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未来思考スイッチ#17 「ジンテーゼ」で未来構想を磨く

和を以って貴しとなす。

聖徳太子の十七条憲法、私たちが出会うのは小学校の歴史の授業でしょうか。制定は604年、貴族や官僚など、政治に関わる人々を対象に道徳や心がけを示したものです。

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その第一条にあたるものが「和を以って貴しとなす」です。「何をするにもみんな仲良く争わないのがいいね」「人は調和していくことが最も大事なことだよ」という内容を誰もが教わったことでしょう。私もそうでしたし、ずっとそれが正しい解釈だと思っていました。ところがこの条文、それだけの意味ではなかったのです。

しっかりと議論を尽くせ。

「和」という言葉には「協調」という意味が含まれます。「協調」とは、利害の対立する者が相互の問題を解決するため、納得するまで話し合いをすることを指します。私たちは「和」というものをなんとなく仲良くなることだと思っていませんか。それでは単なる「同調」であり、他と調子を合わせる後ろ向きな態度になってしまいます。

本来の「和」とは、前向きに攻めること。より良いものを皆で議論して創っていこうという姿勢を指すのです。最後にあたる第十七条では、「不可独断(物事を決める際は独断で決めず、必ず周りの人とよく議論するように)」と記されています。十七条憲法は各条文単体で意味を取り上げず、全体を一つの塊として捉えながら、17の視点で読み解くようにする方がいいようです。

ヘーゲルの弁証法。

「和を以って貴しとなす」の真意に気がついた時、私はヘーゲルの弁証法を思い出しました。対立するモノ(事物)やコト(命題)から、新たな次元の答えを生み出す哲学的方法のことです。

例えば、私がある「意見」を言います。それに対し、相手が「反対意見」を言います。私が「反対意見」に屈し、それを受け入れるだけなら、これは先に述べた「同調」です。「反対意見」に対し、私と相手は議論を重ね、双方の意見が活かされたより高度な「統合意見」を導き出すことが「協調」です。簡単に言えば、このように対立する意見を統合していくことが弁証法です。

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ここでの「意見」をテーゼ、「反対意見」をアンチテーゼ、「統合された意見」を「ジンテーゼ」、そして、これまで対立していたお互いの言い分からレベルが上がっていく様を「アウフヘーベン(止揚)」と言います。まずは、この構図を皆さんの頭の中にインストールしてください。

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コーヒーとミルクで例えると・・・。

もう少し、身近な事例で説明しましょう。

朝、目覚まし代わりにコーヒーを飲みたいと思ったのに、家族から「健康のためにミルクを飲みなさい」と言われたとします。この場合、ミルクを選択すると「同調」になります。コーヒーとミルクを混ぜ、カフェオレにすると折衷案となり、弱めの「協調」となります。弱めと書いたのは、単純に足しただけだからです。もし、目覚めの効果や健康効果を一緒に考え尽くしていくならば、その家族はデカフェやソイラテのような新しい飲み物を生み出すかもしれません。これまでの次元を超えるものが強い「協調」であり、「アウフヘーベン」とはこのような結果を導くものだと私は考えています。よって、単にコーヒーとミルクを混ぜただけを「ジンテーゼ」と呼んでしまうと、弁証法が薄味になってしまうのです。

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よくある悩み、「理想」と「現実」のギャップ。

ここで私の同僚たちが経験したプロジェクトを題材にしながら、「ジンテーゼ」に至る『未来思考』の例を見てみましょう。近年、国際空港に設置されることが増えてきた「顔認証ゲート」です。

日本人は出国する際、パスポートを所持し、入国審査官から出国の確認を受け、出国の認印を受けることが定められています。この手続きを安全かつ迅速に行い、利用者や空港の利便性を高めるため、パスポートや人物をデジタル技術で認証する「顔認証ゲート」が誕生しました。パナソニックの「顔認証ゲート」は2017年10月から採用いただき、今では全国7か所の空港に導入され、運用されています。

このプロジェクトの相談が私たちのメンバーに入ってきたのは2014年。持ち込んできた営業部門の話によると、監視カメラ技術を応用して数年前から顔認証システムを開発しており、「顔認証ゲート」で社会貢献をしたいとのことでした。ビジョンとしては悪くありません。しかし、現実は厳しく、この顔認証技術にはライバル会社が複数あり、当社に強い優位性があるとは言えない状況でした。理想(テーゼ)は高くても、現実(アンチテーゼ)は多くの問題を投げかけていたのです。

『未来思考』を用いて、観察に次ぐ観察。

当初、私たちメンバーもどう解決すべきか、見当がつきませんでした。技術開発においては、他社も同様に切磋琢磨しているはずですから、単なる技術スペックでは解決策となる「ジンテーゼ」に至らないと感じていたのです。

