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鏡に映ったプロの人【小説】ラブ・ダイヤグラム20

週明け、本社にて


入社前の必要書類の提出他…
その他色々する為に、
電車で小野原駅までやってきた。


作成する書類の数を考えると、
中々に時間の掛かりそうな雰囲気で
正直あまりハツラツとした
気分にはなれなかった。


元OLならその手の業務は
お手の物だろと思われて
しまいそうだけど、

実は私は
「事務方作業」が大嫌いだ。


OLの大多数がそうした
書類作成やらデータの
チェックやらに従事する中、

幸か不幸か私は
受付に配属されたもので、

来客対応とか電話やメールでの
対応がメインの業務だったので、

…多分段々、その手の仕事が
苦手になっていったんだと思う。


事務処理のスピードよりも、
どちらかと言うと接客業的な
スキルの方が
私の仕事では重要だったわけだ。

それでも突発的に、近隣のホテルや
飲食店の情報をリストアップしてくれみたいな仕事や、庶務的な書類作成なんかを頼まれることもあったりもしたけど…

ニコニコ二つ返事で
それらを受けながらも、

内心「うわマジか…勘弁してよ」
と思いながら渋々やっていた。



…受付以外にもし私が
配属されていたら…

一体どうなってしまっていたのだろうかと、考えない事も無い。

……まあそんな話はどうでもいい。


本社の入り口の待合に行くと
冬木とナッシーも既に来ていて、
担当者と私が現れるのを待っていた。

何かの間違いで一人くらい、
先日の入社試験で
落とされてはいまいかと内心少し心配だったけど、
また三人そろう事が出来て一安心だった。

先日の試験の蛸壺でミスって
最も不合格になる可能性の高かった私が
たまたま三人の中で一番最後に来てしまったので、二人は私を見て
もっと安心したらしいが……

ほどなくして担当の人事の方が現れて、
会議室に通され、書類の作成と提出作業が始まった。


まあ殆どは普通の会社に入るときと一緒の物だ。


会社規則だったり、雇用条件だったり、
そんな書類にサインしていったり、
個人ID を登録して社員証を
渡されたりとかそういうのだ。


仕方ない事とは言え、ダンプの時は楽で良かったなと思ってしまった。
書類の数も少なかったし、
モノの一時間そこらで必要書類の提出は
終わってしまったのに…

何だかんだで4時間が経過し、
昼休憩を挟む事になった。


「東口の方にファミレスあるから、
三人でソコ行こうぜ」

冬木は生まれてこの方の
小野原育ちなので、

駅前に限らず、
市内の色んな事に詳しかった。


ナッシーもわざわざ免許を
取ってきてまで小野原のバス会社を
選んだのだから、地元の人間かと
思っていたのだけど…

勝手知ったる風格で、
ズンズン裏道を通る冬木の後ろを
付いて歩いている最中、ふと、
こんなことをナッシーは口にした。


「やっぱ地元の人だから、
色んな道知ってんだね。
コレ、ココに出るんだ」


「あれ、ナッシーは地元の人じゃないの?」


「僕は、緑根とか湯川より
もっと先。静川の出身だよ」


静川は、隣の県の
真ん中あたりに位置する場所だ。

小野原自体が県境の街ではあるものの、
国境線のごとく緑根の山岳地帯が
伸びる先にあるのが静川で、

直線では山越えの先…
行き来するにはアクセスが大変に悪く、
近場の印象はまるでない土地だった。


「え、遠くない?
静川から通って小野原来てるの?」


「いや、こないだ小野原に越したよ。
内定貰ってすぐ。
家具備え付けのアパートあったからさ」


「なんでわざわざ
小野原のバス会社にしたの?免許取ってまでさ。
静川にだって大きいバス会社あるんじゃないの?」


「まあ…そうかもね。
でも、僕見ちゃったんだよね…
たまたま、凄いものを」


「凄いもの…」


「うん、前話したっけ。
僕、服売る仕事してたんだけどさ、
静川のアウトレットで。

何となく…休みの日にさ、
せっかく近いんだしって思って
緑根の温泉行ってみようかなって、
バス乗ったんだよ。

そしたら凄いんだ」


私は話をそこまで聞いて、
ナッシーの言いたい事は

「緑根バスって、
あんな山道走ってて凄い。運転技術凄い!」

みたいな話がしたいんだろうと思ったのだけど、
ナッシーは別の所に感動したらしかった。


「子供がね、
手ぇ振ってきてたんだよ。運転手のおっさんに。
忘れもしない。学校の近くだ、緑根の」


「…子供が手を…」


「そ、お母さんと一緒に。
…多分フツーに、たまたま
その辺散歩してただけの子供。

バス見つけて、一生懸命手ぇ振ってるんだよ。

ビックリした、僕。

あんな風に…仕事してて
子供に手振ってもらえる仕事なんて無いよ。
すぐに聞いたんだ、降りるとき。運転手の人にさ。
どうすればバス運転手なれますかって」


「…すっごい急だね。
服屋さんやってたんでしょ?その時まだ」


「いや感動しちゃってさ。
どんなに頑張って、服買いに来た
お客さんに接客しててもさ、
それ見て手振ってくれる子なんて
居ないじゃん絶対。
乗せてもいない子なんだよ?

