見出し画像

ただの街、東京【エッセイ】



銀座のとあるビルの最上階に、

駅の待合所みたいに殺風景な
少し変な喫茶店があった。



オシャレさや煌びやかさが
持ち味みたいなこの街に
イマイチ似つかわしく無い
味気のない店の作りで、

別段旨いコーヒーを飲めるでも無く、

雰囲気だって良いでも無く、

微かに聞こえる程度の
有線の音楽が流れている中


そこらで仕入れてきた様な
パックに入って売ってるであろう
飲み物を器に入れて出すだけの、

喫茶店としちゃあ余りにも
何かに拘りというのを
感じない、ダメな店だった。



花も無ければ絵画もポスターも
一切飾ってない。



シンプルと言えば聞こえが良いが、
ただ最上階で街が見下ろせますよ
ってだけを売りにしてるだけの、
どう仕様も無い店。


俺から見れば喫茶店じゃない。

面白味の無い休憩所だ。


だが、そんな店をわざわざ
アイツが待ち合わせ場所に
選んだ理由は何となく分かっていた


エレベーターを降りると
つまらないベージュの壁。

ただ並べただけの
窓際の椅子の一つに
アイツの背中が佇んでいた。


「よう」


「おー、久しぶり」


「お前ふざけんなよ。
銀座は面倒いって、流石に。
週末だぞ今日。人混みヤベーから」


「東京育ちでもそういうの
気になるモンなんだな」


「用無く近寄らねぇからさ。
東京の人間なら尚更。
こんな無駄に混んでるとこ
わざわざ混んでる日に」


「混んでるから良いんだよ。
見ろホラ、バッチリだよ今日は」


そう言いながら指を指す先は
窓の外…この店の唯一の売り、
高みから見下ろす銀座の
歩行者天国だった。



わらわらと、いろんな色合いが
飽きもせずに動き回る交差点。

雑多の喧騒。

見てるだけでも疲れる様な
人混みが、次から次へと
押しては返す忙しい街並み。



そんなものを眺めて
どこが楽しいのか。



初めて訳を聞いた時も
共感は出来なかったが、

それでも相変わらず、


あの時と同じ様に


奴はただ静かに、そんな人々を
穏やかな目をして見下ろしていた。




「…好きだねえ、相変わらず。」

「好きだな。ココだけは。」


注文を取りに来た
元気の無いバイトのお姉ちゃんに
アイスティを頼む。

奥へと彼女が引っ込んで行くと、
自分のコーヒーを少し口にして
またポツポツ話し始めた。


「結局…

とうとう好きになれなかったわ、
ココ以外。

色んな事試したり、
頑張ったりもしてみたけど。

嫌な思い出ばっかに
なっちまった気がする。


どこもかしこも。

東京のどこの風景も。


だからもう、
田舎帰るよ、俺」



淡々とした、
気持ちの篭って無い様な調子で

窓の外に目を向けたまんま、
俺にそう言った。




大学の頃の友人だった。

ガッコを卒業し、
社会人になると一念発起して
コイツは東京まで出てきた。


ど田舎出身のコイツにとって
東京っていうのは大層に、

特別な場所…
念願の街だったらしいが、


地元でしか無い俺にとっては
あまりその思い入れの強さが
理解出来なかった。



どこだって一緒。
タダの街だよ。

うるっさくてゴチャついた、
ちょっとビルとかも立ってる街。

そんな特別な場所でも何でも無い。




コイツ以外にも
同じ思いで東京に出てきた
知り合いだって居たし、

テレビや物語でも
おんなじ憧れを抱く
上京者が多いから



散々今迄見てきたし、思ってた、

俺は。


東京だからって
何者かになれるような
魔法みたいな場所なんかじゃ
無いんだって。


ただの街なんだって。


ココに、初めてコイツと
来た時にもそう思ってた。



「卑屈なのかな、俺って。

今も変わんねえわ。

…こうやって高いトコから
チマチマ歩く連中見下ろしてよ、
俺は優雅にティータイムだぜ
ザマーミロって…

気分良いんだよな、何か。」


「お前初めてココ来た時も
言ってたよな、ソレ。」


「スゲー全身金掛けて
モデルみたいなカッコの奴もさ、
何億も動かす仕事してる奴らもさ、
見下ろしてるんだよな、俺。

お疲れさんな。

茶してるわ俺、
アンタ方見下ろしながら
良い気分になってるわって」


「卑屈だな」


「…卑屈だわな。
まあ結局、そんな事言っても…
何にも成し遂げないで
田舎逃げ帰るんだもんな。」


「別に逃げる訳じゃねえだろ。」


「逃げるっつうか…
嫌いになったっつうかな。
