「年収交渉代理人」制度を社内で試してみた
※この記事は「実践」「解説」に分かれています。
カヤック人事部の柴田史郎が「実践」、カヤック社外人事部の神谷俊が「解説」、2人でそれぞれのパートを書いています。「エピソード(リアル)」と「つまりそれってどういうことか(概念・構造)」を知ることができる、という実験的な記事になっています。
【実践:柴田】
年収交渉代理人という人事制度を考えてやってみた。
「人事は会社の犬ですから。」誰かが言った。会社にとって都合のよいことをやり、社員のために動くわけではない。カヤックの人が言ったわけではない。誰がいったか忘れたけど、なるほどー、という感じだ。
給料を社員からもらったら、変わるかも。いまカヤックには300人の社員がいる。一人毎月1000円を私に払ったら30万円だ。その分会社からの給料を減らそう。すると、人事としての動き方が変わるのだろうか?会社のためではなく、社員のために動くのだろうか?(会社と社員は対立することが前提になってるけど。)人事は会社の代理で動く。社員の立場の代理で動くとどうなるだろう?そこで出たアイデアが「年収交渉代理人」だ。社員側の立場にたって動く人事部、みたいな感じだ。
社員から見た「解決したいこと」は給料だけじゃないんだけど、給料をきっかけにいろいろと話していけばよい。雑談が苦手な私にとっては、何か理由があって面談をするほうがよい。そして、四半期ごとの役員との面談で、どうやって交渉していくかを相談するのだ。よしやってみるか、とこっそりはじめた。確か評価制度のお知らせの資料の中に、小さく申し込みフォームを入れた気がする。1ページ紛れ込ませて、全社員向けに公開した。以下資料。
タイトルが「年収交渉支援サービス」と名前が違う理由は、「代理人」という言葉は弁護士しか使ってはいけない、みたいな決まりがあると聞いたため。まあ社内制度でやる分には関係なさそうだけど。最初は採用キャンペーンとして考えた気がする。つまり、転職考える前に、今の会社で給料上がる方法考えて、その上で無理そうなら他社を考える、そのための相談に乗りますよ、という企画だ。「転職の思考法」という本を読んで思いついたのだった。人材紹介会社はそこから相談すると見込み客が探せていいのでは。もうやってるのかな。
申し込みフォームに飛ぶとなぜかもっとタイトルが変わっている。これは刺激的なタイトルだとなんかめんどくさそうだからここのタイトルは普通にしておいたんだった。こういう曖昧な感じが、たまにある。
やってみた内容を書く。一人目。たぶん20代の社員(年齢しらないけど・・・)。結婚もするし、もう少し年収をあげたいという相談からはじまった。既に知り合いから他社にも誘われている(他社だと、報酬は1.5倍ぐらいになる)。ただ、報酬面以外を考えたときに、仕事の内容とかカヤックより良いのかどうかは、まだわかってない。だからそこについて面談の中で、その人の考えを整理してもらった。カヤックの仕事に不満はないが、誘われた他社と同水準とまではいかないまでも、どのラインだと働き続けてもよいと判断するのか。また、人事部のメンバーにも協力してもらい、他社に転職したら相場感どれぐらいか、とか、その辺調べてもらった。相場感的にも、+50万ぐらいは年収あがってもいいのでは、というような結論に。役員面談でどのように伝えるかを考えてもらう。テキストに書いてもらって、私が確認する。少なくとも私が聞いたときに、「そんなに自分の都合ばかり考えて言ってないな。」となるぐらいにはしておくことが目安。成果や貢献をできるだけニュートラルに説明できるようにすること。他社のオファー額をそのままカヤックでも適用できるというのもおかしな話で、そこにはそれ以外のカヤックの仕事の魅力もあるので、それを考慮してどれぐらいの上げ幅を希望するかを出すこと。一人目の社員にこの記事を確認してもらい、ついでに感想ももらったので引用する。
↓気づき
・新卒入社して働き続けている人は特に、自分がどれくらいの給与をもらっている状態が妥当なのか、判断のしようがない。同僚に聞こうにも話してもらいづらいし、他の企業の知人に聞いても、評価基準も違うから、単純に比較しづらい。給与の妥当性を判断することができる一番近い質問は、「たとえば全く同じスキルを持った人が、いま社内に中途採用されるとしたら、いくら出せるか」というものだと思う。そしてそれに答えを出すことができるのは、社内の人事しかいない。
