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デザインが生み出す、三島のまちづくりの新たな可能性 - 「きっかけ」と文化をつくるハレノヒプロジェクトの裏側

両手に収まるサイズ、目に飛び込んでくる鮮やかな表紙。静岡県三島市のまちなかで出会うことができる、“三島のきっかけマガジン”と名付けられたこの『ハレノヒ』マガジンは、実はまちの建設会社である加和太建設から生まれました。

まちを走る鮮やかな黄色が目をひくシェアサイクル「ハレノヒサイクル」。
週末まちの広場で開催されてきた、空色の看板が印象的な「ハレノヒマルシェ」。

これらも、実は私たち加和太建設とハレノヒマガジンを作り上げてきてくれたクリエイティブチームによるまちづくりの取り組みです。

今回は、なぜ建設会社である私たちがデザインの力を借りたまちづくりを進めてきたのか、まちづくりにおけるデザインの可能性について、弊社社長の河田と、クリエイティブディレクターである株式会社MIRACLE代表取締役の中岡美奈子さんにお話を伺いました。

今回の話し手

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河田亮一(かわだ・りょういち)/加和太建設株式会社 代表取締役
1977年生まれ、1993年 三島市立中郷中学校卒業。1993年 The Colorado Springs School入学、1997年 Institut auf dem Rosenbergへ編入・卒業、2002年 一橋大学経済学部卒業。その後、株式会社リクルート、株式会社三井住友銀行を経て、2007年 加和太建設株式会社に入社。2015年より代表取締役を務める。

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中岡美奈子(なかおか・みなこ)/クリエイティブディレクター、株式会社MIRACLE代表取締役
東京都生まれ、広告代理店を経て、1995年グラフィックデザインを基軸として広告制作、ブランドデザインを行う株式会社ドラフトに入社。インハウスブランド「D-BROS」の開発メンバーとして、商品企画から販売計画までプロジェクトのマネジメントに携わる。2000年より企業とのコラボレーション商品を多数発表した他、企業やブランドのCI開発、またイベントや地域活動へとデザイン領域を拡げる。2019年8月デザイン会社、株式会社MIRACLEを設立。

デザインとの出会いは、まちづくりへの社員の想いが一つにならない危機感から

ーー最初に、河田社長と中岡さんの出会いを教えてください。

河田:僕ら加和太建設は「建設業のあり方を変えたい」と、この10年ほど旧来の土木・建築事業以外にも不動産事業や施設運営事業など、多角的な事業を通じてまちづくりに携わるようになりました。(※ 弊社のまちづくり事業の詳細は、ぜひこちらの記事 をご覧ください)

ただ当初、社内では「建設業を変えたい」という想いの人たちと「まちをよくしたい」という想いの人たちが交わらない状態が続いていて、ようやくまちづくりができる会社になったのにもかかわらず、まちづくりをすればするほど会社が分散化していくような感覚を抱くようになったんです。

「このままではいけない。社員一人ひとりに届くような何か大きな一つのメッセージを掲げないと、この先本当にまちをよくしていく挑戦ができない」と、加和太建設のメッセージを言語化・可視化してくれる方を探すことに決めました。そのなかで出会ったのが、中岡さんです。

ーーまちの建設会社からこのような依頼を受けて、中岡さんは驚いたりしませんでしたか?

中岡:最初にお会いしたとき、河田さんがご自身のこと、会社のこと、まちづくりへの思いを目を輝かせて丁寧に語ってくださいました。親しみのある業界かどうかといったことは気にもとめませんでした。われわれは代表の誠実なお考え、お人柄がクリエイティブのスタート地点になると思っているので、河田さんとお話をして、この方の会社にお力添えをしたいとすぐに思いました。

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(これまでについて回想いただきながら、お話しいただきました。)

自分たちにとって「正しい」デザインを見つける

ーーそこからどのようにお二人の取り組みはスタートしたのでしょうか。

中岡:違う業界の人間同士なので、まずは共通言語を持つために、同じものを見て感性を共有していくことからスタートしました。

業界を知ることはもちろんですが、何をどう美しいと思うか、取材先で出会ったたくさんのコトやモノをどう感じたか、お互いの視点を持ち寄って意識を共有していったんです。そうして丁寧に時間をかけて共通言語を築いてきたから、計画の中で、キーワード、イメージ、彩りも自然に生まれていきました。

デザインには正論はないので、そのデザインが「正しい」かどうかは、そうした共通言語の中にしか生まれないんですよ。

河田:最初は、そもそも何がやりたかったのか、まちづくりとは本質的にどういう営みなのか、考えを深めるきっかけとなるいろんな問いを中岡さんに立てていただきました。

会話を進める中で、加和太建設が何を大事にすべきなのか、掲げるべきことを明確にすることができて、最終的に「つくっているのは、元気です」というスローガンを中心に据えることが決まったんです。