そこで、『未来思考』の基本に立ち返り、真の課題を探索することから始めました。

リサーチャーが膨大な時間をかけて観察を繰り返します。当時は「指紋認証ゲート」が空港で使われていましたので、その利用者を徹底的に観察し、何でもいいから新しい気づきを得ようとしました。すると、当初は認証技術の精度が上がれば、人は速くゲートを通り抜けられると思っていたものが、「操作方法がわからない」「パスポートの事前準備ができていない」「人は操作案内を見ていない」など、ゲートの使いにくさに問題があることが徐々にわかってきたのです。ここから、私たちは「ユーザビリティを追求したゲート開発」に方向転換し、「使いやすさ」を目標に挙げるようになりました。

「使いやすい」とは何なのか、試作と検証の繰り返し。

「使いやすさ」を目標にかかげると、次にやってきたアンチテーゼは「使いやすさとは何?」「どこにリソースがあるの?」です。

当然、目の前に答えはありません。メンバーはいろんな実験を始めます。「パスポートが正しく置かれるためには」「顔認証の時にカメラをしっかり見てもらうためには」「荷物を持った人でも利用しやすくなるためには」「車椅子を利用される方でも不自由がないように」「共連れなどの不正が起きないために」等々、数えれば切りがないほど、様々な使いやすさの問題が見つかっていきます。

これらを一つ一つ丁寧に分析し、解決するための試作を行い、あるべき姿を探求していきました。このように多くのメンバーと多くの時間を経ることで、ようやく一つの光明が見えてくるのです。

「使いやすさ」を確かなものとするために、第三者の巻き込み。

アウトプットの方向性が形になれば、それを「実現する人」たちにドライブがかかります。経験豊富な技術者、エンジニア、デザイナーがひとつにまとまり、「これだ!」と思えるプロトタイプに磨きをかけていきます。(参考:#14「構想する人」が求められている

ところが、またここでアンチテーゼが生まれます。「私たちは良しと思っているけど、本当にそうなの?」。

確かにそうです。開発を担当しているメンバーだけの視野で物事を判断してしまっているかもしれません。盲点(スコトーマ)を外すためにも、社外の有識者の目から検証をすべきだとメンバーは考えました。高齢者の使いやすさ研究の第一人者である先生をお呼びし、私たちのプロトタイプを検証する大規模な実験を繰り返していきます。そして、再三にわたる検証の結果、すべての被験者がスムーズにゲートを通過できるというデータを獲得するに至ったのです。

「使いやすさ」の重要性を認知してもらうために。

メンバーが考え抜いた理想の「顔認証ゲート」。これを社会に実装していくためには「認証技術」だけではなく、「使いやすさ」の重要性を国や施設など、多くの関係者に理解してもらわなければなりません。営業や渉外を担当するメンバーの粘り強いアプローチで、私たちのコンセプトの認知も広がり、およそ3年の悪戦苦闘を経て、最終的に当社の受注が決まったのでした。

ここまでの話で、ビジネス(戦略・営業・渉外)、テクノロジー(技術・エンジニアリング)、クリエイティブ(デザイン)のBTC一体のプロジェクト推進が不可欠であるのはもちろんのこと、意見を戦わせながら「アウフヘーベン(止揚)」するステップを何度も踏んで、高みを目指すことの重要性がわかっていただけたかと思います。

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衆知を集めるとは、「ジンテーゼ」のこと。

前回のコラムでは、白や黒、赤や緑、昼と夜、吸う息と吐く息、動脈と静脈、男性と女性のように、相反する存在がお互いを引きつけ合い、補い活かしあうことについて述べましたが、「ジンテーゼ」も同じように「テーゼ」と「アンチテーゼ」が一つのことを成し遂げよう統合することから生まれていると言えます。

松下幸之助は「衆知を集める経営」を重んじ、「いかに優れた人でも、その知恵には限りがあり、皆の知恵を集めた全員経営を心がけることが肝要である。そのためには日頃から社員に仕事を任せ、ものが言いやすい空気をつくるのが良い。更には人の考えを鵜呑みにせず、自分の主体性を持つことが大切である。」と考えていました。この「衆知を集める」も、「ジンテーゼ」「アウフヘーベン」が含まれ、単なる仲良しになるという意味ではないことがお分かりいただけるでしょう。

『未来思考』は「ありたい理想の姿=未来構想」を描くことから始まります。そして、「未来構想」には常に「アンチテーゼ」がついて回ります。この「アンチテーゼ」をマイナスと捉えるのではなく、理想を磨くチャンスにしてほしいのです。

「ジンテーゼ」を見つけ、さらにその先の「ジンテーゼ」を目指していく。まるで階段を上るように、理想の高みに歩を進めていくことが『未来思考』であり、「未来構想」の実現方法なのです。

「ジンテーゼ」が自然に巻き起こる風土づくり、関係づくりが、身近な場所や組織、社会で拡がるといいなと思っています。

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