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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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#一度は行きたいあの場所

Dead Head #85_181

 Nシステムとも連携し、予測精度を高めるのが狙いらしい。本当だろうか?それはダボの妄想でしかない、かもしれない。 「なんで、そんなこと知ってる?」 「活動してたから」 「活動?」 「公安の先回りさ」 「それなら、公園周辺のことも?」 「当然だ」 「承知しているだろう。飛び降りがあった件だ」 「大変なところさ。あそこは」 「どう大変?」 「上の階、地下銀行があった。半島系の。何十億と送金していた。無関係じゃない。あの飛び降りだって」 「どういうこと?」 「そこを潰そ

Dead Head #84_180

 ダボと公園を出る。黙ってついていく。街道沿いを二人歩く。歩道橋を上がっていく。  歩道橋の真ん中辺り。ダボは足を止める。欄干に手をつき、ダボは車の流れを見下ろす。俺は欄干に背をもたれ横を見る。攣れたようなダボの横顔。いつもとは違って見える。急に知性が宿ったような目つきだ。 「もう戻ってこない。あの男」 「なんで?」 「外れたんだ。監視から」 「監視?」 「監視されていたのは知ってるか?あの公園」 「まあ」夕べのやりとりで想像はつく。 「現場監視、潜入捜査みたいなものだ

Dead Head #83_179

 いつもの公園に戻る。本屋のねぐらへ向かう。だが、あの段ボールハウスはなくなっている。場所を移動したのか?あの大量の古本はどうした?  公園中の植え込みを捜す。本屋は見つからない。浮浪者の連中に聞いてみる。本屋の居所ははっきりしない。夜の内に荷物をまとめ公園を出たらしい。という噂くらいだ。あの本の山も一夜にして消えたと?  水飲み場に行く。ダボが所在なく立っている。 「どうだ、調子は?」と声を掛ける。 「お前こそ、その頭はどうした?」ダボは垢じみて光った顔を向ける。 「

Dead Head #82_178

一通り観察を終え、滑り台の上に腰を下ろす。いつの間にか、うとうとしている。  夜中。ふと目を覚ます。気配がする。誰かが登ってくる。階段から、そして滑り台の両側から。気がつけば、もう遅い。階段から上ってきた誰か。そいつが、この頭を固い棒でかち割る。  朝。子供の声で目が覚める。滑り台を占領され、母親に文句を言っている。母親は子供を砂場へ引きずっていく。俺の姿を見せまいと。  頭を押さえ、ようやく上体を起こす。掌を見ると、どろんとした血糊。滑り台の上に立ち上がる。子供連れの母親達

Dead Head #81_177

 三人は交互に顔を見合わせ、小言で呟き合う。 「もう、いい」民事が俺を見て頷く。 「何でここに呼んだ?」 「保護したまでだ」と、民事。 「何から?」  三人は答えるべくもなく、奥の扉から姿を消す。連れてきた制服が、その家から俺を叩き出す。野宿でもしろ、とでもいうように。  この街は、知らない街だ。だが、いつものねぐら、あの公園を取り囲む町並みにも似ている。至る所に落書きが浸食している。電柱やポストなど公共物は塗りたくられ、民家の壁や商店のシャッターまでびっしり蔓延っている。ブ

Dead Head #80_176

「ただ教えて欲しいのだ。荷揚げした物を?」と民事。 「なんで民事相談のあんたが、こんなセーフハウスにいて俺に質問する?」 「内輪の事情だ」 「ヤクなんだろう?箱に目印があった」 「どんな目印だ?」左側が言う。 「赤地に玉抱えてる獅子」 「何故、ヤクだと?」と右側。 「一緒に働いた男。禿頭が言っていた」

Dead Head #79_176

「あんたの過去はどうでもいい」 「それは、そうだ」 「この男」右側が写真に手をかざす。 「それが?」写真を掴もうと、折り畳み椅子から腰を浮かせる。 「奴の仕事しただろう?」右側は写真をサッと引っ込める。 「そんなこと聞くため連れてきたのか?帰るぜ」立ち上がる。だが、制服に押し戻される。

