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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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#アウトドアをたのしむ

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #73_264

「いや、肝心の軍の網絡《ネットワーク》も掌握している。西欧諸国の高科技《ハイテク》軍隊の網絡《ネットワーク》も含めて」 「徐は魔法の国を創りたいんだ。それが古典劇をやってた奴の妄想だ。張り巡らされた 網絡《ネットワーク》という糸。それで操ろうと」 「そんな単純なことじゃない・・・」薫陶は膝を抱え項垂れる。  一週間後、地下室の扉の鎖が外れる。開いた扉の隙間、照明が部屋に差し込む。 「時間だ」 「うん」  二人は立ち上がり、扉の前に立つ。 「出よう」劉が勢いよく扉を開ける。扉の

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #72_263

「準備が整ったと、徐は言っていた。一体何の?」 「この国の網絡《ネットワーク》を掌握するのは手始め。その先は革命」 「革命?網絡《ネットワーク》を掌握したくらいで?」 「ここ数日中に何か起こる」 「とにかく、ここを出なくては」劉は立ち上がり、混擬土《コンクリート》ブロックの壁を探る。 「無駄だよ。僕たちは革命が終わるまでここを出られない」 「本気か?」 「一週間分の水と食糧はここにある」 「一週間・・・」 「扉の自動鎖《オートロック》、一週間後に自動解除される」「繋がらない」

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #71_262

「客戸の遙控《リモートコントロール》をする軟件《ソフトウエア》さ。劉さんに暗号で残したあの大学、ベータテストに使っていた」 「何千万台も電脳がある。この国や亜州だけでも。電脳病毒を蔓延させ、そんなものを運用する系統《システム》なんてものは存在しない」 「あるのさ、でかい系統《システム》が」 「どこに?」 「U自治区」 「あんな不毛な場所に?そんな大規模な系統《システム》、運用コストはどうする?」 「大口の出資者を募った」 「出資者?」 「政府から弾圧を受けている、あの気功集団

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #70_261

「あなたと議論するつもりはない。一緒に来てもらおう。会いたがってる者もいる」 「誰のことだ?」 「想像はついているだろう?のこのこ一人で来たわけだから」張と別の三人が劉を取り囲む。  車電房の地下。劉は連れ込まれる。混擬土《コンクリート》ブロックで囲われた小部屋に。そこは地鉄の備品庫だったらしい。埃を被った鉄道部品の残骸が置き去りにされている。  劉は眼を凝らす。部屋の隅で膝を抱えた人影。 「薫陶!」劉は近づき、薫陶の前にしゃがみ込む。 「劉さん・・・」 「大丈夫か?」 「劉

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #69_260

 劉は地鉄駅の近くへ。おもむろに手機《携帯電話》を取り出す。短縮番号を押しかけ、手を止める。魯に知らせようと・・・。 「奇遇ですね」徐が声を掛ける。 「徐、お前」 「見光死《会ってみたらがっかり》ってわけですね。あんた達と鬼ごっこするつもりはない。そんなことする必要はなくなった」 「どういうことだ?」 「整ったっていうことだよ。準備が」 「委員会に同行願おう」劉は徐の腕を掴む。 「いつから軍警になった?鍵盤《キーボード》を叩いたことしかないひ弱な奴が」徐は劉の手を払いのける。

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #68_259

「こんな奴が来た」劉の名刺を張は徐に差し出す。 「劉が来た」徐は一瞬名刺を見て呟く。 「うん」顕示器に向かったまま薫陶は頷く。 「知り合いか?」と、張。 「ああ、友達さ。なあ、薫陶。それで?」 「例の大学で、ここを見つけたらしい。それで、探りを入れてきた」 「そうか」 「あいつら、あの大学の台式計算机を叩きつぶして、筋違いもいいところだ」 「だが、ここを見つけた。あの大学に目を付けた理由は?」徐は薫陶に一瞥をくれる。 「客が自ら病毒にやられたって言いふらすわけない。俺達だって

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #67_258

「そうだ」 「宏病毒《マクロウイルス》の反病毒軟件《アンチウイルスソフト》開発と顧問《コンサルティング》がこの会社の業務ですね。繰り返しになりますが」 「まあ、そんなところだ。そろそろいいですか?仕事が詰まっている」 「電脳病毒の反病毒軟件《アンチウイルスソフト》開発も手がけていると理解していいですね」 「電脳病毒は、最近、影を潜めている。あの電脳電影学院の事件以来。国家の一大事になってる風潮だが」 「質問に答えて下さい。電脳病毒の反病毒軟件《アンチウイルスソフト》を開発して

