聖水少女26

 香織は部屋で髪を結っていた。
 手入れがいきとどき艶やか。烏の濡羽のような純黒には光沢が映りなんとも妖艶な雰囲気が漂っている。

「香織ちゃん。天花君、いらしたからね」

 扉を挟んで部屋に投げられたのは母親の声である。香織は「はぁい」と返事をして姿見の前で姿勢をただす。

 おかしなところはないかしら。
 変じゃないかしら。

 毎日幾度も見ている自分の制服姿を確認してし、ようやく「うん」と頷き部屋を出る。気持ちが流行り、髪、揺れる。

「お待たせ」

「あぁ 」

 玄関にて待っていた天花と言葉を交わす。自然と作られる笑顔が実に初々しく、朗らかである。

「それじゃ、行ってくるね」

「はい。行ってらっしゃい」

 見送る母に香織は手を振り、天花は頭を下げて学校へと向かった。それはいつもの風景であり、繰り返される毎日であった。

「天花君」

 歩きながら、香織が傍にいる彼の名を呼ぶ。

「なんだい」

「今日の私、どうかしら」

 天花は照れながらに「美人だと思う」と口にして頰を赤らめた。

「ありがとう」

 からかうように笑う香織はそう言うと軽やかに跳ね歩き、長い髪を揺らした。

 ありがとう。

 心中でそう呟く少女の可憐で愛らしく、そして、なんとも馨しい香りを纏っていた。
 彼女が歩いた道にはその残り香が花のように咲き、いずれ風に吹かれて誰かの元へと届けられるだろう。
 それは幸福はの証であり、少女の人生の一片である。美しく芳醇な……

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