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A Day in East Harlem ~ グラフィティアーティスト逮捕!その時私は… (2) (2005.06.23)

私は10秒考えて、こう言った。「マイケルと僕とで、ドウズを助けに行く。クルマは僕らが使う。メンバーの皆と取材クルーは、ここで待っていてくれ。」

通訳と移動手段を奪われた日本人スタッフは不安だっただろうが、その時私は、1分でも早く、ドウズ・グリーンを見つけ出す必要がある、と考えた。私が心配していたのは、「二次的な不利益」だった。当該グラフィティ行為に違法性が無かったことは、簡単に証明出来る。しかし、もし逮捕・連行・勾留の過程でドウズが警官に対して抵抗し、暴力行為に及んだとしたら…。警官がドウズに対して理不尽な行為に及んだとしたら…。これらの場合、善意の協力者であるドウズを、より大きな不利益から守ることは、我々には最早出来なくなる。そして、この「二次的な不利益」の可能性は、ドウズの発見が遅くなればなるほど、増大するはずだった。

ヴァンに乗り込み、マイケルの運転で、我々は、最寄りの23分署へ向かった。グラフィティ・アーティストにとって、警察とのイタチごっこは慣れっこのはずだ、軽はずみな行為が自分の損になることはわかっているはずだ、警官だってグラフィティ野郎が凶悪な人間でないことはわかっているはずだ、と、楽観的な考えに集中しようと努力していた。

3分後、クルマは目的地に着き、我々は署に駆け込んだ。「ここにジェフリー・グリーンは連行されていますか?」「あなたがたは?」受け付けた職員が、息急き切っている東洋人ふたり(マイケルは中国系)を見て、怪訝そうに訊ねる。「ええと、ジェフ・グリーンはアーティストで、我々は日本のテレビマンです。」細かい話をしているヒマは無い。「少々お待ちを。」職員は内線電話を掛け、グリーンの名前を告げ、返事を聞き、受話器の口元を押さえて、我々に言った。「ここにはそのような名前の人は連行されていません。」いない?!「確かですか?」「ええ、確かです。」

後から思えば、この時我々は「East 106th St の管轄はどこですか?」という質問をすべきだったが、それをしなかったのは、やはり焦っていたからだろうか。我々はすぐにその署を出、ヴァンに乗り込み、次に近い25分署へと急行した。「ここにジェフリー・グリーンは連行されていますか?」以下、同じ一連のプロセスの後、我々が得た答えは、またしても「ここにはそのような名前の人は連行されていません。」だった。

ドウズはいったいどこへ連れて行かれたのか。嫌な予感が脳裏を過るの押しとどめながら、我々はもう一度現場に戻ってみた。GPDCのメンバー達が駆け寄ってくる。「いた?」「いや、見つからない。近くの分署には居ないんだよ…。」逮捕を目撃したという若いメンバーが、言った。「パトカーはたしか、ハウジング・ポリスのクルマだったよ。」しまった!間抜けだった。ここはイースト・ハーレムなのだ(*注)。無駄にしたのは20分足らずだったが、その時の私には、取り返しの付かない長さに思えた。

「はい。ジェフリー・グリーンはここに勾留されています。」ちょうど銭湯の番台のような、少し高まった一人掛けのカウンター越しに、ハウジング・ポリスの受付担当警官は我々を見下ろしながら、言った。「不法侵入容疑、グラフィティ未遂容疑、グラフィティ用具不法携帯容疑です。」「彼に怪我は?」と、マイケルが思わず訊ねる。「怪我?ありませんが。」私はほっとしたが、警官による暴行の有無を問い正したとも取れるその質問が、回答者の心証を害した可能性は否めなかった。私はマイケルを遮り、衿を正して、事情の一部始終を説明した・・・グラフィティ行為は我々の依頼による合法なもので、グリーン氏は100%善意の取材協力者であること。この撮影は、日本最大のTVネットワークと新聞社が主催し日本の外務省の後援と米スミソニアン協会の協力を得た大イヴェントの一部であること。私はそのイヴェントの音楽プロジェクト総合プロデューサーであること。我々に協力したせいでグリーン氏がいかなる不利益を被ることも望ましく無いこと・・・。

「事情は判りました。容疑者による説明とも一致しています。」「では、無罪放免していただけますね?」「それは出来ません。」「何故ですか?」と、またマイケルが食って掛かる。「有罪か無罪かを決めるのは我々警察ではなく、裁判所だからです。グリーン氏には、来週、法廷に立ってもらわなければなりません。」法廷に…。我々の為にひと肌脱いでくれようとしただけのドウズが、一瞬にして刑事裁判の被告か。そんな事態を、私は、容易に認めることは出来なかった。「しかし、彼の行為に犯罪性が無かった事は、既に明らかじゃありませんか。」「彼の行為に犯罪性が無かった事を明らかにする為に、裁判所があるのです。それは我々の仕事ではありません。」担当警官は突っぱねた。「いいですか?パトロールの警官が現場を訪れた時、グリーン氏はグラフィティ用品を所持し、高校のフェンスを乗り越えようとしていた。彼はこれから行おうとする行為が許可されたものであることをその場で証明する事が出来なかった。警官による逮捕は、正当です。不当逮捕でない限り、グリーン氏は容疑者です。容疑者は裁判所に預けられます。むしろ、あなた方にお尋ねしますが・・・」と担当警官は畳み掛ける。「もしあなた方が撮影機材とともに現場に居たなら、パトロールの警官も不審者扱いにはしなかったでしょう。いったい何故あなた方は、グリーン氏と同じ時刻に、現場に居なかったのですか?」

これには私もマイケルも、奥歯を噛んで黙り込むしか無かった。

(つづく)


*注:ハウジング・ポリス Housing Police:
Housing Authority Police Department (HAPD) の通称。元来、主に低所得者層向け住宅地域の警備・治安維持の為に創設された地域警察組織。1995年(つまりこの事件の翌年)、ニューヨーク市警 (NYPD) に統合された。

(2005.06.23)


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