即興三題噺(1つ目)

≪ルール≫                              三題噺スイッチ改訂版のサイトをクリックして出たランダムのお題3つを使って即興で物語を作る。長さ制限なし。

≪お 題≫                              ライオン・金物屋・ヘルメット

~~~~~~~~~~~~~~~~話~~~~~~~~~~~~~~~~~

  信じられない光景に、私は一瞬身動きが取れなかった。———

 学校は夏休みに入り、うだるような暑さの中、近所の子供が自転車で往来し、いつもよりほんの少しだけ活気が出ているように感じるこの長峰商店街で、私は金物屋を営んでいる。最近は鍋や包丁なども大型商業施設で安く買えるようになっているため、金物一本で生計を立てるのはとても困難になり、地元の工事現場などで働く職人向けに様々な専用道具を取りそろえることで何とか食いつないでいる。子供が行き来して活気が出ても、子供は客ではないためうるさいだけである。暑さもあってか、子供が出す騒音に耐えられず店の奥に控えていた。私は客が来るまで寝ていることが多い。たまに、大声で呼ばれても起きないことがあるから、鈍感なところは少し直さないといけない。

 少しうたた寝をしていたのだが、外があまりにも騒がしいため、睡眠の邪魔をされた苛立ちとともに寝ぼけ眼で身を起こした。意識がしっかりするまでの間に往来客の喧騒は無くなっていたが、その代わりにヘリコプターの音が鳴り響いている。救急ヘリでも飛んでいるのだろうか。少し見に行ってみようと店の方へ出てみた。

 ライオンがいる。ライオンがこっちをじっと見ている。信じられない光景に、私は一瞬身動きが取れなかった。ライオンというのはこんなにも大きい生き物だったか。いやそんなことよりなぜこんなところにライオンがいるんだ。何かのイベントなのか。ライオンはペットとして飼えるものなのか。まっとうな疑問からどうでもいい疑問まで様々な思いが頭を駆け巡っていたが、ライオンの、敷居を跨ぐ一歩によってすべて真っ新に消えてなくなった。

 生きなければ。人は死の危険と対面した時、意外と冷静になれるものなのだと初めて知った。私はえせ鈍感だったのだろうか。いや、何人もこんな状況では感覚を研ぎ澄まさざるを得ない。幸い、相手も初めて見る光景で敏感になっているのか、一歩を踏み出してからは店の中へ入ることを躊躇っているようだった。私はまず、防御面の底上げを目標とし、おもむろに店の奥に在庫としておかれていたヘルメットを取り上げ、急所である頭を守った。

 スムーズに防御を固めた私のムーブは、不幸なことに相手の狩猟本能に火をつけてしまったのか、相手は低いうなり声とともに臨戦態勢に入った。長い間止まっていた時計が進むように、二歩、三歩と、相手は店の中へ侵入してきた。この店はただの個人商店であるため、ライオンが本気になれば、ほんの二三歩で飛びかかれる圏内にあり、私の首はすぐにでも噛み千切られてしまう危険性があった。相手の侵入を許したことで入り口付近の道具はもう使えない。幸い、入り口付近の道具は鍋やザルなどしか置いていなかった。高価な電気工具などは万引きされにくいように奥のほうに固めてあったのだ。そんな理由から、攻撃面は充実していると高をくくっていた。ネイルガンを撃ってしまえば、さすがの百獣の王もひとたまりもないだろう。しかし、そんな安堵も、ある一つの疑念により打ち砕かれることとなった。

 電動工具は充電できていただろうか。もし充電が不十分であったら、私に唯一与えられるたった一度の反撃の機会は無残に打ち砕かれ、すぐに私の頭蓋骨も噛み砕かれてしまう。それではだめだ。確実な一撃を与えないといけない。頼れるのは、ネイルガンなどが陳列されている棚と正反対の棚に陳列しているのこぎりしかない。怠惰な自分を心底恨んだ。寝る暇があったら充電をしておけと。

 のこぎりは、別段高価なものではないが、おかしな客が振り回す危険性があるため店の奥に陳列していた。おかしな客が、まさかライオンとは思ってもみなかったが。私に与えられた道具は、のこぎりの他に、同じくおかしな客が燃やす危険性がある電動工具の潤滑油とネイルガン用の釘しかない。そのほかの道具は、もはや相手の領土内だ。

