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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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#創作大賞2022

仮想遊園地 #81_96-97

⁂三十五 壁  時を経て、壁は何度となく塗り替えられる。新しい絵が上書きされ、壁の表情は変容していく。  壁画のどれにも署名が描かれている。だ が、その絵を描いた者の姿を見た者はいない。どの壁も光沢のある金属塗料で塗り込められ、陽が昇ると壁は周囲の風景を反射している。帯を解いたように流れるその壁に、周りの風景を封じ込めるように。  壁が崩れ去る時が来た。誰も壁の絵など気にもしない。壁に支えられてきた忌まわしきプールはようやく潰されることになる。その跡地は何に?

仮想遊園地 #81_95-96

「そうだ、思い出した。あんた、あの時見たよね。もう、随分前、何代前かの工場長が消えた時」 「わたし、働き出したのは・・・」 「そうか、歳が合わないか。代替燃料?そう、それがさ、なんだと思う?」 「さあ?」 「藻だって。藻。陽に当たると水素を出す。それで燃料電池にしようっていう。安くて無公害。後味悪いこともない。今までみたいに」秘書はそう言い残すと、工場の門に向かって足を引きずって歩く。その長く伸びた影が、恵の足元に残っている。

仮想遊園地 #79_94

⌘三十四 代替燃料    恵は薄い布団を撥ね上げると、両手を上げ背伸びをする。台所を振り向くと、須恵の丸くなった背中。 「ばあちゃん、また、うなされたよ」  須恵はぎこちなく頷く。  燃料工場、前庭。工場長の乗る送迎車を見送る秘書。送迎車が恵とすれちがう。工場長の顔を横目で見る恵。工場長の眼鏡に夕陽が反射している。  通用口。扉の前に一枚の貼り紙が落ちている。そこには『従業員各位 当工場の操業は暫くの間操業停止する。従業員は自宅待機のこと。工場長 太気某』と書かれて

仮想遊園地 #78_93

⁂三十三 廃墟   爆破された燃料工場。瓦礫が撤去され、処理場のプールが掘り起こされている。プールの側壁は処理液で赤く染まり、その底には赤黒い汚泥が沈澱している。その側壁の隙間から生えだした雑草が芽を出している。処理場を長年支えてきた側壁には、ところどころ黒い染みが浮き出し、刑務所の壁のように長く続いている。  ある朝、その陰鬱な壁に色を与えられている。一面づつスプレーペイントで、誰が描いたのか?距離にして二百メートル、四十面以上ある壁のひとつひとつに新たな情景が描かれてい

仮想遊園地 #77_93

「長話しはやめにしよう。そろそろ、工場に戻らないとな。あのガキと、おまえをプールに叩き込んでやる」

仮想遊園地 #76_92

「あんた、一体・・・」 「だが、その国は貧乏国で金がないときてる。それで取引だ。燃料は先渡してやる。その代わり、死骸の山をごっそりいただく。それで燃料を増産して、他の国にも供給してやる。現物交換の繰り返し。回転取引っていうやつ」  「あんた、狂ってる」 「ああ、昔から狂った人間が世の中を回してる。これから原料は無限に手に入る。もう、一人や二人の死体なんて目じゃない。おまえも、工場のプールで泳ぎたいみたいだな」太気は椎衣に飛びかかる。 「あんたも、利用されてるだけだよ。あ

仮想遊園地 #75_91

「それは気の毒なことをした。てっきりおまえかと思ったよ。妹なんかいたんだな」  「妹だけじゃない。太気、あんた何してるのか、わかってるの?」  「国家事業に貢献できて嬉しい限りさ。病人や年寄り待ってても調達が追いつかない。だから、自分の手を汚してまでして燃料増産に一役かってるわけだ」 「何言ってるの?」 「知ってるよな。昔、戦争ってものがあったこと。ここんところ、大がかりな戦争ってできないんだ。燃料がないからさ。戦闘機も飛ばせないし、戦車も走らない。軍艦も動かない。ある国

仮想遊園地 #74_90

 少年が頭からタンクの中へ墜ちて行く。タンクの中で鈍い音が響く。少年の呻き声が穴の中から洩れてくる。 「おまえが替わりだ。暫く、そこにいな」太気は鉄蓋を閉める。 「あぶらかたぶら つぎのあぶらは どちらのおかた ぶらぶらしてるやつ あぶらにするぞ あぶらかたぶら・・・」太気は鉄蓋の上を交互に飛び跳ねていく。何かの童謡を呪文のように唄いながら。 「太気!」椎衣が叫ぶ。 「どうした。こんなところで」声に反応して、太気がゆっくり振り向く。 「あんただったんだね」 「何?」 

