見出し画像

未来思考スイッチ#20 「クエスチョニング」、問うことを楽しむ

「検索」に見る、科学のパラドックス。

ケビン・ケリーの著書「<インターネット>の次に来るもの -未来を決める12の法則- (服部桂 訳)」は、私の大好きな未来考察本のひとつです。その中でグーグルなどの「検索」について語る箇所があります。

私たちは日々、検索サイトで「質問」をし、検索サイトから即座に「答え」を返してもらいます。検索サイトには広告が表示され、裏では検索語の学習で精度が高まるというしくみがあるものの、考えてみれば無料で膨大なインテリジェンスを与えてくれるインターネットという存在は驚異的です。本当にすごい世界になったと思います。

そのような検索サイトがなかった時代では「答え」に価値がありました。一つの「質問」を解決するために図書館に出かけ、何冊も本を拡げ、博物館を巡り、知人に尋ね回るなど、昔はあの手この手で「答え」を探したものでした。だから、そこで見つけた「答え」には希少性がありました。

しかし、私たちは今、たくさんの「質問」をして、たくさんの「答え」を瞬時にもらえる世界にいます。「答え」を得ることで新しい視点が切り開かれると一層の疑問が湧き上がり、さらなる「質問」と「答え」を繰り返すという日常が当たり前になりました。つまり、私たちの知識が指数関数的に増えると、私たちの疑問も指数関数的にさらに速く増えていくというわけです。ケビン・ケリーはこれを「科学のパラドックス」と呼び、「答え」が安くなったので、「質問」こそが価値を持つ逆転現象が起きていると言うのです。

良い「質問」とはなんだろう。

1964年、パブロ・ピカソはすでにこの逆転現象を予想していたのか、「コンピュータは役に立たない。ただ答えを返してくれるだけだ。」と語っています。良い「質問」について考えるために、ケビン・ケリーの著書からいくつか引用してみましょう。

 ・良い質問とは、正しい答えを求めるものではない。
 ・良い質問とは、すぐには答えが見つからない。
 ・良い質問とは、現在の答えに挑むものだ。
 ・良い質問とは、思考の新しい領域を創り出すものだ。
 ・良い質問とは、その答えの枠組み自体を変えてしまうものだ。

・・・(中略)・・・

 ・良い質問とは、人間だからこそできるものだ。

ケビン・ケリーは良い質問についてたくさんの例を示してくれていますが、アインシュタインは「もし光線の上に乗って飛んだら何が見えるだろう?」と自ら問うことで、相対性理論や原子力時代を導き出した、というエピソードも教えてくれました。

アインシュタインとホーキング博士にあやかって・・・。

皆さんは車椅子の上の天才物理学者、スティーヴン・W・ホーキング博士をご存知でしょうか。著書「ホーキング、宇宙を語る:ビックバンからブラックホールまで」は、20年間で1,000万部以上の売り上げを記録したベストセラーで、一般の人向けに宇宙について語ったものです。

博士はこの本のまえがきに、「この本の中に数式を一つ入れるたびに、売れ行きは半減すると教えてくれた人がいる。そこで、数式はいっさい入れないことに決心した。しかし、とうとう一つだけは入れることになってしまった。アインシュタインの有名な式 E=mc² である。」と述べました。

私はこの一節が妙に記憶に残り、E=mc² は天才博士にとっても特別なものだったのではないかと思います。そのアインシュタインとホーキング博士にあやかって、E=mc² を題材にした私なりの「質問」を10年ほど前に考えてみたことがあります。

画像1

この式は「質量とエネルギーの等価性」を表すと言われています。c は光の速度という私たちには想像しがたいものですが、「定数」であることからその数値は変わりませんので、質量とエネルギーは等価していると考えて構いません。つまり、物質と呼ばれるものが消失して熱や光が発生する、又は熱や光が物質を発生させるという意味になります。

さて、この E=mc² は左右がイコール(=)でつながっています。これを二つの矢印に書き換えてみましょう。なぜなら、物質が熱や光になり、熱や光が物質になるはずですから・・・。

