろ?
こいつらの事の顛末は更に笑える。
満男は禿げ頭にお望み通りの髪が生えたわけだが、また財が欲しくてしゃかりきに働き始めた。
茂雄は手に入れた財力で、なんとか髪を生やそうと植毛やら育毛やら、お前ら人間が思い浮かべそうな方法を片っ端から試してやがる。
ないと思うとすぐに欲しがるくせして、一度手に入れると、すぐに捨てやがる。
まったくお前達人間って奴は罪深い生き物だよ。
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