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タイミングが不自然!いまさらアンナチュラルの感想・考察・妄想レビュー

今年放送されたTBSの連続ドラマ・アンナチュラルを、同僚のすすめでさっき、最終回まで視聴した。いやー面白かった。

この10年で全部見たドラマ何本あるかな?くらいの非ドラマ属性の人間だが、せっかくDVDを貸してもらったので、勢いで感想など書いてみたい。

法医学ミステリーである本作は、脚本と俳優陣のすばらしさが話題となり、各賞レースでも輝かしい評価を受けている模様。

きっとうなるような素敵なレビューはすでにたくさん存在しており、全10話をまとめ観&1話だけおかわり視聴した、クソにわか者の意見などおよびでないのだが、
4つの切り口で物語の魅力をお伝えしたので、お時間のある方は、どうぞお付き合いくださいませ。

※以下、作品のネタバレをふんだんに含みますのでご注意ください!※あくまで個人の見解ですので、ご容赦ください。

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テーマは「つながっている、生と死」

主人公のミコト(石原さとみさん)は、解剖医という「死」を扱う職種でありながら、その名の通り「生」の象徴として描かれている。

この作品の味わい深いところは、単純な「生と死」「正義と悪」「過去と未来」のような、対照的なテーマを分断して考えておらず、
コインのように表裏一体で、誰もがどちらも持っているのだから、どんなきっかけでどっちに転ぶかわからないし、自分の意志で選ぶこともできるのだ、という思想が根底にあるところだ。

もう一人のキーマンである、孤高の解剖医・中堂(井浦新さん)とミコトの対立構造が、徐々に仲間となり交わっていく様子と、ミコトの思考中などに多く登場する、コインが回りながら倒れる音にも、生と死の陸続きの図式が表現されている。

この「対比」と「融合」の描き方が、実に気が利いており、直接的すぎないのに、視聴者にはちゃんと気づかせる、という絶妙な塩梅を感じる。

1話からミコトは食べ物(それもお肉や天丼など、ヘビーなものばかり)を口にするシーンが多いのに、中堂にはない。

6話以降、中堂の恋人の事件が動き出し、彼の孤独が解消されていくと、後半には中堂もUDIラボの仲間と食事を共にする。

食べることは生きることであり、死者にはできない行為だ。

シリーズ中もっとも重いテーマだった「高校生のいじめ自殺」の7話では、ミコトも重々しく「いただきます」と言ってから、決意を示すように大きなおにぎりにかじりつく。

そして秀逸なのが5話のラスト。
雪が降る、美しいスローモーションのカットが連続する中、恋人を殺された2人の男にだけ、傘がない。

雪は「積もっていく」という特性があるため、数々の名作小説の中でも、憎しみや悲しみ、罪が重なっていく場面で効果的に使用されてきた。

このシーンでも、他人の死を求める2人と、他の人々の対比を表している。

鈴木が犯行後セリフもなく、スローのまま連行されていくのに対して、中堂にも雪は積もるが、ミコトに腕をつかまれ、止まった時間が動き出すように現実世界に戻ってくる。

このとき、ミコトの服にべったりついている血が、今後は雪と紅白の対比になっていて、「死」を与えるために生きる中堂と、「生」を与えるために「死」と向き合っているミコトを、見事なコントラストで浮き上がらせている。鳥肌レベルのシーンだ。

1話でミコトと東海林が死亡事件の調査をしながらも、大声で笑う場面が多いことや、早々に中堂の元を去ったムーミン好きの坂本、という小技も光る。

ムーミンを死生観が主題の作品と解釈する人は多いし、ムーミン谷では人間であるスナフキンは忌むべき対象で、困ったときは知恵を借りるくせに、家に招き入れず、村のはずれの川でテントを張らせるという待遇だ。

友達だと深く慕って会いに行くのは、ムーミンだけである。

私は子供の頃から、大人たちのスナフキンへの処遇に憤っていたので、最終回で坂本が「スナフキンだと思えば愛せるかも」と言ったとき、場違いに胸が熱くなった。

ちょっと脱線したが、登場人物のセリフで「生きるってなんだろうね」や「あなた達って対照的ね」と言わせてしまわないで、映像作品ならではの効果で主題を伝えにくるストイックさに、私は感動を覚えてしまった。

