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【小説】ラブ・ダイヤグラム⑦ スイカと涙



前書き

メニュー欄の使い方が漸く(遅すぎる)
分かってきたので、折角なんで有効活用しながら、
これからアップしていこうと思います。

前回までのあらすじ

親友ハナちゃんに同じ会社で一緒に働かないかと勧められ勤めだしたものの、どうしても仕事に対する心のわだかまりを拭えなかった愛。

偶然出会ったバス会社運輸部「山上」の勧誘を受け、バスの仕事をやってみようと考え始めた。

休日をハナちゃんと過ごしている中で、そんな自分の正直な気持ちを打ち明け、今の仕事を辞め、バス会社に行く事を決意するが…


7話 スイカと涙



ハナちゃんと川辺で話してから数日後、
私は会社を辞める旨を社長に伝えた。

挑戦してみたい事が出来た…
非難の一つでもされる覚悟でそう話をすると、
それがどんなものなのかも聞かず、ただ


「まだ若いから、そういうものが見つかったのなら挑戦してみろ」


と、スパッと短く、あっさり返された。

余りにもあっさりし過ぎていて、
私くらい居なくなってもどうって事も無いと
思われているのかと勘繰って、
気持ちが沈んだ程だった。


少し間をおいて社長はこう付け加えた。


「ただ!先の事ってのは分かんねぇから!
色々やって、やっぱダンプだなって思ったら
別のトコじゃなくてウチ来てな。
そこだけ覚えといて」


この一言は本当に有り難かった。

沈んだり嬉しかったりで感情の抑えが利かず
少しだけ泣いて社長を困らせてしまった…

ここの会社の人はハナちゃんに限らず
優しい人ばかりで、いざ離れようとすると
どこまでも心苦しくなってしまう。



辞める前の数日間、私は全力で働いた。

そんな人たちに対して、不義理は重ねられないし
ハナちゃんが一生懸命私に伝えてくれた
教えをしっかり最後まで守りたかった。


夏の終わり。

朝夕には少しずつ、
夏の面影が消えていくのを感じながら。

日々、いつもの様にびっしり汗をかきながら
人に気遣い、現場に気遣い…

自分の周りの人が気持ちよく働ける様、そして何より、自分自身が少しでも「良い仕事」に近づける様働いた。

初めっから…難しい事など考えずにガムシャラに、今みたいに目の前の仕事にだけ集中していたら…

意識なんてせずとも自然といずれ
プロのダンプドライバーとしても
生きていく事が出来たんじゃないか…

そんな事も頭を掠めた。


申し訳無い、自分の事もなかなか決められなくて。
ごめんなさい、大事にしてくれるのに、
答える気持ちになれなくて。

いっその事「アイツは半端者だ、どう仕様も無い」
と、蔑んでくれた方が心が痛まずに辞められるだろう。

…なのに…誰一人、そうしてはくれなかった。


寂しくなっちまうな、いつでも戻ってこい…
なんて事を、会社の人だけじゃ無く
現場の顔見知りや、お得意さんまで言ってくる


どんだけ良い人なんだよ、
やめてよと思うと同時に…

会社の外ですらそう思ってもらえる様な
仕事の仕方を一から教えてくれた、
ハナちゃんや会社の人達に、
ただ感謝しか無かった。


そんな風に、私のダンプ乗りとしての最後の
数日間は過ぎて行き、出社最後の日になった。


7~8か月位お世話になったのだろうか。
長かった様な短かった様な…

路頭に迷っていた私を拾って、
面倒を見続けてくれたみんな。

砂埃と軽油の匂い、
庇一つ無い直射日光の駐車場に、
簡素な作りの詰め所兼休憩所…

自分がここの住人では無くなる。


OLを辞める時には感じる事の無かった喪失感に
心が染まってしまって、
見るもの全て愛おしくなってしまう。


最年長の小さいお爺ちゃん、
通称「ヤマさん」は朝に事務所で会うと、
いつもコーヒーを奢ってくれた。

昔ながらのコーヒーにしては
妙に細長い缶に入った、強烈に甘いヤツ。

「コーヒー買ったる!!」と言って、
遠慮しても半ば無理やり
自販機の前まで連れて行かれる。

歩きながらもう小銭を
ジャラジャラ準備しちゃってるのだ。
断ろうにも一瞬の隙も与えてくれない。


最後の出勤日に、そんなヤマさんと同じタイミングで点呼を受けることになったもので、例によって「コーヒー飲むべ!」と自販機の前まで連れて行かれた。

何故か分からないけど、
ヤマさんはいつも選ばせてはくれずに、
お金を入れるなり件の甘いコーヒーのボタンを押しちゃって自分と人のを買うのだ、毎回。


なのでヤマさんの奢りは例外無くいつも、
この甘い…ロング缶コーヒーだ。
陰ながら「ヤマコーヒー」などとも、
職場の仲間内では呼ばれていた。


私はコーヒーはブラックしか飲まない人だったので、今まで経験のないレベルで甘いそのコーヒーが、最初の頃はどうにも馴染まず、
正直な所ありがた迷惑だったのだけど、
この人に会うたびにそれを飲んでいるうちに
多少は美味しいと思える様になった。