画像2

まず、右から左への流れ、mc² →E を考えてみましょう。光速度が入っているので、原子力発電のような原子核反応が適切な事例かもしれませんが、質量とエネルギーの等価から考えれば、もっと柔軟にイメージしていいと思います。薪を燃やして暖を取ることやガソリンを使って自動車を走らせることなどは、身近な暮らしで見つけることができ、誰もが容易に想像できますね。食料はカロリー(cal)の単位で表されますが、カロリーの由来はラテン語の「熱」という意味です。

この mc² →E の流れは、エントロピーの法則である「物質はバラバラになる習性を持っており、それはもとに戻らない」というルールを含んでいます。燃やした薪はもとの薪には戻りません。生の食べ物はほっておくと腐って消滅します。水の中にインクを垂らすと広がって再び集まることはありません。この物理力、エントロピーの法則が私たちの身の回りを取り巻いています。

画像3

しかし、もう一方の左から右への流れ、E→ mc² はどうでしょうか。エネルギーが集まって、物質になるようなことを私たちは見かけることができるでしょうか。

ここが私の「質問」の起点です。すなわち、「mc² →E があるのなら、E→ mc² がなければ「質量とエネルギーの等価性」が成り立たないはず。E→ mc² はどこにあるのか。」という問いです。

画像4

皆さんも是非一緒に考えてほしいのですが、私には明確な答えが未だにわからず、10数年の間、ずっとこの「質問」の「答え」を探しています。漫画「進撃の巨人」には、雷や閃光、爆音が鳴り響いて巨人が出現します。私はそれを見て「あっ、E→ mc² だ!」と叫んだわけですが、現実世界で巨人の誕生を目撃したことはありません。目に見えるものを探しても、なかなか「答え」が見つからないのです。そもそも、私たちが利用する鉱物、原油、土地などの物質はどこからやってきているのでしょうか。どうやって生まれたのでしょうか。

ここからは妄想モードです。

皆さんも是非一緒に考えてほしいのですが、この E→ mc² は私たちの「見えない世界」で起こっているのではないかというのが私の仮説となっていきます。

妄想その1:植物の生長。

土に植えた種子が育ち、茎や葉が形作られることは、単なる養分の寄せ集めからでは説明ができません。何らかのエネルギーの働きがあって、土の中や空気中の成分、光などが組み合わさり、物質としての植物を生み出していると考えられます。

木は植林してから成木になるまで40~50年ほどかかります。その生長の軌跡が1年ごとの年輪で見えるわけですが、外側の年輪ほど若く、樹皮との間の形成層という組織が木を大きくしています。竹の子は木と異なり、中心から生長していくそうで、そのスピードもけた違いに速く2~3ヶ月で10~20メートルまで大きくなります。

芽と年輪と竹

先ほどエントロピーの法則に触れましたが、物質は本来ならバラバラになっていくはずなのに、逆に固めて組成させていく力がなければこのような植物の生長はありえませんから、この現象を生命力と呼ぶことができると思います。そして、この見えないエネルギーが E→ mc² を成立させているのではないかと思っているのです。逆に、植物が枯れていくことは、生命力が離れ、バラバラになることを止めることができないためと考えられます。

生命力を感じたり、生命力を内包するものを見ることはできますが、生命力というエネルギーそのものを見たり、取り出したりはできません。そのため、私は E→ mc² は「見えない世界」で起きている現象だと考えているのです。

妄想その2:人の睡眠。

私たち人間にも生命力があります。死後、からだが腐敗していくのはエントロピーの法則によるものですが、生きている間は生命力でからだが維持されます。食事を通じて栄養を吸収しても、この栄養だけでからだができているわけではありません。栄養を材料として、からだの設計図や建築家のようなからだを形作る働きがなければなりません。

さらに不思議なのは、私たちは睡眠をとらなければ生きていけないということです。1日を終えると人間は疲れて眠りに入ります。目が覚めると、元気が回復して新たな1日を始めることができます。栄養さえ取ればからだが元気でいられるというわけではなく、必ず睡眠が必要です。

画像6

最近では睡眠科学やライフサイエンスの研究が進み、多くの知見が共有されています。以前、私も睡眠に関するプロジェクトに関わったことがあり、睡眠についていろいろと考えました。当時にまとめた資料がこちらです。

