見出し画像

Dead Head #72_169

「入れよ」中から野太い声。
 本屋は胡座をかき、本の頁を捲る。狭い住処に踏み入ると、顔を上げ本を脇に置く。
「暫く見なかったな」長髪にヘアバンド代わりの黒縁眼鏡を持ち上げる。本屋の波打つ長髪が纏まり、秀でた額が現れる。
「旅をしていた」
「旅ね。身軽でいいな。こんな構え持つと、身動きもできない」
「そうですね」平積みにされ、内壁を支える数百冊かの本を眺める。これが辛気くさい、湿った臭いの元だ。
 本屋は、普段、古書店街を歩く。稀覯本を背取りして、そのサヤで暮らしている。右から左に売れない本も数多く、それがここに積み重っていく。
「羨ましい。ゆっくり本が読めて」
「うん。たまには旅先でのんびり本を読みたいものだよ。ところで、用事でもあるのか?」本屋の眼が一瞬鋭くなる。