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安易な煽情を選ばない気高さ

私はこのドラマを一言で表すなら、「気高い」がピッタリだと思っている。

いわゆる事件モノや医療モノは、人の死という、人生でも指折りな大事件を扱うので、ドラマティックでセンシティブな演出ができるし、特にアンナチュラルは演技派の役者揃いなので、その道を突き進むこともできたはずだ。

私は日常的にドラマを視聴しないのだけど、最近は池井戸潤さん原作『下町ロケット』のような、痛快でスッキリできるストーリーが人気なように感じる。

勧善懲悪な価値観がはっきりとある物語は、苦境の主人公を応援できるし、ヒール役をこき下ろせるし、やっつけたときには、よっしゃ!!という快感もあるので、わかりやすく気持ちの高揚が調節できる。
視聴者の主観によって、物語の解釈が変化したりもしない。

アンナチュラルは、その逆をいく作品だ。

私は1話をみたとき、「あ、この彼氏、絶対のちに死体として登場するな…」や「ふむふむ、母親がなぜ一家心中に踏み切ったのかが最終テーマだな」などと邪推したのだが、いずれもかすりもしなかった。

ミコトが作中で語るように、本作では「犯人の動機、背景」にはスポットをあてない。

いじめ事件の加害者、被害者側の親の感情や、最後の犯人である高瀬の幼少期の苦境には目もくれない。
そんなん絶対泣いてしまいますやん…という弱者の境遇に、決して安易に飛びつかない。

「法医学はこれからを生きていく人のためにある」という主張をこんなにも守り抜き、視聴者の「そこも気になるけどな~」を爽快に無視する。

期待に応えてもらえなかったはずなのに、期待以上の意外さと面白さが返ってくるので、お?おお~!と、なんだか未知の盛り上がり方をしてしまう。

リアルタイム視聴の方々が、議論に花を咲かせたのも納得だ。

サイコパス・高瀬のぶっとび具合や、超利己主義マン・宍戸との敵対を描きたいわけではなく、「未来のためにご遺体を調べる」それ以下でも以上でもない、という潔さと、欲張って詰め込まないスマートさも、大きな魅力である。

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ぶち抜けているワードセンス

私も未熟ながらに編集者なので、言葉を生業にしているわけだが、本作の各話タイトルのダブルミーニングや、言葉をつかった仕掛け作りには、嫉妬をこえて、たまげてしまっている。け、けた違いだ…という感想しかない。

まず、作品タイトルの「アンナチュラル」は直訳だと「不自然」。

医学用語のアンナチュラル・デスも不自然死という意味だが、1話終盤のミコトと中堂の印象的なやり取りである、「敵はなんだ?」「不条理な死!」という会話を入れることで、ドラマのテーマは「不自然死による、不条理なできごと」なのだな、とすんなり理解できる。

次に、芸術的な各話タイトルたち。

1話 名前のない毒 2話 死にたがりの手紙3話 予定外の証人4話 誰がために働く5話 死の報復6話 友達じゃない7話 殺人遊戯8話 遥かなる我が家9話 敵の姿10話 旅の終わり

こんなにサッパリとした短いセンテンスなのに、各話の事件概要はもちろんのこと、ミコト、中堂、六郎、東海林といった、メインキャラクターたちの状況にもドスン、とリンクした言葉遊びが成立している。

例えば1話の「名前のない毒」は、
①新毒による毒殺かも、というミスリード
②ミトコと中堂を苦しめる暗い過去
③高野島への死体蹴りというネット社会の悪意
④馬場への恋人殺しの風評被害
⑤大学病院の隠蔽体質という権力腐敗
⑥解剖率が低いことで、多くの真実が隠される日本の現状
⑦実は週刊誌のスパイである六郎の存在
⑧優秀な解剖医ゆえに3年付き合った恋人を失う無常