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(各現場にもスローガンが掲げられ、多くのまちの方々にも私たちの思いに触れていただけるようになりました。)

そこからは、どういったことが起きるとまちが元気になったといえるのか、互いが読んだ本の共有や、そうしたことが起きているまちはどこにあるのかを探し合ったりしました。

まちづくりで世界的に有名な米国オレゴン州のポートランドも視察して、そこで働いている人、訪れる人、まちで起きていることや建築物まで、思いを巡らせながら話し合ったりもしましたね。

中岡:たとえば河田さんが建設業界の視点から建築物や道路、区画について語ると、私はその建物の中にいる人の姿やざわめきが気になったりするんです。お互い視点が違うからこそ、同じものを見て話し合えばそこから得られるものは倍になるんです。

デザインが、新しいまちの魅力と出会わせてくれる

ーー『ハレノヒ』マガジンは、どのように生まれたのでしょうか。

中岡:まちづくりは、「まちを気になる人を育てる」ということが大切なことだと河田さんと共感し合い、まちの未来を考えてくれる人たちを増やすために何ができるのかを考えて生まれたのが、まちの人にまちの魅力を伝える『ハレノヒ』マガジンです。

河田:シンプルに「このまちが好き」と言えるかどうかって、簡単そうで難しいことだなと感じていて。けれど、その言葉を言えるかどうかは重要なことだと思ったんです。

僕自身、まちを好きになったきっかけは、まちを歩いて発見した魅力もありましたが、何よりもこのまちの魅力を高める活動に参加したことによって出会った人や、知ったことにありました。

加和太建設として、きっかけそのものになるような活動機会はまだ作れなかったとしても、まずはこのまちを好きになる「きっかけのきっかけ」をつくりたいと思ったんです。

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(これまでに14回発行。毎号・テーマに合わせて、思わず手に取りたくなるカラフルでまちの魅力を表現した表紙デザインです。)

ーー確かに、『ハレノヒ』マガジンは装丁も構成もクリエイティブで、まちの「情報誌」というよりは本当に新しい視点でまちを見つめる「機会」そのもののような印象を受けます。

中岡:表紙はつい手に取ってしまうようなサイズ感やグラフィックにしました。難しい情報も視覚的にシンプルに伝えて、かつ印象に残るデザインを編集コンセプトにしています。また、地元の編集チームの方々とも「こんなふうにまちが見えるんだ!」と一緒に新しい発見ができるマガジンにしていきたいと思っています。

河田:過去には、「表紙を集めたくて、手に入れられなかったバックナンバーが欲しい」とわざわざ連絡をくださった方もいたんですよ。

配布にご協力いただいたお店からも、自分の店にこうした素敵なマガジンがある喜びや、三島エリアが魅力的に伝わるようなものを作ってくれた感謝など嬉しい声をたくさんいただきました。

また、別の観光情報誌でも取り上げられるような著名な方々を取り上げたときには、これまでになかった切り口で表現されたことをとても喜んでくれました。

特に「三島しゃぎり」というまちの夏祭りで演奏されるお囃子について取り上げた号に対しては、しゃぎりに関わってきたまちの方々から新鮮な切り口への称賛の声をたくさんいただきました(ハレノヒ Vol.7 「三島をあつくする、夏の音」はこちらから)。

中岡:そんなにたくさんの声、はじめて知りましたよ! 教えてほしかったです(笑)。

河田:すみません(笑)。それこそ、加和太建設が立ち上げに関わったコミュニティスペース「みしま未来研究所」のカフェで店番しているとき、僕が関わっていると何も知らない人たちがマガジンを見て手に取って褒めてくださっている声を聞くと、嬉しいなと思いますね。

こういうマガジン、取り組みがあることがこのまちの魅力だということを言ってくれる方もいらっしゃって、そのこともとても嬉しく感じています。

事業を実現させる、デザインの力

ーー『ハレノヒ』マガジンに続いて始まったシェアサイクルサービス「ハレノヒサイクル」の自転車も、まちなかでも目をひく、鮮やかな黄色の自転車ですね。

中岡:「ハレノヒサイクル」は、環境への配慮、住民の健康の質向上、自然と触れ合う感性的な喜びの部分など、さまざまな要素がリンクした新しい交通手段として、とても大切な事業です。

全体のデザインは、曇りの日だったとしても晴々した気分になるように、三島に陽の光を、まちの“差し色”にと、イエローとオレンジをエッセンスに決めたんです。ポスター類は、まちの皆さんの笑みが思わずほころぶようにグラフィックを少しユニークな方向にしました。

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(まちなかを走るハレノヒサイクルは、現在約140台。まちとの対話を彩っています。)

