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ウクライナ戦争下でのロシアのラッパーたちー松下隆志「ロシアをレペゼンするのは誰か」を読んでみた

ワグネルの乱には考えさせられました。武力によって政権を打倒した場合、武力を使って統治していくことになるでしょうから、市民にとって事態はあまりかわらないのかもしれない、いやより不安定になるでしょうから、事態は悪化するかもしれないと思いました。ロシアのような状況になってしまうと、最悪の状態から抜け出すのは至難の業だと改めて思いました。

情報が出揃っていないワグネルの乱の分析については専門家にまかして、私の方は引き続き歴史や文化を学ぼうと思います。
ここのところ、ウクライナ戦争関連書やロシア思想関連論文を読んでいます。前回は、ウクライナ戦争中のロシアでの反戦運動と取締に関する論考を読みました。これは伝統的な反戦運動(リベラル運動体の活動や署名など)を扱っていましたが、今回はロシアにおけるラッパーたちによる反戦運動に関する論考「ロシアをレペゼンするのは誰か プーチン時代の政治とラップ」(松下隆志 2023年 『ゲンロン14』に収録)を読んでみたいと思いますyo!

ロシアヒップホップの歴史(ざっくり)

ロシアでもこの10年、ヒップホップは若者からもっとも支持される音楽ジャンルになっているらしい。

ラッパーは言うなれば現代の詩人であり、社会の病理を鋭く抉り出す彼らの歯に絹着せない言葉は何百万人もの若者の心を動かし、その絶大な影響力は権力にとっても無視できないものとなっている。

『ゲンロン14』100P

1950年代〜90年代

スターリン死後の1950年代には西側の最先端文化(ファッション、ジャズ、ロックなど)がソ連に入ってきていたらしい。しばらくすると当局による規制が強まったが、それでもこの流れを抑えることができなかったようです。この流れで、1970年代にアメリカのブロンクスで生まれたヒップホップもソ連に入ってきました。しかし80年代はスタイルの新奇性に注目が集まるものの、アメリカヒップホップ本来の人種差別へのプロテストなどが理解されたわけではなかったようです。人種差別ではなく世代間の軋轢に対してプロテストしていました。

ソ連が崩壊した1990年代になるとロシアでMTVの放送が始まります。これによってリスナーは本場アメリカのヒップホップに精通していきます。そのようなリスナーからすれば、ロシアには本場のパロディのようなものしかありませんでした。しかし90年代半ばから、本場を意識して全面的に英語のラップを取り入れたグループが現れ始めました。また90年代には資本主義化という変化も始まりました。計画経済の失敗と自由市場への転換により、貧富の格差が広がりました。この状況はヒップホップが誕生した70年代のアメリカの状況と似ているとの研究者からの指摘があります。

2000年代

プーチンは1999年に大統領代行、2000年に大統領になります。当時のロシアは、石油・天然ガスの国際価格の高騰の影響で、たいへんな経済成長と社会的安定がもたらされました。いっぽう大手メディアが次々に国の傘下に入り、言論統制が厳しくなります。ここでロシアラップのプロテストの対象が定まり、ロシアラップは自分たちの地盤を手に入れます。

では実際にどんなラッパーがいるのでしょうか。

反権力ラッパー

ノイズMC

世界的な注目を集めるラッパー ノイズMCには注目を集めるきっかけがありました。

ある日メルセデス・ベンツとシトロエンが衝突事故を起こす。ベンツの方は軽傷、シトロエンに乗っていた二人の女性は死亡。ベンツが渋滞を避けようと強引な車線変更をしたという目撃証言があったが、当局は早々と事故の責任はシトロエンの運転手にあると断定。ちなみにベンツには石油会社ルクオイルの当時の副社長が乗っていた。そして事故で死亡したシトロエンの運転手はノイズMCの知人だったこともあり、彼はすぐに「メルセデスS666」という音楽の動画をYouTubeで配信。「私は賄賂で解決しない問題など知らない」「私はその命が自分の利益より重要な人間など知らない」などのリリックで特権階級を批判。この影響もあって事故の再調査が行われることになり、ラップによってロシアを変えることができる印象を世の中に植えつけたという。

ワーシャ・オブローモフ

ロシアサッカーのアンジ・マハチカラ対ゼニト・サンクトペテルブルクの試合で起きたロベルト・カルロスに対する人種差別事件(アンジのカルロスにゼニトサポーターが黒人差別の象徴であるバナナを投げつける)を受けて、オブローモフは「プーシキン・ラップ」を発表して、人種差別にプロテストする。プーシキンは「ロシア文学の父」と称されながら、アフリカ系黒人の血を引いている。プーシキンは人種差別に反対するのだとラップする。