 まず相手の動きを少しでも止める必要がある。たったの一歩の進行も命取りになるのだ。私は、最初の道具として釘を選択した。ライオンの弱点の一つである、靴を履いていないことを利用し、マキビシのように釘をライオンの周りにまき散らした。相手がパニックンになり無理やりでも飛びかかってくるリスクはあったが、どのみち道具を使わなければ私はお陀仏だ。

 この一か八かの賭けは、私が勝った。相手は得体のしれないものが大量に自分に向かって飛んできたことにより、一歩後退するしかなかったのだ。この勝負により、私は一歩の猶予を得ることができたのだが、今後の侵略を拒むことはできなかった。一歩後退させたものの、まき散らされた釘が動かないと見るやいなや、相手は器用に釘の間に足を置き、二歩三歩とこちらへ近づいてきた。障害物を楽しんでいるように見える。なんて頭にくるやつだ。恐怖とともに不思議と怒りがわいてきた。このままでは飛びかかられてしまう。ヘルメットの中は、夏の暑さも相まってすでに大洪水だ。私の頭も相手のようにふさふさだったら・・・。そんなことを考えている場合ではない。このまま相手にターンを渡してはいけない。そう考えた私は、すぐに第二の矢を打つべく、潤滑油のふたを開け、勢いよく店の床へぶちまけた。

 この作戦は、相手にとって致命的なものであった。つるつる滑る床に、ただ立つこともできず、隆々と盛り上がった脚もプルプルと震えては空を切るのを繰り返している。初めて対面した時には、あれほど畏怖の対象であった相手は、ペットの猫のように可愛らしく見えた。いつからか店の入り口に到着し、麻酔銃であろう銃を構えている警察を目にしたことも私をそうさせたのだろう。一発の発砲とともに、お尻に麻酔を撃ち込まれた相手を目にした私は、この戦いの勝利を確信した。

 甘かった。麻酔を撃ち込まれるとすぐに寝てしまうものだと思っていた。現実は漫画やドラマの世界とは違った。相手は不意にお尻に打ち込まれた痛みにパニックになり、床のつるつるをものともせず暴れ出したのである。後方からの攻撃から逃れたいのか、少しずつこちら側へ滑ってきている。

 とてもよくない状況だ。入り口にいる警察は潤滑油のせいでこちらに来ることができない。あまりに滑る潤滑油は人間の侵入をも拒んだのだ。なおも相手は、ほんの少しずつであるがこちらに滑ってきている。私は一思いにのこぎりを相手に振り下ろすこともできたが、今となっては相手は立派な戦友であった。あれほど勇ましかった相手がこんな無様に猫生を終えることに戸惑いを感じていたのだ。

 相手はそんな私の戸惑いを見逃さなかった。眠たい体を必死で起こして、最後の一撃を私に食らわそうとしていたのだ。相手の右前脚が私の方へ勢いよく振り下ろされた。私は咄嗟に体を捩じり決死の一撃を避けようとしたが、急な一撃に避けきることができなかった。相手の攻撃を受けることとなってしまった。

 相手から振り下ろされた右前脚は、私のかぶっていたヘルメットをえぐりとったのである。最初に防御面を底上げした甲斐が、最後の最後に生きたのである。相手は最後の一撃を繰り出したことにより最後の体力を使い果たし、少しの間、引き続きつるつると踊っていたが、程なく動かなくなった。


ーエピローグー

 私が対峙したライオンネル・リッチー、とんだセンスのない名付け親がいたものだ、は近くの動物園から脱走してきたらしく、食べ物を求めてか、この商店街へ足を運び、私の店へ迷いこんだらしい。杜撰なことに園の誰もが脱走に気づかず、近所の方の通報によって発覚した。

 寝ていたせいで気づかなかったが、取材のヘリコプターが何台も飛び交い、警察も緊急避難命令を叫んでいたらしい。商店街の人も全員退避したものと思い、狭い場所に追い込んでから麻酔銃を撃つ作戦だったが、なぜか金物屋の主人、私なのだが、だけが逃げ遅れていたのだった。

 運よく生き延びた私は、その事件の後、度々、動物園のリッチーのもとへ足を運んでいる。お互いに命を取られかけた間柄でも、事が過ぎれば分かり合える存在になるものである。私は、リッチーに対面するときは、その時の相手であることを示すために、必ずヘルメットをかぶっている。この証が私とリッチーの絆をしっかりとつないでいるのだ。今日も、リッチーは私のヘルメットを見ると、いつものように、それはもう元気よく、低いうなり声をあげて威嚇した。(製作時間:約90分)


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