↓思ったこと
年収交渉とはつまり、いま自分がいくら給与をもらうのが妥当なのか、ということを知ること。新卒入社した人は特に、自分がもらっている給与が妥当であるかどうかは判断のしようがない。その判断しようがなかった妥当性を知れることは、「給与が上がった嬉しい!」ということ以上に、自分は正しく評価されている、という会社、役員、人事への信頼関係の醸成に深くつながることだと感じていて、実は働いていく上でのメンタルを健全にする効果が大きいのだなと思いました。
二人目。この人は30代かな(年齢しらない・・・)。この人も他社からのオファー額はもっと高い。そりゃそうだ。ポジション的に成果が抽象的なので、1人目と同じような他社比較などはあまり意味がないなあと判断した。成果が出ていることはわかっていて、ここからはよりカヤックへのコミットメントのほうが重要かなということで、1年間でどれぐらいのコミットをする予定かを改めて言語化して、役員と話してもらった。この人も同じように、面談で話す内容をテキストにまとめてもらっていた。改めて読み直すと、「希望する年収に達しない場合、今と同じミッションを週3日でこなして、別のことをやるというのは可能なのか?」という質問がはいっている。業務の性質上、こういうのもありかも、という話をしたのだろうか。覚えてないけど。二人目の人にも、このブログ記事を確認してもらったときの返事が、この制度の感想になっていたので、引用(本人許可済)。
見ました。全く問題ないです!
こうゆう各々の社員が抱えるだろう課題にピンポイントに寄り添った相談先みたいなのがあるのって結構心理的安全性に直結する気がしてて、あんま他社にない福利厚生なのではないかって、今見てて思いました。特に、あまり会社から切り出しにくいお題に対して、会社側の人間から相談窓口を設けること自体新しいなって。少なくとも自分は、自分一人で考えるより、考えが整理されたし、話のもっていきかたも整理されたので、話してよかったと思いました。ありがとうございます!
で、二人とも普通に報酬はあがったはずだ。ただ、これは別にこのプロセスを経なくてもあがった可能性は高い。基本的には「月給ランキング」という社員の相互投票の仕組みによって月給は決まるし、多少は役員の個別判断があるが、年収アップに対して、どこまでこの制度の介在価値があるかは怪しいだろう。ただ、他社に転職することと、カヤックで働き続けることの比較を、改めて考える場として、壁打ち相手としては、意味があったのではないだろうか。他にも何人かやってみたから、ここからは実施後の感想を書く。
給与だけじゃなくて、働き方の柔軟性とか、本当に欲しいものは別だったりもした。それも人それぞれだ。カヤックという会社はルールがないけど個別対応でそうとう融通がきく。ただ、それを知らないと会社に相談すらしない。なので、「非金銭的報酬」という観点から、柔軟に対応することでカヤックに残ってくれるなら、それは人事部の成果としてはありだろう。ルールの変更は0円だ(まあ、個別対応のコストすげー高い場合もあるけど・・・)。報酬額の希望に関しても、満足行く額に達せずに、仮にそれで他社にいったとしても、その人がどれだけ優秀でも、私は止めるつもりはないというスタンスで臨んでいた。止めたいなら会社として報酬を出せば良いだけなので。それが会社と社員の対等な関係だ。
このテストをする前、あるべき姿は、「全社員が意思をもって、自分の報酬と成果について考える状況かなー」と考えていた。実施後の直感としての感想は、違う。これを全社員がやったところで幸せになるイメージはない。なぜだろう。いくつかある。会社視点の人事として考えると、「寝た子を起こすな」的な意味で、やる必要がないというもある。めんどうくさいことになりそうだ。あと個別に話す以外に方法がわからない。いや、ワークショップとかつくれそうだけどさ。どちらにせよ大変だ。でも、「やらない方がいいかな」と思った本当の理由は別だ。報酬上げてくれと相談した結果、「あなたはそこまでして残って欲しいわけではない」という評価であることも会社のメッセージとして明確になってしまう。白黒はっきりつくけど、そこのダメージを全社員が受け止められるとも思えないなーという感想だろうか。会社というのは、誰が辞めても存続する。でも「自分がいなくちゃだめだ」とおもって働いている人も多いわけで。そこはっきりさせてどうするのか、というのもありそう。
