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未来思考スイッチ#14 「構想する人」が求められている

プロジェクト推進、よくある失敗例。

私が主宰する未来創造研究所には、1年間に200件のプロジェクト依頼が舞い込みます。テーマは「味噌」から「宇宙」に至るまで、「短期」の相談事や「中長期」に渡る開発プロジェクトなど、実にバラエティに富んでいます。

この道30年の私ですが、狙った通りに進んだものもあれば、思い通りに進まなかった案件もたくさんあり、失敗例を挙げれば切りがありません。特に入口で間違えてしまう例は、「ワークショップを開いて多くの人にアイディアをもらおう」とか、「若手を集めて斬新な意見を求めよう」とか、「女性チームを作り考えてもらおう」など、安易な多様性の導入でうまくいくと考えてしまうパターンです。

考えてもみてください。多くの人のアイディアは大切ですが、準備なく発想を求めても、現状を飛び出す発想はなかなか出てきません。似たようなアイディアに終始してしまい、ワークショップは自己満足で終わるケースがほとんどです。また、「若手を集める」「女性を集める」など、年齢や性別で括ることはナンセンスです。ポイントは「価値観」。「ユニークな価値観を持つ人をいかに集めるか」「突拍子もないアイディアを受け手側がしっかりと許容できるか」が重要なのです。

最も陥りがちな、深刻な問題。

大きな組織で活動をしていると、いろんな専門分野、経験豊富な人たちと仕事ができます。そもそも大きな組織で活動する目的のひとつは、「自分だけでは実現できないテーマを、多様な人材が束になって推進できる」ということです。専門性や年齢、個々人のアイデンティティやバックグランドの多様性が魅力なのです。

どの組織にもその分野に秀でたスペシャリスト、ベテランがいます。長年のキャリアでなければ蓄積しえないノウハウやナレッジは本当に貴重です。このような方々を、ここでは「職人社員」と呼んでみましょう。

そして、ここからが本題です。この「職人社員」が構想や企画をリードすると、なぜかつまらない未来構想が出来上がってしまう、という現象が起きます。ノウハウやナレッジを持つ貴重であるはずの「職人社員」の頑張りがマイナスになってしまうのです。なぜでしょうか。この深刻な問題について、私なりに分析を試みたいと思います。

「現場化」と「トップダウン」のジレンマ。

大きな企業で起こりそうな、戦略立案から実行に至るまでのジレンマを図にしてみました。

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事業単位ごとにトップを決め、権限を委譲する「自主責任経営」を進める企業は少なくありません。部門ごとに未来を構想して推進してもらうために、まずは「現場シフト/現場に任せる」から始まります。

現場に任せることは誰もが良いことだと思いがちですが、現場を熟知している「職人社員」が構想をリードすると、「現場ができる未来」ばかりを考えてしまうという事態に陥ります。なぜなら、これまでの「現場の常識」が身に沁みついてしまっているため、新しいアイディアがあっても「それは無理だ」と感じてしまい、結局は現状の延長線上の構想ばかりになるのです。これは、過去のコラムでも触れてきたコンフォートゾーンの問題と言えます。「職人社員」には自分自身のコンフォートゾーンがあり、その領域ばかりに目が向く習性があるのです。(※コンフォートゾーン:その人が慣れ親しんだ世界。物理的・情緒的・精神的・情報的に快適なので、人は無意識にその世界を維持しようとする)

このようにして、現場で考える構想は「現場ができる将来」に留まる傾向が強く、成長性や戦略性が低い未来になります。事業経営者に対し、このような指摘をすると、短期的な収益率や今の強みの話になり、現在のやり方を正当化しようとします。「自分たちの進め方は正しい」という信念があるため、コンフォートゾーンから抜け出せないという本質課題に気がつきません。

現場の構想が進まないと、それらを束ねるさらに上位の経営トップは自ら戦略を立てることを考え始めます。そして、トップダウンで新しい戦略の発信を試みます。

しかし、これに対しても問題が発生します。現場には現場の常識、信念がありますから、「何もわかっていない」という反発を招いてしまうのです。「現場ができる未来」しか考えられない人たちは、トップの新たな戦略を自分事として捉えるようにはなっていません。トップダウンの戦略がいくら素晴らしいものであっても、それは骨抜きにされ、現場に浸透しないまま時間ばかりが流れていきます。結果、新たな戦略は動かず、「じゃあ、現場に任せるよ」と再び現場シフトに戻っていくのです。

このようなジレンマのサイクルを、私は何度も見てきました。その事象に直面している時にはなかなか気づかないもので、後になって冷静に振り返ると、「また同じことが繰り返されていたのだな」とわかるのです。本当に難しい問題です。

問題の真因は「コンフォートゾーン」。

もうお分かりですね。貴重な戦力である「職人社員」を活かせず、良い構想・企画を生み出せない問題の真因は、「コンフォートゾーンの作り直し」がうまくできていないからです。

この「コンフォートゾーンの作り直し」を図るために、私が提案したいのは「構想する人」と「実現する人」を分け、まずは現場に「構想する人」を定着させることです。これを3つのステップに分けると、以下の図のような流れになります。

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ステップ0は、「職人社員」が考える従来のやり方です。全員が未来を考えているつもりでも、現状の視点に留まり、見ているのは足元だけの状態です。新しい未来は見えてきません。

そこで、ステップ1では組織内に「構想する人」を任命します。「構想する人」は『未来思考』で物事を考えられる人です。「構想する人」は理想のくらしや社会を描き、進むべき事業の方向性を起案することがミッションです。ところが、組織内の人はこの「構想する人」の提案についていけません。古いコンフォートゾーンのままなので、「おまえ、わかってんのか?」「そんな企画、無理無理!」となってしまいます。私はいつもこの勢力にいじめられてきました。だから、次のステップ2が重要となるのです。

