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蛙
2020年9月12日 18:09
フリードマンは祭壇の上に置かれたものを手にとった。それは剣だった。銀細工の施された鞘に、宝石の飾られた柄。 彼はゆっくりと剣を抜いて、鞘を捨てる。現れた刀身も鋼ではなく、銀だった。「怪物退治には銀の杭を、ということかな」顔についた血を、コートの袖で拭い、ジャックは言った。「綺麗な剣だけど、それだけだ」「まだ仕上げが残っている」フリードマンが言った。 フリードマンは剣で自分の手首を切った、
2020年9月12日 18:07
キティはジャックから離れた後、銃撃戦を続けていた。 規則正しく並べられた教会風の長椅子に身を隠しながら、隙を見せた相手を撃ち殺していく。 敵は中央で暴れるジャックに気を取られて、こちらに対する注意が散漫だった。素人のやるサッカーみたいに団子になって、目的のものを追いかけるだけ。役割も何もない一方的な戦いだった。束になっていれば安全だという意識が働くのだろうが、それは間違いだ。ジャックの馬力は
2020年9月12日 18:06
歩き続けた先、今まで何も見えなかった雪原に、巨大な建築物が見えた。それは遠くでは城のように見えたが、ある程度近づくとキリスト教の礼拝堂と似たようなものだと分かった。造りは古くジャックにも見覚えがある十一世紀のものに近い。「もらった地図だと、あれが目的地だ」ジャックは地図を見ながら言う。「こんなところに城を建てるなんて。やっぱりまともな奴らじゃねえな」キティは双眼鏡を覗きながら言った。「城と
2020年9月12日 18:05
二人が鉄道を乗り継ぎ、辿りついたのは篩別という町だった。ここから最北の目的地までは、十数キロの距離がある。篩別は何と言っても寂れた町で、車なんかは借りれそうにない。ここから先は歩くしかないだろうということでキティも同意した。「なんだってこんな寂れた場所に住みたがるんだ?」キティが言う。「カルトだろう? あんまり都会でやると、潰されるという自覚があったんじゃないかな」ジャックが言う。「じゃあ
2020年9月12日 18:04
キティは食堂車の中央にあるバーカウンターで酒を飲んでいた。 三杯目のオーダーは一番強い酒。バーテンダーは一言、大丈夫ですか? と聞いたが、キティが睨みつけたので黙って酒を用意した。ショットグラスにドロッとした粘性の強い透明の酒が注がれる。一口飲むと、癖のある植物の香りがした。「テキーラかよ」キティが呟く。「お取替えしましょうか?」バーテンダーは笑顔を作る。 キティはそれを無視して、グラス
2020年9月12日 18:03
ジャックとキティは、札幌から出発して最北端である稚内へと向かう汽車に乗っていた。車窓から見える景色は汽車が札幌を離れるほど、文明が遠ざかっていくように感じられる。建物らしい建物は次第に見えなくなっていき、雪を被った針葉樹ばかりが目に飛び込んできた。 汽車は観光用の豪華な寝台列車で、アルメルが二人分のチケットを用意してくれた。頼み事があるなら当然と言えば当然だが、ジャックは旅路はもっと過酷なもの
「フリードマン。なぜお前がここにいる?」ジャックが言う。「おい、なんのジョークだよ?」キティは銃を向けた。 青年は首を横に振ったあとで、話し始めた。「君達は大きな勘違いをしている」「勘違いだって?」「私はフリードマンではない。彼は私と同一の肉体を持ってはいるが、複製に過ぎない」「何言ってんだこいつ?」キティが言う。「複製だって?」 ジャックもキティも、青年の言葉に混乱する。どう見て
2020年9月12日 18:02
ジャックとキティは「ローズ」の中で閉店時間を待っていた。 深夜三時頃になって、店員が「もう閉めます」「出てください」と声をかけ始める。自分たちは逆らわずに店の外に向かう。だが、店員の声かけを気にせずにホールに残る一団を見つけた。あれがおそらく最近頻繁に訪れているという例の団体だろうと判断できる。 他の客の流れにのって通りに出る。そして、通りを少し歩いたあとで二人は立ち止まった。「そろそろ裏
2020年9月12日 18:01
ジャックとキティは店を出て、自宅へと帰ってきていた。キャバレーに忍び込むまでには、まだ時間がある。二人は準備と、休憩をとることで同意していた。「着替えて来いよジャック。その恰好で行くつもりなら別に良いけどさ」キティはキッチンに立っていた。午後の6時半。そろそろ夕食の時間である。「ストックが切れそうだ」言いながらジャックは自室に向かう。「なに? もう? このあいだ買ったばかりだろ」「毎日、
2020年9月12日 18:00
午後、四時半。ジャックは薄野の中心に戻ってきた。日が傾く頃にはバー「ベアハッグ」でキティと落ち合う約束だったが、少し遅刻したかもしれない。 ベアハッグは小さい店だった。雑居ビルの地下でひっそりと経営している酒場で。それを揶揄して、ここを文字通りの潜り酒場と言う客もいる。ジャックは、地階への入り口を通り、階段を下りていく。階段を下りた先には重そうなドアがある。そこにはペンキで「BAR」と書かれて
2020年9月12日 17:59
昼過ぎ、ジャックと別れたころ。キティは、札幌で一番大きなキャバレー『グランド・ローズ』を訪れていた。天井にはシャンデリア。床には毛足の長い、深紅の絨毯。バーカウンターはマホガニー。奥にあるステージではジャズバンドがコルトレーンの曲を演奏していた。 『ローズ』はイメージを裏切らない、オーソドックスな店だった。アメリカ人には故郷を思い出させるし、それ以外にはジパングの夢を見せてくれる。 人々が談
2020年9月12日 17:56
入り口近くのロビーから、建物の二階に上がり、そこから繋がる廊下を奥に行くとまた部屋があった。位置的に考えて、真下にはメイチスの部屋がある。一階と二階で建物が同じ間取りをしているようだ。ジャックは部屋の前に立ち、ドアをノックした。「どうぞ」 中から、牧師長の声がした。ドアノブに手をかけて引く。中に入ると、やはりメイチスの部屋と同じような造りになっている。違うのは内装だけで、ベッドがなく、本棚が
2020年4月22日 14:19
ジャックは男の首を放って捨てた。血の噴水を浴びたせいで、服はまただめになってしまった。キティに何を言われるのか考えるのが憂鬱だ。「ジーザス」牧師が神の名を呟く。「牧師、あなたはどうしてこんなところに?」ジャックは疑問を口にする。 そもそもどうして彼は殴られていたのか。まだ、理由を知らない。ソーヤの頼みを聞いて介入したが、今は詳しい事情を聞いてみたかった。ジャックは牧師とソーヤの居る方に歩み
2020年4月20日 19:31
中華料理店「満福」から歩いて十分ほどで薄野に到着した。昨日は通り過ぎるだけだったこの場所も、今日は目的地である。少し観察するといつもとは違う雰囲気を感じ取ることができる。それはクリスマスに向けて準備された、大きいモミの木やサンタクロースを模して造られた装飾だけが原因ではない。人々の活気。祭りの前の浮かれた空気が、日常、どこか殺伐とした雰囲気を持つこの街をやわらかく包んでいた。 本当に人さらいな