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曲がり方…教えて下さい…【小説】ラブ・ダイヤグラム13


あらすじ



バス運転の教習初日を迎える事となった愛。

前日、教習所の休みを利用して
趣味であるレトロ探しの旅も満喫し、
気持ちも新たに教習へと
臨むところであったが…


本文


ベッドから体を起こしただけで確信した。
体調も気分も万全、完璧だと。

これならば今日の技能教習…
私の五感は研ぎ澄まされ、
最高レベルのパフォーマンスを
発揮出来る筈だ。



朝食にサンドイッチとコーヒーを用意し、
また動画サイトのバス教習に目を通す。

もう嫌って程に繰り返し見た内容ではあるけど、
まだ油断してはいけない。

いつ何時、ふとしたトラブルでテンパって
しまうかなんて分からないんだ。

そんな時に、最早夢の中にまで時折現れる様になってしまったこの映像が、私のピンチを助けてくれる。


万全な体調に加えて、
不測の事態にまで対応しようとする
慎重すぎる私の性格。

死角が無い…行ける。普通に。
慌てず騒がず的確にタスクをこなすだけ。

OLの時だって散々そうやってこなして
ちゃんとモノにして来たじゃないか。



雲間に陽の光がカーテンの様に差し込む空の下、
いつもの様にバイクを走らせ教習所に向かった。

生まれて初めてバスを運転する、記念すべき1日目…
これからこの道でプロになろうっていう大事な1日だ。

今日だけは、バシッと決めておきたい。


燃え盛らんばかりの気合いを胸に、
教習所のカウンターで教習台帳を受け取ると、
丁度冬木も来ていたらしく、声を掛けられた。


「おーす。お!アイアイ今日から技能?
あー…ね?頑張って。
スゲー観たいけど路上教習だわ俺」


私がコテンパンにされるとでも思ってそうに
ニヤニヤ笑いながら言うので、
キッパリ言ってやった。


「教習の流れ、動画で見てきたしヨユーだよ。
見た通りやるだけだもん」


「おー!スゲー自信じゃん!
いやホント、アイアイは面白いわ。
後で話聞かせてくれよ。楽しみにしとくわ。
じゃーまた…。いやいや面白ぇ面白ぇ…」


去り際姿が見えなくなるまで
ずっとニヤニヤしたまま
冬木は外のコースの方へと消えていってしまった。

なんだアイツ、失礼な…
この後の教習で私が失敗しまくって、
ベンチでベソかくとでも思ってるのか。
益々闘志が湧いてきた。


しばらくして教習開始のチャイムが鳴り響くと
集まっていた技能教習の人間は一斉に、
入り口から外に出ていく。

大半は普通自動車の人達で、
2人位大型一種が居て…バスは私1人だった。

次々と入り口前で教官に声を掛けられ
1人、また1人と目の前に並ぶ教習車に乗り込んでいく。

おおかた全員立ち去ったタイミングで
ようやく私にも声が掛かった。


「えー、小原…愛さん?大型二種だね?」


「はい!宜しくお願いします!」


「じゃあ行こうか。
コース横断する時気を付けてね」


他の教習車が入口前に横付けして
停められているのに対し、
バスの教習車だけは車体が大きすぎるせいか、
コース内の…多分停車を練習する為に
引かれた白線の中に停められていた。


車の前まで来ると、改めてバスってのはデカい。

初めてダンプを間近で見た時にも圧倒されたけど、
バスの大きさ、特に長さはそれ以上だ。


「まずね、ドア開けんの、
ここのスイッチだからね」


車体前面のバンパーの所に、
ドア開閉のスイッチが付いている。
蓋をパカっと開けて、パチンとスイッチを上げると
プシーッ!と言いながらドアが開いた。

動画でココは確認済みだけど、
生で見るとやたら新鮮だ。

ホントだ、トラックと全然違う!バスだ!
…なんて、内心少しはしゃいでしまった。



…が、ココで突然教官から質問が飛ぶ。
私の脳内データには、
答えの載って無いヤツだった。


「乗り込む前に…小原さん。
バスと、他の大型車の一番の違いって何?
構造上…運転する上での特性の話ね?」


「……え?」


「違い、特性。バスの」



えっと…何だ?
大きさ…とか言ったら、
舐めてんのかと言われかねない。


「えー…えー…えぇー…っと、ですね…
…車体の長さが…」


「違うよ!タイヤの位置!!
ほら、運転席より大分後ろでしょ!?
前輪が!!」


「は…はい!!ホントだ!後ろです!」


教習開始数分で早くも檄が飛ぶ。
パッと見、別にコワモテでも何でもない
温厚そうなおじさんが教官だったのだけど、
そんな人が急にガーっと言うものだから、
驚いてしまった。