Dead Head #78_175

「あんた、民事相談の」と、惚けて言う。 「勝手に口をきくな!」両脇を固めた制服の片方が、俺の肩を強く押さえる。 「何を知ってる?」民事が諭すように言う。 「何って?」 「何も。署であんたに話したこと以外。それよりシャチョーに聴いたらどうだ。あんたらの手先だろう」 「何を話した?」 「そういえば、問題は上の階とか」 三人は互いに顔を見合わせる。 「話を変えよう。あんたの素性は知れている。名は・・・」民事の右側が言う。 「いいよ、もう捨てた」 「鉄道、運転手だったんだ

Dead Head #77_174

 だが、そいつは無表情に俺を睨む。警官二人に両脇を抱えられ、パトカーの後部座席に押し込められる。  車窓越しにベンチの方を見る。シャチョーは拘束もされず、ぼうっと立っている。それ以来、シャチョーがどうなったか知らない。 十二 問題は上の階  パトカーは所轄の警察に向かう。いや、そうではない。街道沿いから外れ、住宅街の入り組んだ路地に入っていく。とある民家の前で止まる。  両脇を固められ民家に。引き戸を開け、玄関で靴を脱ぐこともなく奥の部屋へ。  その部屋は、煙草の煙で濁って

Dead Head #76_173

「事故?どういうことだ?」シャチョーの腕を緩める。 「見ていたのだ。あの子供。軽く追いかけたら、窓から逃げ出した」 「何を見た?ヒロシは」 「それは・・・」 「灰にしようとしたのか?あの抵当を」臭いの記憶。黒く滲んだカーペットの染みを。 「抵当といっても物件の値打ち、殆どないね。問題は上の階だ」 「上の階に何がある?」  いきなり辺りが明るくなる。振り向くとパトカーの投光器。光の向こうから警官数人が近づく。シャチョーを引き離し、俺の腕をねじ上げる。 「暴行の現行犯で逮

Dead Head #75_172

「座る?」尻を滑らせ、ベンチの横を空けてやる。もちろん、シャチョーは座ろうとはしない。 「何が目当て?」 「目当て?別に何も」 「じゃあ、どうしてシュウに俺の居所尋ねた?」 「その必要、なかったんだな。あんた、自らお出ましってわけだ」 「何言ってるか!」膝蹴りの体勢をとり、シャチョーはのしかかろうとする。  体を避ける。シャチョーの膝がもろにベンチに当たる。膝の皿が鈍い音を立てる。シャチョーの背中に回り腕をねじ上げる。意味不明な中国語でシャチョーは喘ぐ。 「こっちから聞くぜ

Dead Head #74_171

「どんな?」 「短い旅をした仲で。その子と」丸めた古新聞の束を脇に挟み立ち上がる。 「旅を?そんな仲で、どうなったのか気にならないのか?」非難めかしたように、本屋は目を細める。 「薄情と言われれば、それまで」ばつが悪いまま腰を上げる。 「それでいいのか?」俺の背中に本屋は言葉を投げかける。 「ああ、それでいい」背中で呟く。  ベンチに腰掛け、夜空を仰ぐ。数えるほどの星が、おぼろげに光っている。何かが足りない。喪失感?そんな清廉な感情ではない。  もらった新聞紙をベンチに広げ横

Dead Head #73_170

「余分な新聞、もらえないかと。急に肌寒くなって」ポケットから文庫本を出し、表紙を掲げる。写真箱で拾った本だ。 「SFか。暫く読んでない」本屋は本を受け取る。頭から黒縁眼鏡を戻し頁を捲る。うつむいた顔を長髪が覆う。 「どうです?」 「もう、夏も終わりだ。今夜はベンチじゃ冷えそうだ」本屋は、古新聞の束を放り投げて寄越す。 「ところで、最近何かありました?この辺りで」 「この辺り?代わり映えすることはないが」本屋は眼鏡を頭に持ち上げ、鋭い眼を見せる。 「この間、飛び降りがあっ

Dead Head #72_169

「入れよ」中から野太い声。  本屋は胡座をかき、本の頁を捲る。狭い住処に踏み入ると、顔を上げ本を脇に置く。 「暫く見なかったな」長髪にヘアバンド代わりの黒縁眼鏡を持ち上げる。本屋の波打つ長髪が纏まり、秀でた額が現れる。 「旅をしていた」 「旅ね。身軽でいいな。こんな構え持つと、身動きもできない」 「そうですね」平積みにされ、内壁を支える数百冊かの本を眺める。これが辛気くさい、湿った臭いの元だ。  本屋は、普段、古書店街を歩く。稀覯本を背取りして、そのサヤで暮らしている。右から