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未来思考スイッチ#18 「つくる・つかう・かたる」の進化形を意識する


「建てない建築家」という仕事。

10年ほど前でしょうか。建築家・坂口恭平氏の展示会がワタリウム美術館で開催され、坂口氏が「建てない建築家」について語っているのを見て、私は何とも言えない衝撃を受けました。建築家とは「建物を建てる人」という固定観念があったから、「建てないってどういうこと?」と頭の中が混乱したのです。

フランク・ロイド・ライトの「建築家というのは建てる人のことではなく、建築を考える人のことを指すのだ」という言葉を引き合いに出しながら、ホームレスの暮らしの観察から生まれた「モバイルハウス」や「0円生活」など、坂口氏は斬新なコンセプトを発信していました。土地や建物に縛られない暮らし、さらに言えば、資本主義に牛耳られない人生のビジョンのようなものを示していたように思います。

スポンジ状態の日本の住まい。

坂口氏のラディカルな提案はとても刺激的です。当時の私には「建てない」という座標がずっと脳裏に残り、そこを起点にいろんなことを考えるようになっていました。

まず、日本では空き家が拡大中です。2030年には住宅の空き家率が30%を超えると予測され、所有者不明の土地も増えています。同じ2030年には老朽化する都市部のマンションにおいて高齢化と空き家増加の影響で管理機能が低下し、スラム化していくのではないかという問題も指摘されています。今、私たちが住まう場所では、空き家という人の手が届かない機能不全の「スキマ」が拡がっているのです。「スキマ」を「穴」と見立て、このような地域の状態を「スポンジ」と呼んでいます。

空き家という「余剰」があるのに、なぜ新しく建築をつくるのかという疑問が出てくるのは当然でした。「建てない建築家」という発想は、考えれば考えるほど「なるほど」と思えてくるのです。

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「つくる」から「つかう」へ。

私は家電メーカーに所属していますので、「つくる」ことが生業です。このため、私たちの仕事は「ものづくり」と呼ばれます。同じように住宅をつくり、地区を開発することを「まちづくり」と呼びます。この「つくる」という言葉には「成長」のニュアンスが強く感じられると思います。

しかし、先ほど触れたように今では建物が余り、使われていない住宅が「スキマ」として存在しているわけですから、「つくる」よりも今あるものをどうやって活かすかの方が重要になっているはずです。「つくる」から「つかう」の視点へ移行し、「成熟」を高める価値観へ重きを置くことが現代の課題と言えるのではないでしょうか。

このことから、「まちづくり」は「まちづかい」と呼び方を変えていかなければなりません。「まちづくり」は製造する側(提供する側)が主導するものでしたが、「まちづかい」になると利用する側が主体となっていくので、その内容はがらりと変わりそうです。もちろん、家電や製品も同様です。「ものづくり」は「ものづかい」へ。「つくる」から「つかう」という変化が、これからの重要なキーワードになっていくと思います。

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「まちづくり」と「まちづかい」、その違い。

それでは、「まちづくり」から「まちづかい」へ変化している住まいについて考えてみましょう。

これまでの「まちづくり」は、インフラを整え、建物を建てるといったハード提供が主体でしたが、「まちづかい」ではまちのすべてをいかに使いつくすかというサービス提供に主体が移ります。このコラムで何度も触れている日本の高度成長期では、人口増加に応じたニュータウンの形成など、住宅産業が経済の原動力になっていました。しかし昨今、人口減少や住まいのストック過剰により、まちの再活用に関して着目せざるを得ません。ハードよりサービスが主体となり、安心と快適、持続可能な「まちの経営」が望まれるようになったのです。

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さらに見ていきましょう。

住まい手のニーズは、地域コミュニティなど新しい関係性の見直しに向かっています。これまでは核家族を主流として、マイホームが人生のゴールのひとつでした。しかし、人の寿命が延びてくると事情が大きく変わってきます。

例えば、35歳でマイホーム一戸建てを購入したとしましょう。子育てに最適な間取り、自然環境に恵まれた郊外の立地、家族全員で移動できる大型の自家用車など、購入時にはこれらをイメージするはずです。ところが、子育てが終わり、夫婦二人暮らしになると、一戸建ての住まいは広すぎて持て余します。加齢により郊外での外出や買い物も負担になってきます。平均寿命は男性約80歳、女性約86歳ですので、同じ住まいに住み続けたならば購入から50年間、同じ場所、同じ住居に住み続けることになります。50年と言えば半世紀もの時間です。ライフスタイルは当然大きく変わっているはずです。ライフスタイルが変化したのに、住まいや住む場所が変わらないままであるのは、逆に不都合が増えていくのではないでしょうか。このように考えていくと、住む場所というのは流動的に捉えていく方が素直だと言えます。