余程基本的な質問に私は
答えられなかったのだろうか…


「運転席乗ってみて!タイヤ何処にある!?
全然違うでしょ!?他の車と!」


「はい!違います!大分後ろですね!」



そう、同じ大型車でもバスは、
バンパーの付いた前面より、
大分後ろにタイヤが付いている。

自分が座る運転席よりかなり後ろを起点にして
ハンドルを切った時に車が曲がるのだ。

教官の指摘する通り、
運転する上で他の車とまるで違う、
バスの最大の特徴と言っても良い。


「それを踏まえて、
コイツは運転しなきゃならないから。
曲んなきゃならないから。覚えといて。
…で、シフトがココ、メインスイッチがココ…」


最初にどやされたタイヤの位置以外は、
別段トラックとあまり変わらない。

ただ右手の届く所に、
前面と中間のドアを開閉するスイッチと、
爆弾の起爆スイッチみたいな、
赤い色をしたボタンが付いている。

赤いボタンは「送りボタン」と言って、
バス停を通過した時に音声案内と表示を進ませるものであるらしい。
教習では音声案内も表示も出ないが、
一応付いているだけのものだそうだ。


「運転感覚、トラックとかと大分違うからね。
これからソレに慣れてってもらうから。
じゃ、14番のコーナーから外周出て右回り。
しばらく回ってみようか」



うぅ…久々のマニュアル車…
トラックで免許取る時にも、
結構怒られたっけなぁ…

ギアの繋ぎ方が下手だって…

正直かなり苦手意識を抱えながらも
極めて慎重に、ゆっくりと発進して、
指示された角で曲がると、何とかギアも変えながら外周を走り出す。

手汗がとんでもない事になっていたが、
それ以外は特に異常は無い。
教官も、特に口を開かなかった。

…が、外周のキワ、
コーナーに差し掛かった所で大問題が発生した。

減速して緩やかに右カーブしようとしたら、
イキナリ補助ブレーキを踏まれたのだ。

車体が激しくガンッ!…と揺れ、エンストした。


「はぁ!?」


「どこ走ってんの小原さん!!」


「え…いやカーブを…」


「二車線の真ん中だよコレ!!」


「…えぇっ!?」


あれ、おかしいな…
普通にゆっくり縁石に寄せて、
曲がったつもりだったのに…

言われても半信半疑な位、普通に…
慎重にやってたつもりだったのだ。


ちょっと降りてみろと言われ、降りて見てみると
確かに、明らかに中央線を跨いでしまっていた。
縁石からもまるで離れた状態で曲がっているのだ。



何でだ…?
トラックの時には全然問題など無かった所だ。

大きい車をはみ出させたく無かったので、
ガッツリスピード落とした上で、
バンパースレスレまで寄せて
いつも走っていたんだ。


「え…おかしいな…何で?」


「ハンドル切り出し早すぎるよ!
さっき言ったでしょ!
タイヤの位置違うんだって!」


つまり…目で見える車体の角に縁石を合わせて
曲がろうとするとこうなるのだ。
左右のミラーで辛うじて…

ほんの少しだけ見えるか見えないかってレベルの
ほぼ大体の位置位しか分からないタイヤ自体を
縁石に寄せて曲がらねば、絶対に中央線を跨いでしまい車体が対向車線に思いっきりはみ出してしまうのだ。


