母乳からmRNAワクチンが検出された件について
9月26日、小児医学の権威ある雑誌『JAMA Pediatrics』に「母乳からmRNAワクチンが検出された」という論文が掲載されました。
この件について、少し『技術的な面』から語っておこうと思います。
この論文の著者らは、母乳からのRNA精製に、Qiagen社の『miRNeasy』というキットを使用しました。(カタログ番号からも間違いありません。)
Qiagen社は『RNeasy』という一般的なRNA精製キットも販売していますが、miRNeasyは『mi』と先頭に付くように、20~25塩基の『マイクロRNA(microRNA, miRNA)』を精製・濃縮するのに特化したキットです。
したがって、「mRNAワクチンの断片を拾っている可能性がある」ではなく、「(そもそも)mRNAワクチンの断片を選択して拾っている」のです。
そして、著者らは論文に「検出されたmRNAワクチンからスパイクタンパク質が作られるかどうかは調べていない」と記載していることから、反ワクチンは「スパイクタンパク質が作られる可能性は否定できない!」と主張していますが、miRNeasyを使って精製・濃縮された200塩基未満のmRNAから機能的なスパイクタンパク質は作られません。(mRNAワクチンの全長は、4284塩基です。)
昨年、ロイター社は、同じJAMA Pediatricsに7月6日に掲載された論文を引用して、「母乳からmRNAワクチンは検出されなかった」というファクトチェック記事を公開しました。
このファクトチェック記事と相反する内容の論文が公開されたことで、反ワクチンは「ファクトチェックがデマを流した!」と大騒ぎしています。
この相反する2つの論文の違いは何でしょうか?
その一つが、「使用したRNA精製キットの違い」です。
昨年7月の論文の著者らは、RNAの精製に一般的な『RNeasy』を使用しました。このキットはmiRNeasyと異なり、全長4284塩基のmRNAワクチンを含む、様々な長さのRNAを幅広く精製・濃縮することができます。
その様々な長さのRNAを精製・濃縮するキットを使って得られた結果から導き出された結論が、「母乳からmRNAワクチンは検出されなかった」ということです。
2つの論文の違いが分かりましたでしょうか?
最初の論文に『miRNeasy』を選択した理由は記載されていません。私には、この論文から、mRNAワクチンが「たとえ断片でも構わないから」母乳に含まれていることを証明しようという強い意志が感じられました。(少なくとも、RNAの精製にmiRNeasyを使用することは一般的ではありません。既報からRNA精製キットを変更したことに対して、合理的な説明が必要です。)
今回の記事では、『技術的な面』から、母乳中に含まれるmRNAワクチンを調べた2つの論文を解説しました。
論文の結果(と、それに基づく結論)は、使用した実験手法によって大きく変わります。
実は、論文の「実験手法(Materials and Methods)」の項目は非常に重要です。
どのような実験をしてその結果が得られたかをイメージできるかどうかが、研究者(特に基礎系)と素人を分ける境界になると思います。
何度も繰り返し言っていることですが、論文を読むことは難しいんですよ。
以上。
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