もう良いやって、東京。

…どっちも変わんねえ話だと思う」



香りなんぞサッパリしない、
色付けただけみたいな
アイスティを口にしながら、
並んでただ、街を眺めた。



昼間の銀座。


飽きもせず、
ずっと目を離さずに、
街を、人を、
ただ眺め続けていた。



「東京で成功してさ、ここで
また見下ろしてやろうと思って
頑張ってたところもあるんだわ。

ミスっても、説教喰らってもさ、
絶対コイツらの上行って、いつか
見下ろしてやるからなって思ってた。


…一人でも実はたまに来てたんだ。

凹んだ時とかに。


いつか見下ろしてやるぞって。」


「絶対もっと
良いとこあったと思うぞ。
同じ見下ろすにしたって。

…コレ本当に紅茶か?

ヒデェ喫茶店だよ。
800円だよ?コレが。」



「バカお前、こんな一等地…
テナント料だけで幾らすると
思ってんだよ。

半分以上テナント料で
払ってやってんだよ。

見下ろし料。

紅茶原価なんて2〜30円に
決まってんだろうが。
贅沢言いやがって。
ロマンの無いことを言うな」


「何がロマンだよ…
ロマンでメシが食えんのか。」


「…食えねえな。確かに。

俺もそうだったし、
ココも…多分潰れんだろうな。

老舗なんかになる訳がねえわ。


少なくとも、俺が東京いた間
潰れず保ってくれたってだけでも
充分御の字だよ。



残っててくれたんだから。」



相変わらずだ、コイツは。

くだらない事を言いながら、

急に思い出したみたいに
しんみりする様な話も
差し込んでくるから、

いつも調子が狂ってしまう。


いくら俺が小馬鹿にしても
お構い無しだ。


いつもの調子。


余りにも変わらなすぎて、

急に寂しくなってしまった。




「旭川帰って、何すんの」


「知らね。
力仕事か、接客業か。
何かしらやるよ。
営業はもうやりたくない。

それ以外のことやるわ。」


「良いとこ見つかると良いな」


「…お前、旭川遊び来いよ、
有給でも使ってよ、そのうち。
何もねえが自然だけは豊かだぞ。


…馬鹿でかい雷魚が釣れる
俺の秘密のポイントがあんだよ。
来たら特別に連れてってやるわ」



「うわー興味そそられねえ…
絶対行かねえ。遠いし」


「お前淋しい事言うなよ。
マジでロマンの欠片もねえ奴だな。

あの雷魚見たら絶対思うぞ。
あー旭川来てみて実に
良かったなぁって。」


「…お前が来たら良いじゃん。

また落ち着いたら東京。
ココよりはもっと良い喫茶店
連れてってやるよ。」


「別に喫茶店とかコーヒーが
好きな訳じゃねえから俺。
ココが良いんだよ。


この景色が。


…もう多分二度と見る事
ねえんだろうけどさ。」


「そうか。」


「まあいずれ…また会おうや。
この店みたいに潰れるモンじゃ
無いんだろうからさ、
俺たちの関係は。」



それだけ言うと、

溜息一つついて
また下の景色に目をやった。



黙って、二人で眺めるだけ。




いつもはあまり話さない、俺達は。

長々話す必要が無い。



今日ですら話し過ぎなくらいだ。



聞かなくたって
言いたいことや
思ってることは大体わかるから。



話相手じゃ無い。


友達だから。


傍に居ればそれで良いんだ。


共有出来れば。

景色を、出来事を。

俺たちのものとして。



最後に見下ろす銀座の景色が

俺達の最後の景色になる気がして、

何とも受け入れがたかった。


最後がこんな湿っぽい、
殺風景な、どうでも良い景色か。



そんな俺の気分も知らず、

相変わらず、いつもの様に



俺の隣の横顔は
穏やかな顔をしていた。





都会だけが厳しいから
こうなったなんて思わない。

どこだって一緒。


都会が厳しいなんて思うなら、

社会が厳しいってだけなんだ。



どんな気持ちで今、
コイツは街を見下ろすのか。


淋しいのか

口惜しいのか、


それとも本当にただ
見下ろせて気分が良いのか。


憧れもロマンも見えない俺に、
コイツの気持ちは分からなかった。


別れの時なのだろうに。

最後の最後に。



「お前とココの景色
見にこれて良かったよ。最後に。

ありがとな、銀座まで来てくれて」


この記事が参加している募集

私の作品紹介

仕事について話そう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?