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ケジメを付けに、田舎まで【小説】ラブ・ダイヤグラム17

あらすじ


バス会社の運転士養成制度で
無事、大型二種免許を取得した
愛であったが…

安心したのも束の間、
今度は入社試験と称した
実技テストが控えているらしい。

「蛸壺」なる実技内容らしいが…

試験は一週間後だと
電話で告げられた。


本文


私の両親は、関東のはずれの田舎で現在暮らしている。


私も私で、今海沿いの関東の端の町、小野原で暮らしているので、

お互いに住んでいるのは関東ながらも、あっち端とこっち端
みたいになっていて、
大分距離が離れてしまっていた。


都内で生活している時には
電車を使えばそう時間も掛からず
たまに顔を出すことも出来たものの、現在の小野原暮らしでは…

両親の住む町まで行くのは、ちょっとした旅行になってしまう。

上手く電車を乗り継いでも、
移動だけで半日は掛かってしまう
遠さなのだ。


…なので、小野原に越してきて以来、

まだ一度も両親に
顔を見せていなかった。


大企業の安定した仕事…
OLを辞めてからまだ両親に
その事を、説明一つせずに
いたって事にもなる。

当然、何度か電話は貰ったことはあるけど、何となくはぐらかして
胡麻化していたので
家族は、今私が小野原に住んでいる
ことさえも知らない筈だ。



大型二種を取得して、
入社の試験日まで一週間の猶予。



特に何をしようと言う予定も
無かったので、意を決した。

この時間に帰省して、
身勝手な娘の親不孝を
ちゃんと詫びておこう
という気になった。

塾に通わせてもらい、
いい大学にも行かせてくれて、
良いトコの会社にも
入ったというのに…

男に言われた一言にショックを受けて、嫌になって辞めたなどど、
今まで…とてもじゃないけど説明できなかったんだ。


そのうえ
「アテも無いです。
どう生きようか考えてます」じゃあ
救いも無かったけど、今は…こう生きたい、こうなりたいが説明出来て、
実際に、なりたい自分へなるべく進めている。