ステップ2では、「構想する人」の提案をなんとかして形にする「実現する人」を組織内に位置づけます。「構想する人」と「実現する人」にタッグを組ませることで、両者は同じゴールを目指すようになります。「実現する人」の中には、古いコンフォートゾーンが残っているためブツブツ言う人がいるかもしれませんが、ゴールに納得した時点で新しいコンフォートゾーンに同居することとなり、次第に不満・不安は消え、新たな構想に向かってドライブがかかるようになってきます。

 構想する人の役割(What)
  暮らしや社会のあるべき姿を見据え、
  現状を超えた(自社の)未来を描く

 実現する人の役割(How)
  描かれた未来のために、
  更に専門力に磨きをかけ、
  実現に邁進する

私は「構想する人」側の人間です。事業開発者、設計者、生産部門、販売部門、CS部門に対し、未来構想を浸透させていく役割があります。これは並大抵のことではありません。しかし、「現状を超えた未来」「無茶だと思える未来」を実現してくれる人は、私の経験上、前述の「職人社員」の人たちなのです。「職人社員」は大きな目標に納得して動き出せば、ものすごい推進力を発揮します。「構想する人」と「実現する人」が一体となった時の熱量は甚大で、プロジェクトが進んでいく醍醐味は言葉では言い表せないものがあります。私が今の職場で長年活動を続けてこれたのは、この醍醐味を体験し、もっと味わいたいと思っているからです。

「構想する人」の重要なファクター。

ここで、私が考える「構想する人」が持つべき要素をお話ししておきましょう。

一つ目は「素直である」。

世の中の動きや人の声を素直に見て、聞き、感じることができる人です。禅の世界で語られる『初心』と同義です。知識がある人、専門を持つ人ほど、初心の状態で物事に対峙してほしいと思います。ユーザーの観察やワークショップによるアイディエーションにも、この「素直」が不可欠です。

二つ目は「一人で考え抜く」。

吸収した情報や意見、気づきを消化(昇華)し、自分の言葉でまとめ上げる力です。最近はコラボレーションがもてはやされ、「みんなで議論した」ことを良しとする人が増えました。しかし、それだけではダメです。自分の考えをまとめるために、思考作業をコツコツとやらなければなりません。この孤独な時間に打ち勝つ力が必要です。

三つ目は「ビジョンを描く」。

これまでのコラムで何度も述べてきました。人に伝える力、ビジュアライズする力が求められます。多くの仲間に「未来の記憶」をつくりましょう。

四つ目は「ブレない、ズレない」。

プロジェクトを進めていくと、いろんな出来事に直面します。軌道を修正することも必要になり、臨機応変に対応していくことが求められます。しかし、「そもそも何を目指していたのか」「実現したい未来は何だったのか」からブレてはいけません。ズレてもいけません。ここで言う「ブレない、ズレない」は、ゴールのWhy&Whatから目をそらさないという意味です。やり方のHowは状況に応じて変わっても構いません。

戦略マーケーターである森岡剛氏の著書、「確率思考の戦略論 – USJでも実証された数学マーケティングの力(角川書店)」に「サイコパス」に触れる箇所がでてきます。サイコパスと聞くと、私たちは冷酷非情な殺人犯やテロリストを思い浮かべますが、実はサイコパスと暴力的な行動には関係がないそうです。「サイコパス」とは何かについて、森岡氏の要約を見てみましょう。

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「サイコパス性とは、感情的葛藤や人間関係のしがらみなどに迷うことなく、目的に対して純粋に正しい行動が取れる性質のことだ。暴力的なサイコパスはその性質が犯罪として表れているだけで、自分の欲求に対して純粋で素直に行動してしまうのだと。(中略)つまり、サイコパス性とは、『感情が意思決定の邪魔にならない性質』だと私は解釈しました。(中略)暴力的でないサイコパスの中には、高い知性と教養を身につけて、社会で大活躍して大成功を収めている人が少なくないと言うのです。」

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これを踏まえ、森岡氏は、会社の重役、CEO(最高経営責任者)、外科医、弁護士、ジャーナリストなどを「サイコパス」を持つ人の例に挙げられていました。私が提案する「構想する人」は、周囲から何を言われてもあきらめない、何年でもやり続けるという「ブレない、ズレない」意志を重視していたので、この「サイコパス性」の要素は非常に考えさせられました。いかがでしょうか。とても興味深い論点だと思いませんか。

「構想する人」を増やしていく。

古いコンフォートゾーンから、新しいコンフォートゾーンに組織を移行させるために、「構想する人」と「実現する人」を分ける。「実現する人」は「職人社員」が担うという話をしてきましたが、「職人社員」が「構想する人」になってはいけないという意味ではありません。「職人社員」が、前述の4つの要素を体現できればいいのです。

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近年、事業がわかる人(B:ビジネス)、技術がわかる人(T:テクノロジー)、デザインがわかる人(C:クリエイティブ)を集め、ひとつのチームにするBTC組織が注目を集めるようになりました。この動きを私は、異種異能による「構想する人」の集団強化だと捉えています。

この集団が未来を構想し、「実現する人」へその意思を伝えることで、企業の閉塞感が瓦解し、組織を未来に導いていくのです。このような集団、チームを、こらからの組織や社会に浸透させていきたいものですね。

『未来思考』を実践する「構想する人」を、皆さんも目指してみませんか。

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