他にも、面談申込者の中に、単に柴田と話してみたいとか、いくつかあった気がする。計画的偶発性理論の話とかしたりもした。今思い出したけどその面談後に何かをやろうとして、宿題にしたのに忘れているのが2つぐらいある。ごめんなさい。ただ、これを本当に制度化するには、もうひとつパズルのピースが足りない気がする。それを解決するアイデアが思いつくまでは、いったん中止する。
【解説 1:神谷】ここから神谷の解説です。
「人事部は犬なのか」という違和感に注目する。
まず解説するにあたって、最初に取り上げたいのは冒頭のこのインパクトの強いフレーズです。
「人事は会社の犬ですから。」
人事担当者が自らをどのように名乗るのか?あまり意識しないポイントかもしれませんが、この「犬」→「年収交渉代理人」の思考プロセスは、柴田さんの人事観が現れているポイントだと思うので、今回はここから注目していきたいと思います。
部署名や役職名では定められていない非公式な「肩書」を自ら背負うとき、そこには自分が見出した(あるいは不本意ながら見出されてしまった)アイデンティティが現れます。例えば、まだ身体的には元気な60代の男性が「私は、おじいちゃんだから」と言えば、そこには“老いてしまった”という意識が潜んでいることに気づきます。また、3歳の女児が「もうお姉ちゃんだから」と言えば、そこには“一人前として見てもらいたい”という願望が隠れていることに気づくでしょう。
地域や家庭、組織のなかで自分の位置づけを見出して、そこに自ら「ラベル」を貼る行為、これを自己ラベリングと言います。
だからこそ、柴田さんが「人事=犬」に対して違和感を持ち、「年収交渉代理人」という役割を背負ってみようとしたことに意味が見出されます。
興味深いのは価値認識の違いです。人事担当者を「犬」と呼ぶならば、会社の指示命令を忠実にこなしていくこと=価値とする考え方が浮かび上がります。「年収交渉代理人」は、エージェントです。そこには、労働市場に精通した仲介業者がWIN-WINの達成に向けて行動するというニュアンスが含まれているのでしょう。実際に売上の計算までしていて、ビジネスの側面を意識している点が興味深い。
「年収交渉代理人」というネーミングで斬新なアイデアが登場すると、ついその内容に目がいきがちですが、重要なのはそのアイデアに隠れている問題意識なのでしょう。どのような視座で、何に違和感を覚え、そのようなアイデアを提示したのか。その原動力となっている役割認識の部分を見逃したくなく、少し触れておきました。
解説を見た柴田のコメント
私が人事部として動いているときは、会社の意図を考えている。ただ、自分はたんなる1社員であるわけで、人事部としても、会社と社員の両方にとってのいい着地になってないと、働く側としては困る。ただ、一般的に人事が「会社の都合」で動くと思われているなら、逆に振って「社員の都合だけで考える人事」がいてもバランスとれるかな、というのが着想のきっかけ。で、ネーミングとして「年収交渉代理人」というのがたまたま思いついたので、これは外向けに出すなら、こういうのもありだな、という順番。これをひとつの部署でやるのか、「会社の都合人事部」「社員の都合人事部」でやるのか、労働組合みたいな?その辺はいろいろありそう。衆議院と参議院だ。もしくは、第二人事部。
社員から信用されなくなったら、仕事がやりにくくなるから、そのあたりについてどうやって担保していくかは課題だろうなあ。ただやっぱり、一人格でやるのは限界がある気がする。利益相反行為じゃないけど、そういう感じ。どういう信用のされ方をするか。社員の利益だけ考えて動いているわけでもないからな。まあ最低ラインは「この人は、ある程度本当のことを伝えてくれている」というぐらいか。
「年収交渉代理人」は需給調整システムだ。