…バスの仕事は時間が
不規則だとも聞いている。

入社してからじゃあ益々顔を出すのが難しくなるだろう。

行くなら今しかないという
思いもあった。


ジーンズにシャツ、ラフな格好で、
足元だけはお気に入りの
パンプスの良いヤツを
履いて家を出た。



親の前で良いヤツを身に着けて、カッコつける必要も無いのだろうけど、
どうしても私はスニーカーとかが好きにはなれなかった。

出かけの時に非実用的だと
分かっていながらヒールやブーツを
意地でも履いていた人間だ、私は。

未だに、一点はカッコを付けないと気が済まないのだ。


携帯で乗換案内を見てみると、
片道3時間ちょい…

一応4時間見て、親には電話で到着時間を伝えておいた。

うちの家族は早めに
動く人たちばかりだ。

下手をすれば予定時刻通りに到着しても、駅前に車を止めて、
とっくに待っているかもしれない。

一時間くらい多めに伝える位で
丁度良いだろう。
昼頃には着くはずだ。



小野原もそれなりな地方都市ながら、新幹線も一応乗り入れる駅なので通勤時間帯には、電車はかなり込み合う。

それを見越して9時台という、
絶妙な時間に合わせて
電車に乗り始めたので、
車内は思った通り、空いていた。


快速。
これで都内まで出て、
もう一本乗り換えれば
あとは乘りっ放しでも両親の街に着く。

乗換が一回なのは良いけど、その代わり延々座りっぱなしの旅路だ。
お尻の肉が痛くならないか心配だ。


……私は今まで、人生の岐路にいつも、長距離電車に乗っていた。

転校する事になって新しい街に行く時も、親元を離れて大学に行く為、
一人暮らしを始める時も。

…都内も仕事も全部捨てて、
小野原に来る時もそうだった。

いっつも電車。


そんな時ばっかり
乗っていた心境が……

あまり楽し気な物じゃ無いせいか、
私はこうして電車に揺られていると、
いつも複雑な気分になってしまう。


差し込む光が、風景が、色が。

私に色んな事を
思い出させてしまうんだ。

正直、あまり好きな
乗り物では無かった。


寂しい……
っていう程の気持ちじゃあない。

昔の、色々思いを抱える自分を、
傍目から眺めているみたいな、
遣る瀬無い気持ちに
なってしまうんだ。



今更都内に来たからと
長居する気にもならない。

一見さんには迷路みたいな都内の駅構内をサッサと的確に抜けて、
目当ての電車に乗り込むと
好きな銘柄の缶コーヒーの
蓋を開けた。



両親は、二人とも
大学の講師をやっている。

意外とチョコチョコ転勤や異動がある仕事なのは、私の学生時代の転校の多さで理解していたけど、

二人のそんな新たな仕事場が、
今向かってる町ってことだ。


まだ暮らし始めて、
確か3~4年じゃ無かったか。

両親にも、私にも、
そもそもは縁も所縁も無い土地。
だけど、OLの時、
最後に訪れたのはこの町だ。

窓から見える車窓も、
懐かしいといえば
懐かしい気もする…

そんな風景が
相変わらず広がっていた。



次にいつ来れるかも分からないので、心に留めておこうと思って
コーヒーまで買って眺めていたのに、いつの間にやら少し眠ってしまったらしい。

目を覚ました時には、
目的地の一つ前の駅だった。

乗り込んですぐには
それなりに居た筈の乗客も、
殆どが居なくなっていて、
地元っぽい爺ちゃん婆ちゃんが
ポツポツ座っているのみだった。

昼下がりの穏やかな空気の中、
電車は静かに目的地の
ホームに入って、止まった。


予定通り3時間余りで到着出来た。


小野原の私の街よりも、のどかな…

無人駅でも良いんじゃないって
佇まいのホームだったけど
車掌も居るし、自動改札も一応あった…二門だけだけど…


そんな改札を抜け、ただの広場みたいなロータリーに出ると…
やっぱり一台、ポツンと停まっているワゴンカーが目に入った。


「おーい、愛。
よく来たねぇ。遠かったでしょ」


「お母さん早いって。
13時ごろって言ったじゃんか」


