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「少子化、非婚化が問題だ」― 人の心に土足で踏み込む、気持ちの悪い言葉。身体への暴力。

ぼくは、ある事情で、お産の現場に何度も立ち会った。
もちろん、妊産婦さんや病院スタッフさんが快諾してくれてのことである。

妊娠って、ものすごく体に負担にかかることだ。
内分泌動態、免疫機能、循環動態、解剖学的状況。母体のいろんな要素が、短期間のうちにダイナミックに変化する。

それは病的な変化でなく、生理的な変化だ。それが霊長類である人類に備わった機能だ。しかし「病気じゃないんだから、ふつうに働いて、ふつうに家事できるだろう」と考えるのはとんだ見当違いだ。生理的変化の過程にあることと、従前どおりの生活を送る上で障害があるということは、じゅうぶんに両立しうる。そして、思うような社会生活を送れない妊婦さんがいるとき、それは妊婦さんの問題ではなく、社会の側の問題なのだ。

安産というのは、何の痛みもなく赤ん坊がスルリと抜け出てくることを意味しない。全然。
初産婦が陣痛に耐える時間は、半日以上にも及ぶ。赤ちゃんの頭が出てきやすいよう切開して、胎盤が出た後に針で縫合する。「女性は痛みに強い」って言葉は、出産を経験した当事者たちが、ほかの妊産婦さんさちを励ます言葉であって、決して男たちが使っていい言葉なんかじゃない。

大量の出血、産後の後遺症。出産には多くのリスクが伴う。みんな望めば簡単に安全に妊娠出産できると思うのは、男たちの傲慢だと思う。

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なんでやたらと、男たちって言うかって?
日本の政治家のほとんどが男だから。男には、胎児を宿し、産み、産後を生きるということの身体的実感がない。そのくせ、女性の体にあれこれと注文をつけるからだ。

政治家は、女性が子供を産まなくなったのが問題だという。少子化対策をしなければ、お金をばらまかなければ、という。

少子化の原因は一つじゃない。雇用、教育、配偶者のジェンダー平等意識の希薄さ、女性や子供に対するヘイト、マタハラ、セクハラ。計量化できる項目もそうでないものも含め、あまりにも複雑な背景があるのは、ふつうの大人ならばある程度想像できるはずだ。

でも、妊娠や出産という身体的な領域って本来、他人が口出しできるようなことだろうか。まして政府が干渉するようなことだろうか。

無論、妊娠や出産を望む人には、より安心してそれを選択できる支援が講じられるべきと思う。
でも、それを望まない人や、まだそれについて考える準備のない人、産みたいのに産めない事情のある人に対しても、その言葉を投げるか?

妊娠や出産の壮大なプロセスを目の当たりにして、ぼくが考えたこと。それは、どんな社会状況があったとしても、他者に「産め」という圧力を与えることは、その人への身体的暴力そのものであるということだ。

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それから、別の問題として。

性の領域において、他者と関係をもつことにトラウマを抱えている人は珍しくはない。性教育のなされない国ニッポンでは、性暴力に対する人々の認識はごく浅薄で単純で偏見に満ちたものであり、法曹界でさえも被害者心理への理解がまったく追いついていない。加害者への制裁は不十分であり、制度上の「男女平等」と文化的な女性蔑視とのあいだに落とされた女性たちの声は、苛烈なバッシングに晒される。二次加害のリスク、適切なアドボカシーに関われる支援者の不足等のために、被害実態の多くが闇の中に葬られていることは、この社会で生きる人間の責任として自覚しておかなければいけないことだと思う。
 子どもたちは性的客体として男たちの身勝手なファンタジーの中に投げ込まれ、絶えず侵害的な視線に晒される。長じても他者と親密な関係を持つことに忌避感が残り、またその原因が本人にもはっきりと自覚できないということがしばしば生じる。自分の家庭を持つというアイディア自体を回避したいと感じる人もいるかもしれない。
 他者への基本的信頼感を失わせることが、性に基づく暴力が与える、もっとも大きなダメージのひとつであると思う。その人の責任なんかじゃない、全然。支援されるべき人を放置してきた、政治や行政の責任だろう。

 だから、こんなふうに、子供を持つか否か、あるいは結婚したいと思うか否かという選択は、極めて繊細な領域の話だってこと。そんなことに、他人が、まして行政や政治が意見する権利が一体どこにあるんだ。

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将来、財政構造の維持が困難になるのは分かる。でもそういう観点に固着するほど、問題解決からは遠ざかる。安心して暮らせないような社会で、子どもを産み育てたいと誰が思うだろうか?

そもそも個人の身体や心の境界線を踏み越えられるのって、心の底から気持ち悪い。そして、そういう気持ちの悪さに、ぼくたちは鈍感すぎると思う。

お国のために子を差し出せ、お前たちは子を生む機械だ。そう言われているように感じる人がいたっておかしくない。なんなら、内心でそう思ってるお偉方は未だにいるんだろう。

子どもは国家の金策の道具じゃない。
「少子化問題」「非婚化問題」って、一体どの口が言うんだよと思う。





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