特に仕事終わり…
疲れた体に妙に染み入る、そんな飲み物に
少しずつなっていったんだ。

最後の最後にもコレが飲めるのが
少しだけ嬉しかった。


「愛ちゃん、バス運転すんだって!?」

「はい、書類選考通って、これから面接です。
やってみようと思います。」

「オレ休みの日はよ、よくバス使うんだ。
偶然オレ乗ってきても無視とかしないでよ!」

「しませんよ!コーヒー散々頂いちゃった
ご恩がありますから」


イッヒッヒ!…とヤマさんは笑うと
タバコを吹かしながら、いつもの様に
コーヒーを美味しそうに飲んだ。


「あの、前から気になってたんですけど…」

「なによ、どうしたの?」

「なんでヤマさんって、
いつもこのコーヒーなんですか?
他の人にも、いつもコレですよね」

「いやただね、俺が若い時いつもコレ…
先輩が奢ってくれてたのよ。

…若い時、稼ぎも大したことなかったし、
奢ってもらえると嬉しくてよぉ。
散々やってもらってた事だからさ。
今度は俺が若いモンにしてやる番かなって、
そんだけよ。大した事じゃ無いから!」

「…私この味、忘れらんないです多分…
ありがとうございました。」

「全然良いって!…あ、今日営業所戻ったらすぐ帰っちゃダメだよ。送別会あるからさ」

「…事務所でですか?えぇ!?
いやいや良いですよそんなの!!」

「会社の決まりなんだ。社長の方針でよ。
バックれたヤツ以外は皆、簡単なヤツだけど
送別会で送り出すんだ。義理人情って奴でさ」

「義理人情…ですか。」

「昔ながら…だよな。
またどっかで繋がるかも知れないし、
気持ちよく送り出してやりてえんだってさ」


…そういう仕事場だったんだ、
私の働いていた会社は。

そりゃ良い人ばっかりな筈だよ。

ヤバい…どんどん、
ココを離れるのが寂しくなってくる。


ヤマさんと別れ、いつも通りに仕事をこなしながら、時々胸が詰まる様な気持ちになるのが抑えられなかった。

得意先の監督の笑顔とも、会社の人達とも、
好きだった例のコンビニの、
朝焼けの海とも今日でお別れだ。

慣れない…違う等と、毎日散々葛藤しながら
今まで触れていたそれが、今になって
こんなにも愛おしく感じるなんて。

泣き出しそうになるのを堪えながら、
何とか最終日も無事に仕事を終えた。


営業所に戻ると、いつもとは違う光景が広がっていた。

珍しく私が一番遅くに戻ってきた様で、
自販機の前の灰皿の近くにやたら人が集まって
飲み物片手に駄弁っているのが目に入った。


「あ!帰ってきた!!洗車手伝うから、停めたら伝票締めちゃいな!」


声は課長さんだろうか。
ゴチャついて誰がしゃべったかもよく分からない状況で、困惑してるといきなりハナちゃんが
助手席に飛び乗ってきて言った。


「皆待ってるよ。チャチャっと支度して始めましょうよ、送別会」

「…全員…残ってくれてるの?コレ」

「大体は。あー…社長がさぁ…
なんかトラブったみたいで、どうしても出れないって。…はい!早く!!伝票は自分で締めて!全部荷物持った!?洗車と移動やっとくから!事務所行って!」


バタバタ急かされながら車を下ろされると、
けたたましいエンジン音と排ガスを撒き散らしながら洗車スペースへと移動するダンプの後ろを
ゾロゾロ何人か付いていった。

本当に、あまりモタモタやっていて
良さそうな雰囲気じゃない…

両手一杯に伝票や自分の私物を抱えたまんま
走って事務所に駆け込んで、
慌てて締め作業を片付け外に出た時には、

すでに洗車も帰庫も終えていたらしく、
また灰皿の周りに集まってワイワイガヤガヤとしていた。


「すいません!お待たせした様で…」

「愛ちゃん来た!佐藤くん、アレ持ってきてアレ!」

「冷蔵庫でしたっけ、了解っす!」

「えー、皆さん集まった所で…
取り敢えず課長から始まりの挨拶を…
佐藤くん戻って来るまで位で手短かに…」

「あ?はい、あー、えー…
小原さん退職という事でね、ささやかですが
お疲れ様って事で、送別会をね…」


場の収拾が済まないうちに、急に始まったらしい。
「送別会」って聞いて大分構えていたのに
思ってた感じと全然違う、中々にユルい雰囲氣のまんまザワザワとしながら、ある人は買ったコーラを
口にしながら、またある人は咥えタバコを
吹かしながらの開会。


「例によってね、社長から寸志が出てますので
それを皆で楽しみながら…
あ、社長は残念ながら所用で不参加で…え?
あそうか、小原さんから一言頂いて…
うわ何だあれ!?凄いの来たね今回!」