「アンタの事だから、どうせ遅めに
伝えてんだろと思ってさ。
早く来て正解だったね」


「…親子なんだよなぁ、本当。
そういう所。でもありがと」


「待たせちゃあ悪いからさぁ…
今日丁度良かったよ、愛。
今さ、涼もたまたまウチに
顔見せてんだよ。
大学休みだって言ってさ、来てるよ」


「えぇ……涼来てんの!?
言ってよそれ、私来る前に」


「そんなん言わんでよぉ。一人しか
居ないアンタの弟なんだから」


私は…弟がキライだ。
生意気がいつまで経っても治らず、
癇に障る事ばかり言ってくるからだ。


「お父さん家で待ってっから。
ご飯の用意してあるし、
みんなで食べよう。
久々に家族揃ってさ」


閑静な住宅街、
まばらな田んぼや林が
点在する先に、ポンと急に現れる
新し目な建売住宅の群れの中の一つが、今の両親の住まいだった。


車を降りて玄関に近づくと、
途端にギャンギャン吠え掛かる声が
中から聞こえてきた。

…小型犬のコタローだ。

もうじき10歳近いだろうに…
相変わらずアイツ、
人が来るたび大騒ぎしてんのか…


「ほーれ大丈夫だっての、
愛姉ちゃんだよコタロー。
アンタ何度も会ってるでしょうが。
お父さーん、愛来たよぉ」


「お邪魔しまーす」


「おー愛!元気かよ!
ちょっと瘦せたかお前?」


「あー…かも。元気だよ。
…涼も来てるって?」


「リビングで今、テレビ見とるわ」


「あいつ…そういう所
変わって無いなぁ」


「ま、入れ入れ。メシにしよう。
腹減ってるだろ」


犬を抱き抱えた父の後に続き、
リビングに入ると
偉そうに大股開いてソファに寛ぐ
弟が目に入った。


「おっす、愛姉。
また髪型変えたんだ」


「私の髪型…っつうか、
何だその髪型!?
アンタ何それ?
ホストでも目指してんの!?」


「今の奴大体こうじゃね?」


「やだもー!弟がこんなとか、
人に知られたくないわー…
ちょっと切ってきなよ今すぐ」


「姉ちゃんマジで古いって…ホントに丸の内でOLやってんの?」


あああ駄目だ…
やっぱコイツだけは
どうにも好きになれない…


微妙に今、場が整わないうちに
話したくはない事ばかり、
間が悪く平気で口にしてくる。

どうも根本的に合わないんだ。


「喧嘩してないで座ってホラ。
愛の好きなの作っておいたよ」


そう母に制止され、椅子に座って
家族でテーブルを囲んだ。

テーブルには既にいくつかの
料理と取り皿が並び、
グラスも用意されていた。


「愛もビールで良いか?
電車だろ今日?」

「あ、ビ…うん、
ビールで。ありがとう」




母と弟は飲めない人なので、
私が付き合わないと、父は一人で
酌する事になってしまう。
謝らなきゃいけない事があるので、
お酒は控えたかったが…

どうにも断れず、
コップに注がれてしまった。


お疲れさん、乾杯のあと、
大学はどうだとか、
彼女は出来たのかみたいな
弟の話題が中心に始まり、
私はずっと機を窺っていた。


いずれ…当然私の話にもなる。

嘘ついて「相変わらず大変だ」
みたいな事を言って胡麻化すのは
容易なのだろうけど、

今、今日本当のことを言わねば、
ここに来た意味が無い。


一体どんな空気に
変わってしまうのか…
折角久しぶりに会ったのに…

それが不安だった。

それでも、いずれは
言わねばならない事だ。

なら、今日。
闘いの日々を前に、後ろめたい
事などは無くしておきたい。


言おう。

「お前は最近どうだ」とか
聞かれたタイミングで、正直に。


…ところが、そんな話の流れが
自然に進めば訪れるのに、
その前にイキナリ、とんでもない
キラーパスが飛んできた。


「姉ちゃんそろそろ結婚とかすんの?
付き合ってる人居るって、
父さんに言ったらしいじゃん」



バカ弟の涼が、
自分の彼女話をはぐらかそうと、
突然私のヤバい話題に
触れてきやがったのだ。


どこまで面倒臭い奴なんだ。
この馬鹿さえ居なければ、もっと
段取り踏んで話も出来たのに…!


