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未来思考スイッチ#01 「こころの直径」から考えてみる

最初に取り組むべき大事なステップは「観察」です。

インスピレーションを得るために、デザインでは対象の特性や人のニーズを理解しながら観察を重ねます。私は、人を観察していると、その人なりの興味・関心が向く物理的な場所を感じることがあります。まるでレーダーが働いているような、目配せが利く場所があるのです。

例えば、メイクやファッションに余念がないのに、テーブルの上は散らかり、キッチンのダストボックスはゴミで一杯だったという人がいました。この人は、肌から1㎝の場所には関心があるけれど、それ以外には目もくれない、そんな感じでした。

片や、メガネが曇り汚れても気付かないのに、家具の上に溜まったほこりや床の汚れには妙にうるさく言う人もいました。この人は周辺はよく見えるのに、中心(自分)はドーナツのような空洞になっているのでしょう。人には見える場所と見えない場所があるのです。

距離に応じ、人はモノや情報を使い分けています。

例えば、親密なメールや生理に関する情報。こっそり見ることができるスマートフォンなら気にならないのに、誰もが覗ける大きなディスプレイでの表示は気が引けませんか。Netflixのような観賞用コンテンツは、今でこそスマートフォンでの動画視聴も増えましたが、パソコンやタブレット、更には音響性能が良いテレビの方が馴染めるでしょう。通勤電車の車内ディスプレイにはニュースや広告、街角の大型ビジョンにはタウン情報が流れています。どうやら場所には、そこに相応しいコンテンツのタイプがあるようです。

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自分の場所からどの位置にあるのか、その距離感でプライベート/パブリックの性質が使い分けられています。暮らしにおいてコンテンツやサービスを提供する場合、その性質に応じた適材適所な配置が必要になるのです。公私混同してしまうと、利用されないコンテンツやサービスになってしまう恐れがあります。人の興味・関心が働く場所と距離をデザインしていくことが大切です。

この距離、私は「こころの直径」と呼んでいます。

人を中心とした直径サイズをものさしにすると、いろんな発想ができてとても便利です。例えば、肌から1㎝に直径がある人は、身体の表面への感受性が極めて高いので、いつも容姿に気を使います。このような顧客がターゲットであれば、ファッションと相性の良いアイテムから考えると展開がしやすくなるでしょう。同じ直径エリアの困りごとを観察することで、新しいアイディアが見つかります。

容姿には無頓着だけど、住み慣れた地域にはとても関心のある高齢者の人には、街へ気軽に出歩けるサービスを提供してみてはどうでしょうか。健康寿命を延ばし、充実した時間が増えるかもしれません。

その他にも、社会を見守る自警団やセキュリティ会社には、プライバシーに配慮しながら、施設同士が柔軟に連携する見守りシステム、地域と広域が垣根を越えてつながる連絡網などが有効だと思います。

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家から離れていく“冷蔵庫”。

「こころの直径」をベースにして、いま起きている暮らしの変化を描くために、ここでは冷蔵庫を取り上げてみましょう。

日本の家庭の冷蔵庫は1930年に登場し、1950年代に普及期を迎え、三種の神器(テレビ、冷蔵庫、洗濯機)のひとつになりました。当時の憧れの暮らしをリードし、50年後の2000年には世帯普及率98%に達します。

ところが、この冷蔵庫に思わぬライバルが現れます。1970年代に誕生したコンビニエンスストアです。このコンビニ、あっという間に普及し、都心に住む単身者世帯にとって、なくてはならない存在になりました。そして、歩いてすぐのコンビニに行けば、いつでも食品・飲み物が手に入るので、冷蔵庫にたくさんのモノを蓄えておく必要がなくなりました。言い換えると、コンビニが冷蔵庫に取って代わったのです。現在ではネットスーパーの台頭により、あらゆる物品が注文してから数時間~1日で届くようになり、家庭はネットスーパーの倉庫と直結する消費地に変わっていきました。

このように見ていくと、「冷蔵庫」という機能は私たちの直径サイズからどんどん遠いところに移動、家から離れてしまっているようです。しかも、インターネット技術や物流革新によって、無限の品ぞろえがいつでも手に入るという利便性を高めていることが特長です。

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家に近づく“フィットネスジム”。

もう一つ、逆のパターンとして、家に近づいている事例も見てみましょう。

皆さんはフィットネスジムを利用したことはありますか。会員登録し、施設まで通い、ベンチプレスやバイクマシンでトレーニングしながら、トレーナーのアドバイスを受け、集まる会員とプログラムを楽しむといった経験は誰にでもあると思います。家庭用のトレーニングマシンは様々な種類が昔から発売されていましたが、ジムで体験できるような臨場感はなく、どれも長続きしないものでした。

そんな中、「ペロトン」というオンラインフィットネスサービスが2012年、ニューヨークに誕生します。「ペロトン」は、専用モニター付きのバイクマシンを自宅に置き、ライブ形式のトレーニングを体験できるものです。バイクの稼働状況、消費カロリーが表示され、同じトレーニングクラスの仲間と競い、励まし合うことができます。モチベーションを維持する工夫がされているので、稼働率は高く、離脱者も極めて少ないアメリカでは人気のサービスとなりました。インターネット、デジタルコンテンツ、コミュニティ、カリスマインストラクターなど、あらゆる要素がバランスよく融合し、自宅での高品質なフィットネスジム体験を実現した例と言えるでしょう。

「ペロトン」のように、人に近づいてくるサービスはこれからも増えてくると思われます。レストランの有名シェフが自宅に来てくれるサービス。使い慣れたキッチンで料理教室をオンラインライブで受講できるサービス。クリニックや美容院が自宅にやってくるサービスなど、直径の距離を意図的に変えていくと、強制的にアイディアを出すことができます。

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「こころの直径」をものさしにして、未来を考える。

最近多いのは、海外ボランティアや新興国での起業など、地球規模の関心を持つ若者が増えていることです。彼・彼女らは、大きな直径のドーナツを持っているので、世界の貧困問題には熱く振舞います。この点に関してはとても心強いのですが、その直径があまりにも大きすぎて、身近な地域の問題を飛び越すことがあります。つまり、身近な問題には関心はないが、異国の問題には関心が高い、といった現象です。一概には言えませんが、あらゆる機能を内包したスマートフォンが、人の中心へ引っ張る「求心力」を働かせ、グローバルメディアによる世界への関心が、中心から離れていく「遠心力」を働かせることから生まれた社会現象ではないかと私は考えています。両極が増幅し、「こころの直径」の小さなドーナツと大きなドーナツが混在した結果、その中間(地域)が置き去りにされてしまったかのようです。

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しかし、ここで前述の「冷蔵庫」や「フィットネスジム」の例を思い出してください。常にトレンドは「こころの直径」の幅を変えながら動いています。動かすことでチャンスも生まれているのです。別の見方をすれば、現代のスキマ ~置き去りにされた中間(空白地帯)~ は、これからのホットスポットになっていく可能性を持ち合わせているのかもしれません。

変化が加速する世界、「こころの直径」をものさしに、「未来思考」にスイッチを入れてみてはいかがでしょうか。

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