バスだーって。
運転手さんだーって手振ってんだ。
凄いと思って、すぐ聞いたんだ。」


「あぁ、その時聞いた相手が
緑根バスの人だから
小野原営業所…って話なんだね」


「うんそう。僕さ、
思ったらすぐ行動しちゃうから…
もっといろんな会社じっくり
調べて選んでも良かったかもね」


「…なー、ファミレスさ、
フツーのとこと中華系の
二つあるけどどっちにする?
距離あんま変わんねぇけど」


「あ、じゃあ中華にしない?
私あんまり行った事ないし。
良いよね、ナッシーも」


「うん、僕はいいよ何でも」


……三人で昼ご飯を食べながら、つくづく思った。
全然違う世界から、色んな動機で皆ここまで来たんだなって。


たまたまバスにキッカケが無ければ、
もしかすると生涯この三人が
知り合う事なんて無かったんじゃないか。


そんな話を私が漏らすと、二人揃って

「バスの運転手なるなんて、
考えた事なかった」と言った。

私だってそうだ。OLの時は勿論、
ダンプの時にすらバスの仕事に関して
考えたことなどなかった。

いかにもキツそうだしやらないとか、
給料安そうだとか
そういう理由じゃあ無いんだ。


単純に、なり方がよく分からないし、
どんな仕事かも全然知らない
…ていうのが理由だと思う。


大型二種がどんな免許かも知らなければ、
それが無けりゃバス運転が出来ない
なんて事も知らないし、

何より、自分がどういう事を
得意としてればバスに向いているのか…
なんてことも全然分からない。


たまたまの機会でもなければ、
触れ合う機会も無い仕事なだけなんだ。


運転を生業にしている仕事なんかをしていて、
ようやく「そういやこんな仕事らしいぞ。
バス会社行った奴いるわ」みたいに
接点が辛うじて生まれるような仕事だ。


ある程度運転に自信が無ければ、
そもそもなろうとも考えない。


実際の所は、イメージ程敷居も高くも無いし
狭き門でも何でもない。
養成制度までやってるんだから。


…しかしながら、いきなりあの
どデカいバスを運転するほどの自信に
あふれた未経験者が
どの位世間に居るのかと言うと…

要はそんな話なんだろうと思う。


…なので、業界全体として
高齢化が進んでしまっているのが
現状なんだそうだ。

私なんかはもとより、30を超えた冬木でさえ、
バス業界の中では「無限の未来が広がる若手」
になってしまうのが現実って状況らしい。


…ああ、そういえば聞いてなかった。


「そういえばさ、ナッシーって今いくつなの?」


「僕?28。小原さんが24だっけ。
冬木君が33で…僕が丁度真ん中だね」


「おー、マジか。全然見えねぇな」


「なにそれ、若く見えた?」


「いや…何だろうな。ナッシー難しいな…
30代って言われりゃそうも見えるし、
28より下って言われても
なんか納得できそうな感じだわ」


「あー私もそれ、何か分かるかも」


「…まーバスの人って、年齢不詳な人多いよね。
山上さんだってあの貫録でまだ50だし、
田丸さんとか…あの人70前って話だよ」


「70……マジ!?」


「ウッソだ!精々60位でしょ絶対!!
そんなおじいちゃんの口調と
身のこなしじゃ無いって!!!」


年々…高齢化の波が押し寄せ、
超が付くほどのベテランの方々が
一人また一人と抜けていくのが
昨今のバス業界…と

午前中にチラリと人事の方も話していた。


だから、時には…私がされたような 
「スカウト活動」を行ってまで、
養成制度に力を入れ、新たな担い手を
募集しているのだ。


さて、昼を終え、本社に戻り
またしばらく提出書類の作成を3時間余りこなし、
流石にヘトヘトニなった頃、人事の方が言った。


「いやお疲れさまでした…
次が最後のやつですね。
部屋を移動しましょう」


書類と向き合いすぎて、なんだかもう
目がチカチカし出していたので、
最後と聞いて安心した。


最後は制服の支給だ。


私も含め、皆疲れていたし、
別段騒ぐような事も無く淡々と、
「制服の部屋」に入った。

部屋中に所狭しと、見覚えのある帽子・
シャツ・ベスト・スラックスが
吊るされている部屋だった。


「今日、この場で合わせてもらってですね、
サイズの物出してきて支給します。
どんどん試着してみちゃってください」


なんだかわんぱくな物言いで、
先程までの少し硬い空気から
急に緩い雰囲気に変わった中で、
私達三人の、大試着大会が始まった。


当然女性用の試着室もあるので、
気兼ねなく「衣装合わせ」がし放題だ。


ん、まあ、コレと…

スラックスはこの辺のサイズかな…
正直、ああやっと終わりそうだ…
位の感想しか抱えてなかった。

部屋に入った時と一緒だ。
制服を目の当たりにしても、
別に特別な感情があったわけじゃない。



…が、いざ着てみるとどうだ。
試しに試着して鏡をみてビックリした。

