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ポツポツ
ポツポツ

夕方に降り出した雨は予想以上に強く、
予報以上に長かった。どうしたものか。

典型的な雨宿りとして、
通りかかった閉まっている店の軒先にお邪魔していた。

アプリの天気予報で見た限りは通り雨のようだったのに、
もうかれこれ15分くらいこうしている。

まあ急いでいるわけでもないが、
近くに傘を買えるような場所も無いし
諦めようかというその時。

一人の女性がびしょ濡れで走りながら、この軒先にやってきた。

「やーひどい雨ですね」
「またずいぶんとやられましたね」
「お兄さんは降られなかった?」
「幸い、こちらにお邪魔させてもらえたので」

女性は20代半ばくらいで、仕事帰りといった様子だった。

「この辺、傘買えるところないもんね」
「そうなんですよね、なのでそろそろ諦めて歩こうかと思っていたところでした」
「少し空が明るくなってきているからどうだろうね」

女性はカバンからハンカチを取り出し、髪や洋服を拭いている。

「お兄さんは学生さん?」
「大学生です」
「いいなー大学生!やりたいこととかあるの?」

どきっとする質問だった。
やりたいことと、やらねばならないこと。
就職するべきだというのはわかっているけれど……
と悩む最近だったのだ。

口ごもっていると
「ああ、ごめんごめん。
見ず知らずの私が聞くようなことじゃなかったね」
「いえ、そんなわけではないです。でも色々迷ってて…」

「なるほどね。私も迷ったことある。
実家を継ぐべきか、でもやりたいこともあって」
「……やりたいことを選んだんですか?」

「お察しの通り。でも、実家のことも諦めてないの。
無理かもしれないけど、やってみなきゃわからないでしょ。
後悔するくらいなら、挑戦しようって。
その結果、こうして雨の中走って帰ってきてるわけですよ」

そう言うと、女性はポケットから鍵を出して、
後ろの閉まったシャッターに差し込んだ。
そしてシャッターを持ち上げると、
奥に古き良き雑貨店が姿を現した。

「夜だけ実家のお店を開けてるの」

振り返った女性は、少し誇らしげに笑っていた。

「両親が体を壊してしまったけど、
この大事にしていたお店をなんとか続けたくて。
この辺には、傘を買えるようなお店も無いし」

きっと地域の人とっては、
このお店が「あなたとコンビに」みたいなものだったのだろう。

「大事なことだから、お兄さんもゆっくり考えてみて」

そう言って、女性は売り物だろう傘を僕に差し出した。

「あ、ありがとうございます!おいくらでしょうか?」
「出世払いでいいよ」
「それは悪いですよ」
「出世払いにしてもらえば、また会えるじゃない」

いたずらをした時みたいな顔で笑う女性の気持ちが嬉しくて、
甘えることにした。

「本当にありがとうございます」
「いいからいいから」

結局、駅に着いても雨は降り止まなかったけれど、
今夜は雨が降り続けばいいと思った。
雨をそんな風に思ったのは、初めてかもしれない。

(photo by カリフォルニア檸檬)

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