ざっとあげただけで、これだけの解釈ができるワードなのだ。

え…これを10話分やんの…マジで…マッチョすぎるやろ…と私は狼狽してしまう。

すごく素晴らしい何かを「天才」という言葉に集約することはキライだが、もうこれは天才すぎる。
とんでもないテクニックに舌を巻くのみだ。

全話解説すると鬱陶しいので割愛するが、どれもこれも素晴らしい。

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幾重にも仕込まれた言葉のヒント

他にも、2話の手紙が途中で切れていて、つなげると意味がわかる内容になっていたり、レギュラー出演の木林が勤める会社は「フォレスト葬儀社」。

「木を隠すなら森の中」のように、毎日たくさん出るご遺体の中から、彼が「赤い金魚」に該当するご遺体を複数発見したので、中堂が連続殺人事件を確信することができる。

中堂の狂気がゆっくり表れだす5話のメイン演出は降りしきる雪で、恋人の名前も「ゆきこ」。

未発表に終わった絵本の題材は、つがいが仲睦まじいといわれている「カバ」。それもピンクの。

逆プロポーズをしたゆきこの、エンゲージリング代わりだったのかもしれない。

1話で恋人の高野島を失った馬場が「こんなことなら、仕事を優先せず、もっと一緒にいて、はやく籍を入れたらよかった。そしたら一人で死なせることもなかったのに…」と涙ぐむシーンは、中堂の無念の代弁でもある。

1話はミコトの別れが描かれるので、そっちにミスリードされたが、終わってみると、これは中堂へのオマージュだった。

最後はこじつけっぽくもあるのだが、ミコトの「三澄」という苗字も、養子であることを疑わせる音であること以上に、「三を澄ます」つまり、3文字の3つの要素を澄み渡らせて解決する、という意味あいかもな~なんて、個人的に妄想している。

この作品で重要な3文字のキーワードは「不自然」「不条理」そして主題歌の「レモン」。

中堂のキャラソンであるレモンの苦みを、不自然で不条理な死を解明することで、生きることを受け入れる物語。
それがアンナチュラルの本筋だったように思う。

lemonの歌詞をネットでみたとき、中サビの功名さに衝撃をうけた。

何をしていたの 何を見ていたの私の知らない横顔で

大事な人は、どんな風に最期を迎えてしまったのか。
何があったのか、真実を知りたい。

そんな悲哀に満ちた探求心の一方で、理不尽とは自覚しつつも、自分の知らない場所で勝手に死んだ相手への、怒りと戸惑いさえも感じる歌詞だ。

最愛の人を亡くす、というおぞましい体験の複雑さと割り切れなさを胸に刺す、言葉の力をとことん感じさせてくれる一文である。

私はおしゃべりで、文章もながくなってしまうのだが、ヤボな表現をそぎ落とし、研いで研いで磨き上げ、少ない言葉の中に、本質をこめることは、気が遠くなるほどの技術がいる。

本作はそんな、研ぎ澄まして磨き上げた、バッキバキの完成品だった。

唯一2回観た1話では、テイクアウトの天丼についてる輪ゴムで髪を束ねるような美意識のミコトが、髪を巻き、ワンピースとヒールを新調してまで迎えた日が、あんな結末になるなんて…と、事件と離れたストーリーにもグッときてしまう。

ドラマ素人がつらつら書いたが、本当に面白い作品であった。
来年には続編が決まっているそうなので、次回はリアルタイム視聴を目指して、この稀有な物語をより漫喫したい。

最終話に”Their journy will continue.”とeが抜けたスペルで示されたものは、endがない、つまり終わらない、という意味なのか、それとも、eからはじまる新キャラが登場する旅という意味なのか…高瀬のabcになぞった殺人を考慮しても、何かしらの意味がありそうなので、この回収も楽しみだ。

あ、あと最後に、5話で法医学者としてできることはないか…と聞かれた中堂が、顕微鏡から顔をあげて「いまやってる」と微笑するシーン、最高にかっこよすぎて拝みました。
そこも含めて、ありがとうございます。と思ってやまない。

記:瀧波 和賀

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#コンテンツ会議 #とは #アンナチュラル #ドラマ #レビュー

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子育てメディア・コノビーの編集者。noteではエッセイや映画レビューなど雑多に書きます。得意ジャンルは育児、夫婦関係、障害支援、教育、子供の気持ち、婚活。ほぼ日の塾5期生。音感がまったくない。

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幼少期~30代前半の現在まで、印象的だったできごとや、日常に感じたことを徒然にエッセイにしています。 雑談ベースのライトなものから、満たされなかった子ども時代の憧憬まで、思いつくままにかきます。

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