「ああそうだ。仲良くやってんのか?同じ会社の人だって…」


「あの!父さん!母さん!!!」



思わず大きな声が出てしまった。

もうココで言うしか無い。

彼氏と前職の話はセットになってて、どうせどっちも話さねば
ならなくなる。



「あの…私……会社、辞めたんです」


「はあぁ!?」


心底驚いた顔で、
父は目を見開いていた。


「思うところあって…会社辞めて…
だから彼氏とも別れてます」


誰も、何も言わず一様に
固まってしまった。


そりゃあ…やっぱりこうなるよなぁ…


「ごめんなさい」


そう言うしかない。
すると今度は母から聞かれた。

「じゃあアンタ…
今はいったい何をしているの」

「プロに、なろうと思って…
人に誇れる仕事したくて。
いま、バスの会社で仕事…
やらせてもらってます」


「バス!?……
バスか…都内のか?」


「いや…………小野原です。
東京も離れました。」


「…あー、だからかぁ…」



意外な父の言葉だった。

だからか…って…
一瞬何を言われたのか
分からなかった。


「お前、郵便局にまだ
転居届出してないだろ。

ちょっと前さ、たまには
地元のモンでも送ってやろうかって
送ったのにさ、なんか戻ってきちゃったんだよ。宛先不明だって言って。

大したもんじゃなかったし、俺が
住所間違ってメモったのかと思って
聞けなかったんだよ。」


「そう…だったんだ。
ごめんなさい」


「言えよお前、
住所変わった時くらい…小野原?」


「小野原です」


「…なんで小野原?」


「…新しい生き方するのに…
綺麗なトコが良かったから…
好きな街だったし…」



そう私が答えると、また皆黙った。
少しして、父は組んでいた腕を解いてビールを口にすると、また聞いた。


「生き方…変えんのか、お前」


「…仕事が…
人生の半分って言われました。
納得して…胸張れる、
自分の人生にしたいなって」


「ちゃんと向かってんのか、
お前は、そこに」


「向かってます」



調子モノの弟も何も言わず、
ただ成り行きを眺めているだけだった。

私は前を向いて
これから会社に入って、
人に認められる
良い仕事がしたかった。


本心でそう思っていたから、
自信をもって父に「向かってる」
と答えた。



「そっか、なら…良い。
…母さん、ビール無くなっちゃった。もう一本出してくれる?」


心配そうに見ていた母も、
父に促されると、ふと我に
返ったように立ち上がって、
冷蔵庫のビールを持ってきた。


父はプシッと缶を開けると、
ん……と、私のグラスを持つように
催促した。

酌を受けると父は言った。


「覚悟持ってやってるんだろうさ。
愛の事だから。

乾杯してやるよ、
お前の新しい門出に。
あー…住所は教えとけよ、ただし。あと転居届出せよ。

今頃お前の前の家住んでる
人んトコに、お前宛のDM、
山ほど届いてるぞ絶対」


「…はい」


「母さん、大丈夫だよ。
愛が信念持ってやってるって
言ってんだから。

ちゃんと成るよ、目指してるもんに。
大学受験の時もそうだったろ」


「あんたさぁ、連絡はしなさいよ。そういう大事な事は」


「はい、します。これからは」


「…で、涼は何目指してんだったっけ?もう一遍言ってみろ。」


「え、俺?インフルエンサー。
ファッション関係の」


「お前いい加減にしろよ。
大学生活ナメとんか」


父は、それ以上細かい話は聞かず、
ただ私を認めようとしてくれた。


おかしな空気も上手くいなして、
和やかに食事が出来る様に
してくれた。


私は幸せ者だと思う。
理解してくれようとする人がいる。
両親も、ハナちゃんも、前の会社の人達もそうだったし、

今の会社の人達…田尻さんや…

言葉にトゲはあるけど
多分山上さんも、私を分かってくれて、背中を押してくれる。


応えなきゃならないと思った。
良い仕事して、プロだと認められて、
自分が納得する人生を歩まなきゃならない。

でないと、そんな人たちに
顔向けできなくなる。

聞こえの良い事だけ言って、逃げてるだけの人に私は成ってしまう。


「いずれ見に行ってやるか、
愛の生きざま。
小野原もあれっきり
行ってないからな」


「姉ちゃんの運転とか
超心配なんだけど。
前にウチの車庫入れで、
擦りそうになってたじゃん」


「いやマジでうるさいコイツ。
何年前の話してんだよ」


「もーやめなって。なんで姉弟で
仲良く出来んかねぇ」


…甘えすぎてはいけない。
今こうして父も母も、多くを聞かずに私の意志を尊重してくれるのは

今までちゃんと私が
やると言ったらやってきたし、
なると決めたら本当に
ソレに成ってきたからだ。


今回はただ入社するだけじゃダメで、認められなくてはならない。

両親の思いやりが身に沁みながらも、同時に覚悟も決めさせられる
思いがした。

電話で良いから
たまに連絡寄こしなさい。

そう言われながら、
山程の食べ物をお土産に渡され、
私は電車に乗り込んだ。

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