画像6

人が眠っている時には、レム睡眠・ノンレム睡眠が繰り返され、寝入りを良くするためには体温を適度に下げること、寝る前は目に優しい光源を利用すること、朝食で体内時計をリセットすること、起床後の運動でコルチゾールの分泌を促すなど、良い睡眠のための環境、条件はある程度のことがわかっています。但し、これらの知見は目に見える物理現象ばかりで、「なぜ眠ると人は元気になるのか」「睡眠中に人間に何が起こっているのか」はまだわからないことが多いのです。

人は眠ると元気が回復します。元気というものをペットボトルの水に例えると、寝る前には空っぽになりかけていたペットボトルが、朝の目覚めの時には満タンになり、またその日の夜には使い切り、次の朝には再び元気が満タンになる・・・。このように、睡眠は永久機関のように元気を満たしてくれるシステムのように捉えられます。これこそ私は生命力のなせるわざであり、眠っている間は記憶がなく、時間の感覚が喪失することから、やはり「見えない世界」に生命力の源があるように思えてくるのです。

ネゲントロピーと虚時間の世界?。

妄想の域を出ませんが、私にとっての E→ mc² は、「見える世界」と「見えない世界」を循環させるしくみを解明する入り口ではないかと思っています。エントロピーの逆の作用となるネゲントロピー(負のエントロピー)の法則が働き、時間は通常の時間軸とは異なる虚軸上で作用し、生命力はその世界で生まれ活動しているのではないかという考えです。

画像5

「見えない世界」ですから、非現実的と思われるかもしれませんし、私も確証があるわけではありません。しかし、神話や文学、エネルギー医学分野などでは、この「見えない世界」の話は昔からありました。

一例をあげると、ミヒャエル・エンデ著「モモ」は、時間泥棒である灰色の男たちから主人公のモモが「時間=生命」を取り戻す物語で、その中では灰色の男たちが踏み込めない世界が出てきます。自動車が進まず、速度を上げれば上げるほど止まってしまう世界です。モモは案内役のカシオペイアの指示に従って「ゆっくりと後ろ向きに歩く」ことで、その世界に辿り着きます。灰色の男たちの世界は物理的な「見える世界」、モモが踏み込んだ世界は「見えない世界」。「ゆっくりと後ろ向きに歩く」ことが虚時間の表現ではないかと私は捉えています。

またエネルギー医学関連の書籍で以下の図を見かけました。(「見える世界」、「見えない世界」の矢印は私が追記しています。)

画像7

この図では「見えない世界」のことを負の時空間と記してありました。私たちは眠っている間に、その時空間へと移り、生命力を回復させ、元気に目覚めているのではないでしょうか。この図によると、光よりも速い速度、周波数帯に生命力の次元があるのかもしれません。

また、生物学者の福岡伸一氏も「福岡伸一、西田哲学を読む / 生命をめぐる思索の旅(池田善昭・福岡伸一、明石書店 2017年)」でネゲントロピーについて語っています。生命はエントロピーの増大が迫って来るよりも「先に」自分を壊しつくるというお話をされ、動的平衡として瞬間瞬間の一回限りの状態を繰り返し保ち続けているということをおっしゃっています。

とにかく、このように E→ mc² を考えていくことで、私は E=mc² が循環の式として成立してくるのではないかと考え続けているのです。

良い「質問」を生み出す楽しさ。

アインシュタインにあやかって、難しい妄想話をしてしまったかもしれません。しかしながら、このような妄想は本当に面白くて、本を探す時も、美術館で絵を見る時も、いつも「E=mc²」が頭のどこかにありました。今回はコラムの形で文章にしてみましたが、10数年前はこのように語ることさえできませんでした。少しずつ「答え」に向かって進んでいるのかもしれません。

『未来思考』を実践していくと、既成の概念をジャンプさせる必要がどこかで出てきます。文化や文明は非連続で進化することがあると言われ、そのきっかけを生み出すのはピカソやアインシュタインのように「質問」を生み出すことだと思います。言い換えれば、良い「質問」は未来を変えるし、未来を創っていく起点になりえる、とてもパワフルなものなのです。

いかがでしょうか。少しは皆さんのワクワクに火を灯すことができたでしょうか。最後にもう一度、ケビン・ケリーの良い「質問」について引用し、締めくくりたいと思います。

  良い質問とは
  ひとたび聞くとすぐに答えが知りたくなるが
  その質問を聞くまでは
  それについて考えてもみなかったようなものだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?