オクシミロン

オクシミロンの『ゴルゴロド』(2015年)というアルバムはロシアでのラップの位置付けを変えた。それまでサブカルと位置付けられていたけれど、この作品によってハイカルチャーとみなされるようになったようだ。『ゴルゴロド』はアカデミックな論文にも取り上げられ、文学賞にもノミネートされる。『ゴルゴロド』の内容はこうだ。悪徳の都に生きる人気作家マルクは、腐敗と戦おうとしない。しかし恋人から反体制組織を紹介され、権力と闘うことになるが失敗し捕らえられてしまう。解放後マルクは、自殺か禁欲しか生きる道はないと考える。そのとき銃声が響きわたり、物語は終了する。

2021年オクシミロンは「マルクを殺したのは誰か?」という曲でセンセーションを巻き起こす。その背景はこうなっている。オクシミロンとその相棒のショックはしばしば保守派ラッパーのローマ・ジガンの価値観を批判していた。ある日ジガンと武装団は二人を襲い、謝罪を強要する。するとオクシミロンのみYouTubeで謝罪した。結果彼はショックと別れることになる。その後もジガンの脅しでジガンが監督した映画に出演させられる。「マルクを殺したのは誰か?」はこの経緯とオクシミロンの覚悟をうたったものだ。

俺はすべてを無視するが、痛みは消えない
嘔吐するまで飲み、血痰が出るまで吸う
アル中、麻薬、俺はずっと逃げ続ける
ベッドにはまた別の女、だがそれは何の助けにもならない
バトルの対戦相手はどいつも俺への平手打ちの話を持ち出す

俺はひたすら沈黙し、だからこそ世代のヒーロー

『ゲンロン14』110P

オクシミロンはありのままの自分をさらけ出し、現実と向き合う決意をする。

保守派ラッパー

反権力のラッパーがいるのなら、保守派のラッパーもいます。オクシミロンとトラブっていたジガンはそのひとり。MVの中で「俺の親友はプーチン大統領」と連呼したりする。保守作家ザハール・プリレービンはドネツク人民共和国に独自の戦闘部隊を組織していたりする。

愛国だが反プーチンラッパー

独自のポジションをとるラッパーもいます。ハスキだ。愛国(ロシアへの愛国というよりは生まれ故郷のシベリアへの愛)をラップするのですが、反プーチンでもある。

「今のやつは出世主義の処刑人で皇帝…」、石油が尽きるまで毎日「ツァーリ」を祝おう、などと歌われ、ロシアの「皇帝」を痛烈に皮肉る内容になっている。

『ゲンロン14』114P

ハスキの関心はプーチンが正しいかどうかという問題にはなく、社会の病理を写し出すことにあるようだ。

ラッパーとプーチン政権の闘い

このような反権力に対して、プーチン政権はどう対処するのでしょう。

YouTubeに数百万のチャンネル登録者がいるようなラッパーは無視できないようだ。ノイズMCは、フェスで警備の警官を皮肉ったら10日間拘束され、釈放時には謝罪動画を撮らされたらしい。ハスキは、立て続けに自身のライブがキャンセルさせられたため、路上でライブをしたところ、12日間投獄された。このように、人気アーティストのコンサートが相次いで中止となり、その事態に対してプーチンから、「適切な手段で適切な方向へ向かわせる」ことが必要だとのコメントが発表される。

ウクライナ戦争下でのロシアのラッパーたち

このような状況でウクライナ戦争がはじまります。

オクシミロンは反戦チャリティコンサートを開き、ノイズMC、オブローモフはSNSなどで反戦声明を発表している。フェイスというラッパーは、戦争を支持する国民、戦争を止められなかった自分たちロシアのミュージシャンおよび知識人を批判し、ウクライナ国民に謝罪した。そしてロシアへの納税を避けるために出国する。

ジガンは、あいかわらずプーチン支持。しかしプーチンを支持するラッパーの数は多くないらしい。

ロシア政府のほうも手を打ちます。政権にとってNGなミュージシャンのブラックリストが明るみになりました。そこにはノイズMC、オクシミロン、フェイスなどのラッパーがリストされています。さらに政府が公開しているスパイリストに、フェイス、オクシミロンが含まれているようです。

このようなアクションがあることは希望です。おそらく私には反政権アクションはとれないでしょう。

しかしラッパーたちのアクションで戦争を止められるのかは疑問です。やはり戦争が起きる前に、開戦した政府が崩壊するような対策プログラムを仕込んでおくしかないのではないかと思います。

具体的にどうすればいいのか、まったくわかりませんが、民間の傭兵部隊が武力で政府を崩壊させ、政権を奪取するのではない方法を見つけなければならないと強く思いました。

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