子育て時には郊外で過ごし、高齢になると駅前のマンションへ住み替えを促進する不動産会社も増えてきました。住まいを固定化するのではなく、世代間で循環させ、住み替えを促していくのです。このようなしくみは「つくる」から「つかう」の良い例だと思います。

また、これまでは地域と家庭が分断される状態が続いてきましたが、独居世帯が増え、一人の不安が増してきているため、地域コミュニティへの期待が増々高まってくるでしょう。ひとり親世帯へのサポートも同様です。「食事」「見守り」「介護」など、生活を維持するためのサービスは当然のことながら、住民の持っているリソース(知識、能力、経験など)を活かしていく動きも増えてほしいものです。高齢者が引きこもるのではなく、何らかの社会参加でリソースを発揮していくようになれば、生きがいは高まり、健康増進にもつながり、地域での交流が生まれます。このように「まちづかい」とは、住民がまちの経営者になることで、自治力を回復させることにつながるのです。財政不足による自治体サービスの低下を嘆くよりも、住民や地場の企業などが連携して、新たな公共空間・サービス体制をつくっていくことが求められているのでしょう。私はこれを「ネイバーフッド・アソシエーション」と呼んでいきたいと思っています。

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「まちづかい」は新しいチャンスの宝庫。

「つくる」ではなく「つかう」の視点から、身近な地域を見直していけば、ビジネスチャンスも変わってくると思いませんか。是非、『未来思考』を使って発想を拡げてみてください。このコラムの#01~#05にはそのヒントが詰まっていますので、よろしければ参考にしてほしいと思います。

「つかう」のその先へ。

「まちづくり」「まちづかい」を例にしながら、「つくる」から「つかう」への移行を見てきましたが、さらにその先はどうなっていくのでしょうか。いろんな考え方ができると思いますが、私はあえて「かたる」としました。なぜなら、「まちがたり」「ものがたり」というフレーズがとても気に入っているからです。

いろんな建物や製品をずっと使い続けていくことを想像してください。建物であれば、住まう人がたくさん入れ替わるでしょう。住まう人の思い出が空間に刻まれることがあるかもしれません。住まう人のアイディアで空間がリノベーションされ、さらに使い勝手の良い建物にアップデートすることもあるでしょう。ヨーロッパの住まいは長く使い続けていくことが常識になっています。

機能がシンプルな生活道具では、とても長い間使われるものがたくさんありますが、家電のような電気製品、精密機械は同じものを何十年と使い続けることはできません。しかし、世代を超えて同じ型番が使われ続けることで、誰もが使いやすく美しいと思える形へと進化するものが出てきます。冷蔵庫にも、炊飯器にも、自動車にも、定番と呼ばれる形があるように、使われ続けることが製品の形を収斂させていくのです。

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「民藝」と呼ばれるものは、「無名の職人」や「用の美」で表現される通り、長く造り続け、長く使われ続けてきたことから、自然に美しくなったと言われます。「世代を超えた定番」「ロングライフデザイン」と言い換えてもいいかもしれませんね。

「かたる」は時間の「凝縮」。

継承されていく古い町並みや長く愛され生活に溶け込む民藝を見ていると、私はその形にたくさんの時間が「凝縮」している様を感じます。時間というものは不思議なもので、「凝縮」という姿で私たちの前に表れることがあります。

例えば、木の年輪。年輪は一年ごとに輪をつくります。大きな木を切れば、その木が過ごした何十年という時間が刻まれ、年輪を見れば気候や環境変化がわかるそうです。その時間がそこに「凝縮」しているのです。

また、女性が妊娠して、赤ちゃんが生まれるまでに十か月かかります。その十か月の間に、おなかの中では約30憶年分の生命進化が再現され、一気にその時間を駆け巡ります。言い換えるなら、10ヶ月に30億年分の時間が「凝縮」しているというわけです。

私はデザインの仕事を始めて30年以上が経過しました。日々、楽しいメンバーとプロジェクトを進めていますが、私の発言や私の書くものにはそれに費やす時間だけでなく、これまでに過ごしてきた30年という時間が「凝縮」して埋もれていると思っています。これは自分だけの「凝縮」であり、かけがえのないものです。そう考えると、ベテランの方々、シニアの人たちの「凝縮」をもっと社会に活用し、還元していくべきではないかと日々感じています。

『未来思考』は、理想の未来を描いて、行動を変えていく思考法です。

その理想の未来に「つくる」「つかう」「かたる」の流れをデザインできれば、描いた未来のその先まで拡がりが生まれていきます。どんな時間を「凝縮」したいのか、どんな「まちがたり」「ものがたり」を生み出したいのか、大きなストーリーを描いていきたいものですね。

「つくる」「つかう」「かたる」の進化形、皆さんも意識してみてください。

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