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#奇譚
短編小説「生まれてはみたけれど」
ぼくには、生まれてくる前の記憶がある。
もう亡くなってしまった母が、お腹の中にいるぼくに向かって、
「こいつは絶対産まねえからな」
と大きな声で怒鳴っていた、という記憶だ。
相手が誰なのかは分からないけど、恐らく相手は、ぼくが一度も会ったことのない父だろう。
母の啖呵を聞いて、ぼくはお腹の中で悩んだ。
お腹の中は、とても心地良いし、出なくていいなら出たくないんだけどな、とぼくはぼんやり
短編小説「夏の日の落下」
都庁の近くの小さな集会室で、ぼくは手話を教えていた。
手話講師は、ぼくの本業ではない。
ぼくの本業は、レントゲン技師だった。
レントゲンが壊れて修理を依頼されれば、ぼくはどこにでも出向いた。
腕の良いレントゲン技師だったと自負していたのだけど、3年前に咽頭癌が見つかった。
レントゲン技師の仕事と発癌の因果関係を疑ったが、その証拠は何も見当たらず、ぼくは次第に職場の中で浮いた存在となっていっ