グッダグダな課長の挨拶の中、
佐藤くんが恐らく「社長の寸志」を持って現れると
さらに会場がざわつき始めた。


「何すかコレ!?こんなデカいスイカ初めて見たんすけど俺!」


とんでもない大きさのスイカだった。

重みも相当みたいで、佐藤くんは抱え込む様な
体制で必死に運んでいた。


「ブランド物の特大スイカだそうです!
アタシお値段聞いてマジでビビりました!
トラブル対応で顔出せないけど、
皆で楽しんでくれとの社長のお言葉です!
会ったらお礼言いましょうね!」


佐藤くんかヨロヨロとしながら、それが事務所の方へと消えていっても、まだ会場はザワついたままだ。

スイカ割りしようぜ、アレで…
バカ、ブランド物だぞアレ…勿体ねえだろが
前ん時鰻弁当だったっけ?

…等と話が飛び交う中で呆気に取られていると
横にハナちゃんがやってきた。


「毎回さ、ああやってみんなの喜ぶもの用意してくれるんだよ、ウチの社長。バーベキューコンロ用意して肉焼いた時もあったよ。面白いでしょ?」

「毎回…こんなことしてくれてんの…」

「うん、送別会の時毎回。居酒屋とかでやるより気楽だし、いい思い出になるからって言ってた。」


なんて粋なやり方するんだろうと感動すら覚えた。

飲み会を企画するより人が集まりやすいし、皆喜ぶし、長居するのもサクッと帰るのも、これなら気兼ねが全然無い。

このユルさ適当さの中に、辞める人は勿論、
従業員全員への思いやりがこもっているんだ。


薄暗くなりつつある事務所前に広がる、リラックスした穏やかな空気の中、切られたスイカが山ほど運ばれてきた。


「じゃあ、そうだね。乾杯じゃないけど、みんなスイカ持って。愛ちゃんに一言貰ってから「お疲れ様!」で食べようか」


誰からともなく声が掛かり、スイカ片手に皆の前に立たされるとさっきまでの喧騒が嘘みたいに、皆が静まり返って私の言葉を待つ形となった。


…送別会とは聞かされていたので、
こういうのがあるとは思っていた。

この手の場数だって、同世代の中じゃあ多い方だ。
OLの時に何度も似たような機会があった。得意だ。

気の利いた言葉に少しだけ笑いを添えてやればいい。分かってる、どんな顔して何を言えばいいのかなんて事は。

分かってる……筈なのに、心がざわついて、
慣れている自分が行方不明になった。


「あの……皆さん、ありがとうございます。
…こんな、中途半端に辞めちゃう私に、みんな良くしてくれて、感謝してます」


何とか絞りだした、のっけの言葉に
どこからか「カタいよ!気楽に!!」
…と言うヤジが飛んだ。

こんなん言われたのなんて一体いつぶりだ…まるで新入社員の挨拶か。

自分の姿が見えずとも、顔真っ赤になってしまっているのが分かる程恥ずかしかったが、振り切るように声を張って、続けた。


「会社の皆さん!!私みたいのに一生懸命!仕事、教えてくれて!!義理人情とか!そんなのも教えてくれて!優しくしてくれて!ありがとうございました!!!忘れないです!!ここでの事は!!!」


言い終えた後に息が切れて、フゥフゥ言ってしまう程必死になって言葉を繋ぐと、ようやく皆が拍手してくれた。


「じゃあ、乾杯の音頭……宜しくお願いします!」

「っっカンパーイ!!!!!」


ヤケクソみたいに大きな声で私が言うと
同じくらい大きな声で皆も続いた。

何とか…何とかやった……こなした、役目は。
何だよもう…と、一体自分でも何に対しての「何だよもう」なのか分からないままにスイカに噛り付いた……所までだった。

胸の中に収めて、冷静で居られたのは…


いつもの様に汗をかいて、一日太陽の下で働いた
火照った体に、乾いた喉に、痺れる位に瑞々しくて甘いスイカ。


仕事終わりにどうよ、旨いだろ?正解だろ?


社長が私達の喜ぶさまを目に浮かべながらこのスイカを選んだのが私の脳裏に過ったとたん、ボトボトと止めどなく涙が出てきてしまった。

スイカの味に歓喜する皆には、暫く気付かれなかった。一体いつぶりだ、人前でこんな女々しく涙流してしまうのなんて。

彼氏に振られた時だって涙なんか見せなかったのに。


真っ先にハナちゃんに気付かれ
何も言わずに彼女は私の肩に抱きついてきた。

それを見てようやく皆も私が泣いているのに気付いたけど、課長らが上手く「あまりのスイカの旨さに感動したんだな!」などと
茶化してくれたのが有難かった。

少しすると、ハナちゃんは私と一緒に涙しながら、耳元で囁いた。


「愛ちゃん、とりあえず食べよう、
せっかくのスイカ。
…あと、ハナは拭いた方が良いと思う。」

そうやって……私のダンプ乗りとしての人生最後の日は幕を閉じた。


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