これが、ものの見事に、
ホントに「バス運転士そのもの」
に変身してしまっているのだ。


当たり前すぎて何を言っているのか
分からないかもだけど、
ふと気づいたら、目の前の自分が急に
バス運転士になったような錯覚を受ける。


急に思い知るんだ。
あ、私バス運転士になったんだ…って。


緑根バスが、母体の鉄道と全く同じ
制服を着用しているので、
滅茶苦茶地元民には見知った制服なのも
関係しているかもしれない。


異様にテンションが上がった。
…が、なぜか同時に、顔が赤くなる程
恥ずかしくもあった。


「冬木君!!見てこれ!!!
マジでバスの人になったよ僕!!」


一足先にナッシーが試着を終えたらしく、
興奮気味に話しているのが聞こえてきた。
私と同じような感想を、自分の制服姿に
対して受けたのだと分かった。

ただ…一点、私がナッシーと違ったのは、
私はまだ、自分の制服姿を完全には、
どこか受け入れられずにいた。

当然会社に入ったら着る制服なのに、
不思議と一度も想像をした事の無かった
自分の姿だったんだ。


「小原さーん、シャツとかどうでした?
ワンサイズ上の物お持ちしましょうか?」


「!!…いいえ、大丈夫ですー!」


「襟とシャツ自体のサイズとかメモりますんで、
一度出てきていただけますか?」


まるで服屋の店員のような声掛けを受け、
腹をくくって試着室から出た。


「あー、大丈夫そうですねー」


「スゲェ!小原さんも完全に女性運転士だよ!」


人事の方とナッシーの
月並みな感想で多少救われはしたけど、
問題はやっぱりあの、ゴリラ人間だった。

私を見るなり、いきなり笑いやがったのだ。


「…アイアイが着るとアレだな、
何かコスプレ感出るね!」


「…絶っ対そういう事言われると思った!!!」


「いやいや、いい意味よ?
イメージビデオみたいな…」


「すいません、コイツの事コンプラ違反で
連絡入れてください!!」


空気の読める奴の筈なのに、蛸壺の時と言い……
弄って欲しくない事に限って、的確に嫌な
弄り方を必ずしてくる…!!

私が怒るのを面白がって、
ワザとやってるとしか思えない。


「まーまー!ビシッと着こなせてます。
背筋の姿勢が良いんですね。
スラッとカッコよく見えますよ」


か…カッコ…良い…だって…?
綺麗だの可愛いだのは言われた経験があったけど、カッコイイは初めてだ。
なんだか痺れる響きだった。


「女の人だから、腰回りダボ付かないのかな…
何か僕のとちょっと印象違うよね。いいじゃん」


二人の取りなしにまんまと乗っかってしまい、
まんざらでもない気分になってきて、
改めて鏡を見ると

確かに…気慣れないスーツを着た
新社会人みたいな感じや
安っぽい仮装感などは出てはいなかった。


思った以上にジャストサイズで
スッキリ着れていて、悪くない気がしてくる。


試しに帽子も合わせてみた。
帽子だけは男女で形が違う。
私の被る女性用は、男物より少しだけ
丸みを帯びたフォルムの帽子だ。


何だこれ、ヤバい私…何かカッコいいじゃん…


一応女性ものの帽子はしているものの、
制服自体は男物と一緒の物だ。


よくある、女性制服は明るい色で甘いフォルム…
みたいな要素が無い。

仕事の服、戦闘服じゃあないか。最高だ。
すっかり制服も、自分の制服姿も
気に入ってしまった。


「小原さんはこのサイズのまま行きましょうか。
えー…サイズが…あれ?冬木さん合わせました?」


「…いや、違うんすよ…」


とっくにサイズを合わせたナッシーと私をよそに
冬木はいつまでも試着室に行こうと
していなかった。

…私の事を小馬鹿にした、
バチをあてられていたのだ。


「あの…シャツって…
一番大きいのコレっすよね…
入りそうも無いんす」


無駄に筋トレに精を出しすぎて、
体に合う制服が無かったのだ。

そりゃあそうだ、
熊やゴリラ用の制服なんて特注品、
用意なんてされてるワケないだろ、ザマーミロ。


結局冬木は、何とかサイズの合った
スラックスのみを一先ず受け取り、
品が届くまで自前のYシャツを
着て仕事をする事になったのだ。


そんなわけで、私とナッシーは
両手に抱えるほどの制服を持って

冬木だけは、ちょっとしたお土産みたいな
手提げ一つで本社を後にすることになった。


「何かなぁ…幸先悪ぃなぁ…」


「いいじゃん。
それなら却って新人感出てさ。普通のシャツ…
学生んときも時々そういう子たまに居たよね。
転校生の子とかさ。
先輩にすぐ覚えてもらえるよ、きっと」


「あー、俺聞いたからな。
蛸壺の話会社で言いふらしてやるからな。
出れなくてベソかいてたっつって」

「あの…教習もうすぐ始まるんだし、
仲良くやろうよ…」


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