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(126) 合点承知

「う~ん・・・理屈はわかるんですけど、何だかピンと来ません。これがダメなんですよね?」
「ダメかどうか、これ以降みないとだけど、今の君にとって目から鱗が落ちる場面であって欲しいと願って話した訳だけど・・・」

よくクライアントとこんなやり取りになることがある。焦ることは良くないからと思うのだが、「ここで」まずこのことだけは押さえたいと思うものだから、目から鱗であって欲しいと願って試みた結果である。ここが思案のしどころである。この話がもう少し時間をかけて半年後であったなら、クライアントの「腹に入る」ことになるのか?と思ったりするのだが、ほとんど待っても無理なことが多い。だから、私はこのチャンスを逃せないと、角度を変えてみたり、別の表現をしてみるのだが、ほとんどの場合上手くいかない。

”合点承知”との反応にならない。
”合点””承知”も「理解できた」「納得した」と同じ様な意味の言葉であるのだが、”合点承知”と二つ重なると強調されるのだろう、少し「重い」意味を持つことになる。「頭で理解出来たし、腹にストンと入った」というような意味合いを持つことになる。

こう考えてみると、人は誰しも「理屈」は分かっただけでは、次の「動き」にはならないということなのだろう。同時に”合点承知”この二つが生じないと次の動きへの”動機”となりエネルギーが出てこないということになる。

今まで”生きづらさ”を抱えて日々苦しい思いの中で過ごされた。その”生きづらさ”は人によって意味合いは少しずつ違いはある。しかし、共通した何かがあり、その”生きづらさ”はその人の「ライフスタイル」 <(102)捌く 参照>、スタイルの変更・・・つまり”自我のある変容”が必要であるということである。私は、その”自我の変容”のきっかけにならないかと、クライアントの”気づき”を願って提案をしてみるのだ。残念ながら、目から鱗とはならない。

”気づき”への提案のつもりが、適切でないことも考えられる。私の責任として、選んで選んで適切である提案が私自身の課題だ。

”合点承知”とクライアントとの気持ちの一致をいつも願っている。大袈裟だが、私はこの一瞬の為に辛い辛い仕事であるが懸命になれているのだ。だから、「ここの今」だと思ったら決して引くことが出来ないのだ。働きが鈍くなった頭をフル稼働させ、今までに訪ね歩いて収穫したエピソード・新しい価値観・知恵を・・・膨大な資料の中から選び出す作業に命懸けだ。

少し大型だが、気に入ってどうしても我が家にとアンティーク家具を買い求めた。長年探していてやっと手に入れられたとしよう。嬉しくて仕方がない。我が家に届く日。この部屋にどうしても入れたいと思うのに、廊下の幅、部屋の入口の幅などの都合などそんな物理的な理由から入らない・・・こんな経験なかっただろうか?
(確かに、そんなのは前もって廊下の幅、ドアの幅、家具の寸法を測っておけばよかった・・・。こんな風に考えるのは、この流れだから”野暮”だとしよう。)

要するに、何かを迎え入れる「間口の狭さ」が」問題なのだ。これが”合点承知”とならない第一の課題だ。自分自身の無意識的意図というやつで、「変わりたくない」を使い、防衛的に新しい価値観・生き方・「ライフスタイル」を拒絶しているのだ。

人はどうも私を含めて”変化”が怖いのだ。
変化したとしたら、きっと「未知数」のものを受けなければならなくなる。そんなことなら今よく分かっている範囲の中で生きる方が、苦労しなくていいと思い込んでいるに違いない。だから、私の中に何かが入ってくるはずの入口の「間口」を狭くしておく方がよいと考えている。結果、新しいものの考え方に触れた時、ただでさえ狭く防衛してある「間口」を瞬間、絞るのだ。”合点承知”とはならない。「ライフスタイル」が出来上がっているのだから、ひとつは”思考の回路”というのがいつも決まっていると考えられる。これも、「間口」を狭くする。

私をよく知る人たちから、「言い出したら聞かない人だね」とよく言われる。私は愚考でしかないのだが、考えに考えた末「俺はこれで行く」と決断したのだ。その後、何とアドバイスされようが、ぶれたのでは洒落にならない。決断の前なのなら、聞く耳は十分持っている。そればかりかよく聞く方だと思う。これは「間口」が狭いということとは違う。

複数の回路を持つことが一倍位”合点承知”の場面を増やし、ひとつではなく多様な対処の仕方を可能にするし、楽になる道すじとなる。「相手の立場の椅子に座ってどう思う?」と考えられるようになったら、ひとつ回路が増える。「経験豊かな長老の椅子に座ったら?」で、もうひとつ増える。「AIならどんな答えを出す?」これでひとつ増える。これが”回路”ということだ。

ひとつで対処出来ず、辛くて苦しい毎日でいることより、”回路”を増やし「間口」を広げ、”合点承知”がきっかけとなって、急に物事の実態がよく見え理解できるようになるのだから、その場面を多くする事の方がずっと楽で楽しい。これも”人生”


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