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #66_257

「電子郵件《メール》で学生が知らせてきた。どうぞこちらへ」若者は奥の会議室へ劉を伴う。 「張です」懐から中文電脳記録簿《中国語電子手帳》を取り出し、そこに挟んだ名刺を差し出す。劉が受け取った名刺には、車電房代表社員張某とある。 「あなたが経営者?お若いですね」 「よくいわれますよ。信息産業《IT産業》の風険企業では珍しくもない」 「ここの責任者という立場ですね。では、顧問《コンサルティング》先の記録を全て提出して下さい」 「それは難しい。依頼先は安全《セキュリティー》が甘いな

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #65_256

十二 車電房   地鉄の駅を上がり、劉は周りを見回す。辺りは古い倉庫が立ち並んでいる。地図を頼りに、劉は車電房を探す。  地鉄の車両基地に隣接した一角。車電房の看板。車電房の引き戸を劉は開ける。そこには、一時代前の古い台式計算机《デスクトップパソコン》が整然と並んでいる。麦金塔《マッキントッシュ》、康柏《コンパック》・・・。今は無き。 「失礼」劉は声をかける。台式計算机に向かう人間は誰も顔を上げない。よく見れば、皆耳栓をつけている。地下鉄の騒音でも響くというのか? 「何か?」

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #64_255

 劉は、超高速計算机の作業記録を丹念に調べ始める。魯は傍の椅子に腰を落ち着け、葉巻に火をつける。  記録は電脳病毒被害報告書の一部。大学構内に設置された電脳に発生した被害一覧だ。発生日時、病毒タイプ、そして対処方法が報告されている。反病毒軟件の投入状況も列記してある。 「病毒の対処記録のようです。この大学もかなりの被害を受けていた。それも大半が宏病毒です」と劉。 「同じか?電脳電影学院の件と」 「何がですか?」 「徐、もしくは組織の成員がこの大学に関係があった。そういうことだ

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #63_254

 皺の寄った黄土色の制服を着た、その男。この地方の出身らしく、頬骨が飛び出している。細い目で、男は劉を見つめる。 「警察署長の陳です」陳は頭を傾ける。 「この有様だ。この男、電脳のことなど何も知らないのだ」呆れたように、魯は電脳室を見回す。  劉にはわかっている。それがポーズでしかないと。この愚鈍そうな署長がやりそうなこと。それを、魯は端から予想しているのだ。学生達を大量検挙することも。 「署長、学生達を検挙した理由は?」劉は陳を無表情に眺める。 「それは、そのう・・・」陳は

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #62_253

 革命終結後の地位保全措置により、劉の一家は社会的な身分を回復する。その間、祖父や父、そして母までがこの世を去っている。  廊下の角を曲がり、魯の姿が見えなくなる。劉も足を早め、廊下を曲がる。突き当たりの部屋。扉が開いている。部屋に入る。電脳特有の機械臭が劉の鼻を突く。部屋の奥。超高速計算机《スーパーコンピューター》が、動作電灯を点滅させ微かな唸りをあげている。主机は無傷のようだ。作業卓には磁気円盤《ディスク》が何枚も散らばっている。地元の警官が訳もわからず取り出したのだろう

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #61_252

「それを判断する知恵がない。地方役人の頭には」 「それで、学生の取り調べまで?」 「そういうことだ。電脳室はこの先だ」  劉は魯の後に続く。この土地では、一昔前の革命騒ぎが再発しているかのようだ。電脳、そしてそれに関わる者すべてが罪悪とでもいうのだろう。この国には、まだ妄信が根強く残っている。時代は、昔のまま変わってはいない。電脳による網絡化が普及したとしても、妄信を根絶できるものではない。そう劉は思う。  あの革命の時代、劉の一家も手痛い打撃を受けた。一家は代々学者の家系だ

【短編選集 ‡3】電脳病毒 #60_251

 魯は葉巻をもみ消す。重いトラックの扉を、勢いをつけ開け放つ。劉は魯に続く。混擬土《コンクリート》造りの校舎が何棟かくすんでいる。だが、学生らしき姿は見えない。 「休校中ですか?」 「取り調べ中だ。学生に協力者がいるとも限らない」 「全員をですか?」 「当然だろう」  学内掲示板を頼りに、劉は電脳室に向かう。途中、電脳実習室を通り過ぎる。劉は目を見張る。数十台の台式計算机《デスクトップパソコン》は酷く破壊され、どれも使い物にはならない。 「地元の軍警察が先走った。奴ら、電脳を