河田:本当にデザインの力は大きいなと思っていて。僕らがシェアサイクルをやりたいと思ったきっかけは、人の暮らしを豊かにするコンパクトなまちをつくりたいと思ったからで、そのために人の移動手段を変えなきゃいけないというとてもロジカルな流れで生まれた事業だったんです。

とはいえ、都会でもない三島のまちでこのサービスを使ってもらえるのかという心配もあったのですが、中岡さんと話していて「自転車でまちと対話するように巡る楽しさがハレノヒサイクルという事業には存在していて、それはかねてから僕が言っていたまちを好きになる人を増やしていくことにつながるはずだ」と背中を押されて。

そこから「人が使いたくなるデザインにしないといけないね」と、中岡さんのデザインにロジカルな事業を実現するための力をいただき、このようなサービスを始めることができました。

「なぜだか気持ちがいい」。そんな空間がまちを好きになるきっかけになる

ーー「ハレノヒマルシェ」の看板の青も印象的です。

河田:「ハレノヒマルシェ」は、マガジンの配布やシェアサイクルを通してまちの多くの店舗の方々と接点が増えてきたなかで、「いいまちだねと言われるけれど、売上につながりづらい」という声を耳にすることが多くなり、そこを何とかしたいと始めた取り組みです。

中岡さんのデザインアプローチで、マルシェでの人と店の出会いの切り口も新鮮なものになっているんですよ。

ハレノヒマルシェ

(三島市街地の中心に位置する大通り商店街沿いで、過去3回実施された「ハレノヒマルシェ」)

中岡:ものがキューピッドになることって、ものすごくあります。「ハレノヒマルシェ」では、どういうモノを通じてどういう人を呼ぶかからデザインをスタートしました。

この場で何を与えたいか、そして”トキメキ”を表現のエッセンスにし、それをグラフィックの表現にも取り入れています。

全体のイメージは、誰でもが気持ちがよく、広さを感じる場づくりを考えて、爽やかな「空色」をキーカラーに置きました。

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よかったなと思うのは、地元の人が、自分のまちにいるモノづくりにこだわる人たちと交わる機会になったことです。例えば、当日の会場はまちの同級生同士の再会の場になっていて。

お店の方とお客さんが偶然同級生だったりして、「知らなかった!どこで店を開いてるの?」「ぜひ次は店に遊びに来て」といった会話が生まれていました。

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(会場にはたくさんの出会い・再会と新たな会話が生まれています。)

今は開催が難しい時期ではありますが、とても素晴らしい場なので、再開できたときにはいろんな方にまたぜひ訪れてほしいです。

河田:こんな素敵な店が自分たちのまちにあるんだという出会いの場にできて、本当に嬉しかったですね。

デザインで、世界中に誇れるまちの文化をつくる

ーーこれからのハレノヒの活動について教えてください。

中岡:まだまだ、一つひとつをもっと丁寧に深掘りして実らせていきたいと思っていますが、直近で新しく着手しているのはハレノヒグッズの制作です(商品情報はこちらから)。

三島のことを自慢したくなって伝えたくなるキッカケグッズとして、三島の草花や動物たちをモチーフにしたトートバックや缶バッジを作りました。

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(これまでのハレノヒプロジェクトのデザインをグッズにも展開。写真はミシマバイカモをモチーフにしたトートバッグ。)

その他にも、今後はアートや音楽といった新しい分野でも、まちの良さに出会う“キッカケ”づくりを考えていきたいと思っています。

これからも様々な取り組みを加和太建設さんとご一緒に続けていくと思いますが、このデザインのまちづくりが目指すのは、まちにたくさんの人が歩いていて、人々の話している言葉や笑い声がまちに溢れている姿です。

そんな情景を思い浮かべながら、次は何ができるか考えていきたいですね。

河田:これまでデザインで人を動かしていくことを大事な軸としてまちづくりを進めてきましたが、僕にとってこの一連のハレノヒでの挑戦は、まちの文化をつくりたいという想いからなるものでした。

文化は数値化できないもので、一方で事業の稼働率には向き合わなければいけませんが、それでも過去にもこうやって誰かが素敵だと思うことを届けたり伝え続けた結果、まちに文化ができたのだろうと思うんです。

素敵なものをまちに生み出していく、まちのあるものを素敵に見せていく。この繰り返しが、文化になっていくのではないでしょうか。

コロナ禍での事業づくりの大変さもありますが、デザインを通したまちづくりはこれからも続けていきたいと思っています。

中岡:デザインによって、この三島のまちで「なぜだかすごく気持ちがいい」「心地よい」と感じる空間やものとたくさん出会うきっかけを作り続けます。

いつか世界中の人たちにとってお手本の活動になるように、この「ハレノヒ」を、加和太建設さんとともに育てていきたいと思っています。

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