「え、あの…どう…」


「なに!?」


「どう…曲がったら…いいんですか?」



言葉の通り、カーブの曲がり方が分からない。

テンパってはいたかも知れないけど、
パニックになった訳でも、
我を忘れてそう言った訳でもなく
真剣に、冷静に分からなかった。

まるで違う、今まで乗っていた車と。


ミラーで確認しつつ、タイヤの位置を意識しながら
曲がるしか無いよと言われて、何とか改めて発進したものの…

しばらく直進したのちに、
また次のカーブで停められた。


何だコレ…?
コーナーの幅が、実は乗用車専用に
狭く作られてんじゃ無いのかとすら思った。


「ちょっとハンドル戻して!前進んでみな!」


「はい…前ですね?…この位ですか?」


「もっと前!前…前前…止めて!!
ココで今、前輪が縁石の真ん前だよ!」


「えぇぇ!?ココですか!?」


コーナーに

私の座る運転席の下に縁石がある様な状況…


バンパーの横にタイヤがついた車しか
運転してなかった私の感覚から行くと、

コーナーにタイヤを乗り上げさせちゃう位に
車の頭を突っ込ませてからハンドルを切らねば
バスは、はみ出さずには曲がってくれないらしい。

怖い…怖いよそりゃ…!!
だって私からのパッと見じゃ、
もうモロにカーブの奥にハンドル切らず
突っ込んじゃってるだけなんだもの。


「違う違う違う!!早いって!!
まだ!もう少し先!!…そこ!!
切って曲がる!!…回しすぎ!!!」


「乗り上げたよ!?突っ込みすぎだって!!
…違う違う!早いから!!
また元に戻っちゃってるって!!」


「路肩一回停めて!もう一回タイヤの位置見て!
ココで切ってんのハンドル!!
ココ!分かった!?はいもう一回行くよ!!」



……
………
…………あー、すごい。


…雲が綺麗だなぁ今日…



教習を終え、
私が気付いた時にはいつもの休憩所、
いつもの窓際の席に座っていた。

…そうだ、なんか変な汗かいたしな、
持ってきたカフェオレでも飲もうかな。


…バッグの中に手を入れて
ペットボトルを取り出すと、
何故か勝手に、持った手が震えていた。

飲まずにそっと置いて、また雲に目をやった。



…あれぇ?
…おっかしいなぁ…
愛ちゃんはもっと…出来る子のハズだよー…?



結局45分間の教習で、外周二周程しか
回ってなかったんじゃ無かろうか?

なにしろ、カーブのたびに緊急停車だ。

余りにも上手くいかなさすぎて、
ギアの繋ぎすら次第におぼつかなくなって
散々ぱらエンストまでこいてしまった。



…あれ、夢かな?
…雲が今日は早いな…
…上の方は風が強いのかな…?



ドアの開く音に気付かなかったけど、
後ろで「ンフッ!!」と、吹き出す声が聞こえて
ようやく人がいるのに気がついた。


「…愛先輩、どうしたんすか?
…空なんか見上げちゃって…」



振り向く気力すら湧かず目線は変えなかったが、
冬木の声なのは分かった。
明らかに笑いを堪えながら喋ってやがった。

努めてにこやかに、振り向いて言った。


「あぁ冬木。いやー難しいすねぇ、バスって」


「引き攣ってんじゃないすか…顔色が…
相当やられたんでしょ」


「うーん、まあちょっとねー。
流石に言われちゃったけどさぁ…
改善してくしか無いねー」


「行けそっすか」


「全然大丈夫ー。あ、次の時間だ、行くねー」



まさかこんな精神状態になるだなんて
想定してなかったので、
フツーに予定を詰め込んでいて
地獄の二限連続教習だ。


もう逆に何も怖くない気もする…けど、
どんなパフォーマンスで教習受ける事になるか、
もう私には分からない。


良くも悪くも真っ白だ。
白髪頭にでも変わりつつあるんじゃないのか。

予定を入れた以上、やるより他仕方が無い。


冬木は放っておいてトコトコ出て行こうとすると、
…余程傍目に私がヤバい事にでもなっていたのか、
冬木はニヤつくのを止めて、
ポケットから何かを取り出して渡してきた。


「まー…アレだ。糖分摂りな糖分」


見ると、封の開いた菓子パンだ。
ちっちゃいのが四個入りのアンパンみたいな奴…

アンタ甘いもの食べないんじゃ無かった?
…って言うか食いかけのやつかよ。

まあまあ真面目に言ってきてる様だし、
それなりに気を遣っての事だろう。


糖分を摂っとけ…って言い分が
脳をやられかけた私には妙に刺さり、
残り二個の菓子パンの一つを手に取った。


「…ご馳走様…」


「おー、がんばれよ。あんま気にすんな」

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