さて、「年収交渉代理人」というサービスについて説明をしていきたいと思います。この「年収交渉代理人」は、一般的には労働力需給調整システムと呼ばれるものです。まずは、この需給調整システムについて、下記で少しだけ説明をします。
<需給調整システムをざっくり説明>
需給調整システムとは…
労働市場における供給側(労働者・売り手)と、需要側(企業・買い手)の情報共有を進め、双方のマッチングを調整するシステムです。
ちなみに、労働市場というのは、労働者が自分に合う職業を探して活動をしたり、企業側が募集活動を行ったりするフィールドのことを言います。労働市場には、外部労働市場(企業の外:転職活動、就職活動などが展開される)と、内部労働市場(企業の中:昇進昇格や配置転換がされる)があります。
外部労働市場における需給調整システムは、ナビサイトやエージェント、派遣会社やハローワークなどが担っています。内部労働市場においては、人事部や現場の管理職が連携して担っている機能です。大手企業であれば、イントラネットにそれぞれの事業部の求人情報等が掲載されていたりもします。
需給調整システムの存在意義は、マッチングの質を高めることにあります。つまり、1人では収集できない情報を効率的に集めたり、企業との交渉を代理で行うことで、求職者側にとっても求人側にとっても価値が最大化されるようなマッチングを構築することにあります。
マッチングの質が良ければ、従業員と企業の関係は、いわゆるWIN-WINの関係となり、経済効果(例えば、高いエンゲージメント、従業員のハイパフォーマンス、継続的な就業)は高まります。
反対に、従業員が自分のキャリアに対して意識的になっていない場合や、企業が従業員を軽視している場合は、マッチングの質は低くなります。相互理解が充分にされず、調整が行われないためです。その結果、パフォーマンスが低下したり、充分な貢献を組織に果たす前に離職してしまったりして、互いにデメリットしか生まれません。
この観点から考えると、柴田さんが実践した「年収交渉代理人」という制度は非常に意義の大きいものです。カヤックも社員数が増えてきました。どの部署にどのような案件やプロジェクトがあるのか、どれくらい好きに働いていいのか、見えにくくなっている可能性もあります。また、市場が見えていたとしても、そこでどのように「取引」をすれば良いかが見えずに、動きずらさを感じている人もいるかもしれません。このような可能性から、マッチングの質が低下しているリスクも考えられます。
カヤックという会社はルールがないけど個別対応でそうとう融通がきく。ただ、それを知らないと会社に相談すらしない。
労働力需給調整ステムの機能と、カヤックという組織の状態の双方を踏まえると、柴田さんが「年収交渉代理人」を思いついた背景が見えてくる気がします。
でも、マッチングさせることは難しい。
マッチングを図ることが重要!とは言えるのですが、実際にはこれが結構難しかったりします。
柴田さんのコメントをもとに、マッチングまでのプロセスを整理してみました。例えば、下記のようなプロセスになるのかもしれません。
<マッチング・プロセス>
①本人にニーズを意識・内省させる
②ニーズをヒアリングし、把握する
③マッチする報酬を一緒に考える
④報酬によって動機付けられるレベルの予測をする
⑤動機付けによって発揮されるパフォーマンスの予測をする
⑥報酬を提供することで発生するコストと、その結果得られるパフォーマンスの比較をする
→マッチする報酬の提供→マッチングの達成
このプロセスにおいて、幾つか難所があります。まずは、①②が難しそうでです。従業員のニーズは、普段から本人が意識していなければなかなか言語化されません。また、意識していたとしても複雑性が高く、注意深くヒアリングしなければ本人の意図を把握できません。
例えば、何のために働いているのか?何を以て成長というのか?家族はどのように言っているのか?現在、他の企業からどういう条件のオファーがあるのか?それらに対してどのように考えているのか?多角的な観点から個人のニーズを導き出して来なければいけません。そして、その結果見えてくるニーズは実に多様です。
また、③もなかなか複雑性が高そうです。
