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短編小説

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2021年1月の記事一覧

国を動かすのは右か左か、努力か才か

 努力論者の君には悪いがね、これからの日本は我々天才が牽引していくことになったんだ。だから君たちは速やかにこの国から去り、その泥臭く実効性のない理論を後生大事に、どこぞの国で「成功」なさってくれることを祈っている。それでは。  暗い、ひんやりとした地下室。打ちっぱなしのコンクリ―トが、暗闇の中にどこまでも広がっている。その広い空間には柱が1本としてなかったが、中央にぼんやりとした灯りがいくつも灯っていた。そこに、男が2人向かい合っている。  「国民の命はどうでもいいってのか

中庭と感覚と、教室と負けず嫌い

 どちらかを選べと言われて、正しく選べたことはあっただろうか。  それが個人的な問題とか、善悪、プラスマイナス、増減などという方向性のはっきり違うものであったなら自信はある。  けれどそうでないものの中から選べと言われたとき、果たして、自分の納得のいく答えが出たためしがない。  この色とあっちの色どちらがいいとか、今日のご飯とか、寝る時の身体の向きとか、努力と才能どちらが優れているか、とか。  「碧、ここにいたんだ」  学校の中庭には、鯉が飼われている池がある。その池の側に

「才能」と「努力」という言葉を、誰も知らない

 この宇宙にはまだまだ知られていないことが多い。  星星の輝く宇宙の外にはなにがあるのか。  月はなぜ地球の衛星となったのか。  生き物とはどうしてこんなにも精緻な仕組みで作られているのか。  私たち人間の身体と心の境目はどこにあるのか。  そして、才能と努力とは、いつ、どこで、それが手に入るものなのか。  その日、大倉崇は日課のウォーキングのために朝5時に家を出た。澄んだ、冷たい空気が鼻にツンとした。まるで寒さに怯えるように、フリースの上下がクシャクシャと音を立てる。前夜

才能があっていいねという言葉を、あなたは理解できるのか

 少し思うのは、やはり才能なのだということ。  世間では「最後は努力がもっていく」とか「努力はしたほうがいい」とかいう中で。それでも、最後に物事を決めるのは才能だということ。   まただ。  私は夜中に目が覚めた。目の前にぼんやりと見慣れた天井が広がる。その向こうからゴソゴソと、できるだけ音を立てまいとしつつ、誰かが動き回っているのがわかる。  隣の夫は熟睡しているようだった。私は起こさぬようにベッドから抜け出ると、今日こそは、あの音の主に注意をしようと廊下へ出た。  私達

【小説】才能があったとして、努力の意味は

 少し思うのは、やはり努力なのだということ。  世間では「最後は才能がもっていく」とか「才能はあったほうがいい」とかいう中で。それでも、大事なのは努力だということ。  その日、近江という友人に呼び出されて適当な喫茶店に入った俺は、エアコンの強く効いた席に案内されて、少し肌寒さを感じていた。  俺は近江になんの話かと尋ねて、乾いていた喉をうるおそうとした。  しかし目の前の友人の話を聞いて、俺は自分の身体に、盛大にお冷をぶちまけてしまった。  「辞めたって……まだ半年たってな