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【エッセイ】優しいひと

いやさ、違うんだよアレ。

オメーの言う様な話じゃ無いんだ。
本当に違う。


見ちまったし、知ってるからそうしただけなんだ。

よくやるんだよ、いつもと違う段取りでやってると、ああいう風に…ドシャーンって。


分かるんだよ。
おんなじ仕事やった事あるし、
おんなじミスした事あるから。

あの兄ちゃんと。おんなじ事。
俺は都内だったけどな。

忘れもしないわ。



…散々遅れちゃっててさ、
最後の店だったよ。

駅前にある店で…いつもなら通勤ラッシュの前の時間に終わってるのに、遅れちまったもんだから、凄い人混みん中でさ、

かき分けながら荷物運んでたんだよ。


慌てちゃってたんだろうなぁ…


やっちゃったよ。段差に引っかかってさ、人がごった返す歩道の中で、ドシャーンって。

もう辺り一面俺の荷物が散らばってよ。

大惨事だ。笑っちまうよな。


もう大慌てだよ。

這いつくばって、慌てて拾ったよ。
ぶち撒けた自分の荷物、
すいませんすいませんって言いながら。


…でも、なんか…

スゲーなって思ったんだ。

そん時。拾いながら。



俺の事も、俺の荷物も、
何も見えてないみたいに、
みんな通り過ぎていくんだ。


わざとかどうか知らねえが
俺の荷物蹴散らした奴も居た。



…確かに邪魔だとは思うし、
申し訳無いとも思ってたよ、俺だって。


けど、だからって…
蹴散らさなくたって良いじゃねぇか。


どんなツラしながら
そんなこと出来るのかと思って、
見たんだ、そいつの方。




そしたらさ、


…忘れらんねえわ、今でも。



真顔だったんだ。まるっきり。

携帯覗きながら、
何も無かったみたいに。


何も映って無かったんだ、多分。
俺の事も、俺の荷物のことも。

鬱陶しいともメンドクサイとも
何も感じないでさ、


小石でも蹴ったみたいに
俺の荷物蹴っ飛ばして歩いてたんだと思う。


よくよく見てみたら、他の人間も、おんなじ顔して通り過ぎてた。


俺を避けながら、
荷物のこと跨ぎながら。
蹴散らしながら。



忘れらんねえわ。
未だに。


怒る気にもなんなかったよ、もう。

悲しくなっちまってさ。

黙ったまんま
悲しいまんまで拾ったよ。

一個一個、壊れちゃった荷物もさ。




…だから、
拾いに行ったんだ。あん時。


俺の時は、
誰もそうしてくんなかったし

どんな気分になってるかも
分かってたから。


そんだけなんだ、本当に。


兄ちゃんが可哀想だとも思ってないし、助けてやりてえって思った訳でも無いよ。


あん時の自分が、そうすりゃ
少しは救われるかなって…

そう思ったってだけなんだ。


知らねえ他人になんて、
冷たい方だよ、俺なんて。

良い人でも無えし、
優しくも無いから。


自分の為にやっただけなんだから。


優しいって言うのはさ、
俺の事わざわざ優しいなんて
言ってくれたオメーみたいな
人の事だよ。


違うから。俺なんか。


でもよ、ちょっと…嬉しかったから、ここの金は俺が出してやる。


遠慮してねえでさ、

有難う…って言っとけばいいんだよ

こう言う時は。

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