給与だけじゃなくて、働き方の柔軟性とか、本当に欲しいものは別だったりもした。それも人それぞれだ。
トータルリワード(総報酬)という言葉があるように、報酬の考え方は幅広く、人によって異なるものです。働き方の柔軟性はもちろん、エンプロイーエクスペリエンス(Employee Experience)という概念が示す通り、組織においてどのような経験ができるかを報酬とする社員もいるでしょう。
さらに、本人の望むものが今回のケースのように金銭的報酬を求めるニーズだったとしても、どのような形で金銭的報酬を求めているのかも様々です。住宅手当なのか、通勤手当なのか、業績給なのか、年功給なのか、細分化していくともうキリがありません。
そして、極めつけは④⑤⑥を経てマッチングへ至るプロセスです。仮に、報酬が実現できたとしてどの程度本人の動機に影響するかという点や、そもそもそこまでして動機付けるべき(報酬に見合うパフォーマンスを果たせる)人材なのかという点も考慮する必要がある。そのうえで、マッチングさせるべきひとと報酬の調整していくわけです。このプロセスには、組織が隠しておきたかった「不都合な真実」を暴いてしまうというリスクも内在している。
会社視点の人事として考えると、「寝た子を起こすな」的な意味で、やる必要がないというもある。めんどうくさいことになりそうだ。
「あなたはそこまでして残って欲しいわけではない」という評価であることも会社のメッセージとして明確になってしまう。
一言でマッチングと言っても、企業がそこに積極的にコミットすることが必ずしも全社員にとって良いとは限らないのかもしれません。どのように・どこまで対応するかを考えだすと、非常に複雑性が高く、実現性の低いものになっていくことも想定されます。
解説を見た柴田のコメント
「外部労働市場」と「内部労働市場」が違うロジックで動いている、ということが整理されているのは発見だ。なんとなくはわかっていた。人材紹介会社は、外部労働市場のことはわかっていても、カヤック社内の内部労働市場のことはわからない。その人の「内部労働市場」での評価によって、非金銭的な報酬(働き方とか、お金以外の融通の利かせ方)が変わってくる。だから、私もカヤック外の会社でよく考えたら年収交渉代理人できないのでは?と思った。逆に採用をやっている人事部も、正確な外部労働市場のことはわからないけど、他の社員よりはわかる。同じことを書くけど、非金銭的な報酬を上手く活用するためには、内部労働市場、外部労働市場の両方をわからないといけないということだ。これは発見だ!
で、たまにあるアイデア「違う会社で一緒に採用活動をする」という件を話す。合同説明会とかもそうだけど。「いい人材はどの会社も欲しがるから、結局奪い合いになる」という話。これは、2社間の内部労働市場を互いに人事部がちゃんと把握できていたら、「この人材はうちも欲しいけど、優先度的にあなたの会社で先にアプローチかけていいよ」というような話ができる気がした。資本関係がある会社同士からはじまって、次のチャレンジとして「文化的な親和性がある、資本関係がない会社同士」でこういうことをやりたい。
別のタイミングで書くかもしれないけど、カヤック人事部の採用チームが、(資本関係のない)他社の採用を手伝ったことがあって、そのときには、「互いの状況を理解したまま、利害が対立したときも着地を見いだせる」というのがやれる気がした。これを「2社の内部労働市場」と「外部労働市場」の調整役として見なすことができるのも発見だ。
この先もっといくと、カヤックの社員が転職したいときに、カヤックの人事部が人材紹介業もやっていると、他社とカヤックで働き続けることのどちらが良いかを提案できるようになる。ただ、ここに「転職させた方が(会社にとって)得」「残ってもらった方が(会社にとって)得」という考えが、社員個人のメリットとは関係なく発生して、そこに引っ張られてしまう、ということに対しての対策がない。とはいえ、外のエージェントだと、カヤック内部では働き続けることとの比較ができない。まあ社員が自分で考えてやれよってことか。そうかも。
「年収交渉代理人」ではない何か。