仮想遊園地 #73_89

⌘三十二 給油所  貨物車のライトに給油所の看板が照らされる。自転車を道端に止め、椎衣は給油所に向かって歩きだす。給油機の影に隠れ椎衣は中を窺う。三人目の少年が貨物車の横に立ち何かを話している。運転席にいる人物の顔は見えない。 「今日は何体だ?」 「さっき三つ目やってたけど」 「その前の二つは?」 「さあ?知らせてこいって言われただけ」 「自分で確かめろ」  車のドアが急に開く。ドアに当たり少年は地面に倒れる。  「なにすんだよ!」  「行けよ!」車から降りてき

仮想遊園地 #72_87-88

⁂三十一 KIKAWADA  男が、その崩れ去ろうとしている壁を眺めている。壁を支えた支柱がドミノ倒しのように倒れ、その支柱に挟まれた壁が波が引くように崩れている。  全ての壁が一気に崩れ、舞い上がった土埃を風が吹き払う。壁が崩れた瓦礫の上に、錆びた線路が捻れて横たわっている。  今まで描かれた壁の絵を、男は記憶の中から呼び起こす。その絵を一枚一枚コマ送りに動かしてみる。静止画から動画に変化した映像。壁に描かれた色彩の中に、男は隠された記号を見いだす。来るべき未来の物語が、そ

仮想遊園地 #71_87

熱を帯びた瓶を、椎衣は右手で掴む。道を塞ぐように、少年達は自転車を横倒しに止める。二人は、椎衣に向かって駆けだすしてくる。  椎衣は自転車を止め、瓶を二人に向けて投げつける。瓶は少年達の頭上を通過し、横倒しになった自転車の間に落下する。 「俺たちに当てようと・・・」一人目が呟く。  落ちた瓶が割れ、一瞬にして地面に焔が拡がる。背後の炎に驚いて振り返る二人。その間をすり抜けるように、椎衣は自転車を駆る。

仮想遊園地 #70_86

 自転車の荷篭を椎衣は音を立てず外す。車体をかかえゆっくり歩きだす。奥にある裏門を、椎衣は静かに抜けようとしている。  「いたぞ、あそこだ!」  椎衣は自転車に跨り、奥へ走り込む。自転車に跨ったまま、椎衣は物陰に隠れる。周りにはポリタンクが捨てられている。自転車を静かに横倒す。ポリタンクを持ち上げ、椎衣は鼻を近づける。空き瓶をみつけ、椎衣は僅かに残った燃料をポリタンクから注ぎ始める。  瓶の半分まで燃料が溜まると、椎衣はぼろ切れを丸め瓶の口を塞ぐ。自転車を起こしその瓶を自

砂絵 #70_85

  椎衣はハンドルを握り締めたまま、ゆっくり自転車を降りる。やにわに椎衣はハンドルを掴んだまま、自転車の車体を振り回す。一人目に自転車の後輪が当たり、鈍い音を立てる。二人目にも椎衣は自転車を振り回す。二人がひるむ隙に椎衣は自転車に跨る。一人目が飛びかかる前、椎衣はペダルを強く漕ぎだす。 「追いかけろ!」一人目が叫ぶ。  椎衣は後ろを振り返る。少年達二人が態勢を立て直し追いかけてくる。椎衣の自転車は海岸道から逸れ街に入る。  街路、夜。人影もない街路、椎衣の自転車が飛び去

砂絵 #69_84

⌘三十 三つ目  海岸道、夕方。自転車を急がせる椎衣。教えられた給油所を目指している。自転車が数台、椎衣を追いかけている。すぐに、椎衣は彼らに取り囲まれる。  「何なの?」取り囲んだ少年達三人の顔を椎衣は睨め付ける。  「降りなよ。おねえさん」一人が言う。 「邪魔しないで」椎衣は自転車に跨ったまま動かない。 「游の奴、こんな女にやられたのか?泣き入るくらいに。だらしねえ」別の一人が言う。少年達は顔を見合ってニヤつく。 「知らせてこい」最初の一人が三人目に言う。  「三