柴田さんは、上記のような観点からリスクがあると判断し、この制度を一次停止させています。このリスクがなぜ生まれてくるのか、その点について考えていきます。
私は「年収交渉代理人」という制度の構図にあると考えます。柴田さんが個人として相談にのるという構図でしたが、俯瞰して見れば人事部長という組織の責任者が、個人のキャリア不安や悩みに介入し、解決していくという構図になっていました。ここにリスクが生まれた要因があると思います。
柴田さん自身はあくまで「個人」として社員と対峙したのかもしれませんが、社員のニーズに応えるべく、組織のルールを変容させたり、給与をアップさせたりする際には、どうしても組織主導の報酬設計(組織の権威者が評価・判断して適切な報酬を提供する)という構図になってしまいます。
この構図で対応していると、本人が自分で認識している自己評価や価値観が、場合によっては組織の評価や価値観によって「上書き」されてしまうリスクが発生します。その「上書き」は、時に本人のモチベーションを低下させたり、反対に無力感を醸成してしまったり、意図せざる影響を生み出してしまう可能性も生まれます。
では、どのような関わりが求められるのでしょうか。
近年では、キャリア自律という概念が提唱されています。社員が自分のキャリア開発を組織に委ねるのではなく、社員自身が自らの価値観や意思をベースに主体的に行動し、機会を生み出していくことを意味するものです(花田,2001)。キャリア開発の主体は、組織から個人へとシフトしている。
理由は、個人キャリアの多様化・複雑化です。本人だけ見えている様々な情報(自らの自己評価、会社、家族、転職市場、人生設計など)をもとに、自分で利害・損得の調整をしていくような個人主体の姿勢が重視されています。
求められるのは「年収の交渉を手伝う代理人」といった直接的な存在ではなく、「キャリアを主体的に検討し続けることを応援するサポーター」といった存在なのかもしれません。
どのようなことを手伝えばよいのか。これについては、幾つかヒントがあります。個人が主体的にキャリアを開発しようとするとき、下記のような問題にぶつかると言われています。
これらの問題に対して、間接的な関わりとして何ができるのか。このような観点で改めて検討を進めてみるのも良いのかもしれません。
例えば、①⑥は壁打ち相手になるだけでも緩和される問題なのかもしれません。④⑤については、カヤックの場合は鎌倉へ移住している従業員も多いでしょうから、潜在的な問題がありそうです。このように、従業員が抱えている問題意識に向き合い、可能な範囲でのサポートを行うことが本人のキャリア自律を促し、持続的・長期的な視点で意味のある実践と言えるのではないかと思いました。
解説をみた柴田のコメント
実際には今回も「交渉代理」はしてなくて、サポーターであったわけだ。なので、本人が内部労働市場と外部労働市場を把握して、どうするか考えるための支援をする、というのが、一つの答えだろうな。カヤック社員はどこまで理解しているのかわからないけど、というか私もわかってないけど、カヤックという会社は働く場所として結構よい可能性がある。それも比較論なんだけど。仮に、転職した後、「カヤックで働き続けるのと今の会社(独立とかも)の両方を今から選べるとしたら、どうするか?」ときいてみたら、戻りたいという人がどれぐらいいるのだろう?もうその選択はとれないとわかっているから、自分の肯定のためにも多分「戻る」と言わない人が増えるのは予想できるが、それを差し引いたときに。
ただ、じゃあ「社会人インターン」とかで転職のお試しをする、そういう制度とかも考えたけど、やっぱりちょっと違う。不確実なことがたくさんある中で、そこだけ多少確実性を増してもあまり意味がなくて、直感も含めて「自分で決めて責任をとる」というほうがいい気もするな。どういう選択であれ、自分の選択に責任をとるぞ、という方向のほうが、(元)カヤック社員としてはあるべき姿である気がする。
違う話を書く。「キャリアとかばっかり考えているやつはうざい」という話だ。自分のことばかり考えている感じがするからなのか?あと、計画的偶発性みたいに、計画通り行くわけじゃないから、「今後どうしよう」ばっかりやっててもしょうがない、いま周囲にあるお前が見えてない「チャンス」に目を向けろ、みたいなことなのかもしれない。これは本人の自己認識は別にあるから、止めるつもりはないのだが、自分から見ると「いまそれ話してもタイミングじゃないよね」みたいなことはある。ここは、他社の人から相談に乗っているときなら(あ、のったことあった、思い出した)、「んーいまはそこで転職考えてもなんか意味ないかもなあと思ったけどね」と言えるな。
柴田のあとがき
年収交渉代理人制度(仮)に足りないものが見えてきた気がする。社内外の情報を集めて、自分に対するリターンの期待値がもっとも高い「最適化」をして、どうするかを決めるという発想。ある意味、理由が説明できる範囲内で、トレードオフの中から何を選ぶか、という発想。そこに違和感があったのだ。
私が社員だったとしても、この制度は使わない。それは、社内労働市場とかも把握してるから自分でわかる、というのもあるけど、それだけじゃない。カヤックを辞めるときには縁やタイミングという、「最適化」とは違う理由もセットで、決断をするはずで、その要素が今回の制度には抜けている。
これも、計画的偶発性理論、みたいなことだけど、そこを提供してないことに違和感があるんだ。そうしないと、「キャリアのことだけを考えるのはうざい」につながるけど、おおらかさ、的なものがない。なんというのだろう、流れに身を任せるというか。そういう要素がはいった制度にしないと、バランスが悪いってことなんだな。でもそれって何すればいいのか謎だ。偶発性を起こすって、ことをサポートするのかな。それはありだな。偶発性を活かした転職支援をするっての、ちょっと面白い!
神谷のあとがき
人間は意思決定するときに、①すべての選択肢をモレなく把握することはできないし、②自分が選んだ選択肢の結末を精緻に予測することもできない(Simon,1997)。自分や周囲の人間の不安が解消される程度の情報を集めて、あとは主観的に意思決定するんだろう。これをキャリアの選択の話に置き換えるならば、自分のキャリアを決めるときに重要なのは、情報収集量ではなく、意思決定できるメンタリティになれているのかという問題の方が大きい。だからこそ、キャリア自律や計画的偶発性理論のように、自分が主体的に動き、考え、経験を意味づけていく自分中心の姿勢が重視されるんだろうと思う。そこに他者は介入すべきではないし、巻き込むべきでもない。内なる世界なんだと改めて感じる。
サポーターができることは、本人が自分自身に集中できるように支援することぐらいなのかもしれない。人間はけっこう自律が苦手だと思う、社会的な動物だから周りを気にする。優しい人ほど、自分の内側の声に気づくのが下手だったりするのかもしれない。ならば、主観的・主体的になれるように、自分の興味や関心に集中する「場」を提供するところから「年収交渉代理人制度(仮)」は始まるのかもしれないなということを感じた。
ちなみに、計画的偶発性理論をキャリア支援に反映するならば、krumboltz et al. (1999)が、計画的偶発性を支援する際のキャリアサポートの要点を提示しているから参考になるかも(けっこう意訳してる)。
①これまでのキャリアにおける「偶然」の影響の大きさを認識してもらう
②何に強い好奇心を持っているのか確認し、学習機会を支援する
③好奇心を駆動させる機会はどうやったら生まれるか一緒に考える
④その機会に出会うための「障害」を確認し、取り除くサポートをする
当たり前のことだが、②の好奇心を引き出し、高めるプロセスをきちんとやって自分の好きなことに気づかせるのが大事だと思う。好奇心(curiosity)の研究を見ると、やはり好奇心が芽吹くのは内発的に動機づけられている状態だから、本人が得意げに、そして楽しげにできているところを見つけて、言語化させるなどして自覚させていくのが良いのかも。「着火」できればそれでいい。あとは、多様な機会を提供してあげれば偶発性の高い機会からも学習し続け、キャリアアップしていくんだろうな。これは、まずはリスクテイクしやすい内部労働市場でやってみてそこから外部向けに昇華させていくのが良いと思う。
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