【小説】玉手箱

 少女は太平洋の中心にある島の小さな家に家族四人で暮らしていた。この島には二三軒のご近所しかおらず、少女と同年代の子供も居なかった。電子機器の類は無く、住民は皆漁で生計を立てていた。何も楽しみがないような小さな島であったが、少女は家族を深く愛し、幸福を感じていた。
そんなある日のことである。彼女が島のはずれでうろうろしていると、浜に打ちあがった大きな鉄の箱を見つけた。箱は剥げかけたカラフルなペンキが塗られており、表と思われる部分にはボタンが一つあった。彼女はこの異物を両親に報告し、かろうじて字が読める父親がこの箱の正体を明らかにした。
「どうやら、このボタンを押せば欲しいものが貰えるらしい」
 それを聞いた家族は一様に驚いた。兄が、古くなった漁具を新しくしたいといい、まっさきにボタンを押した。すると箱はガタガタ揺れ始め、てっぺんから真新しい漁具を放り出した。兄はそれを見るとさらに喜び、これでお前らにたくさん食わせてやれる、と息巻いていた。この現象は、機械を訝しんでいた少女を驚かせるには十分すぎるものだった。
次に母が、料理器具が欲しいと言って、憧れていた品を手に入れた。父親は疲れを癒すための枕を受け取った。少女はそこまで欲しいものが無かったため、遠慮した。家族はこの箱を神の化身だと考え、島の中心に置き崇めることにした。
 翌日から島は宴と儀式で毎日大きな盛り上がりを見せていた。島の住民だけでの宴であったにもかかわらず、来る日も来る日も飯と酒で埋め尽くされる毎日だった。父親と兄は漁を辞めた。母親も家事をしなくなった。近所の人々も働くことを辞め、ただ鉄の箱を崇め称えるだけの生活を送っていた。機械は彼らに欲しいものを何でも与えた。例外なく、その人物が頼んだ物を与えた。皆は満足しきっていた。
 だが、この少女は違った。何でも手に入るこの環境に何か物足りなさを感じていた彼女は、この故郷から離れて暮らしたいと思うようになった。同時に彼女は家族に対してこの上ない嫌悪を抱いていた。少女は家族がもはや人間ではないことを受け入れた。そして同時に恐れていた。自らがあの家族と同様の、永遠に供給され続けるだけの存在になることが怖かったのだ。
静かな暗闇の中、彼女は「カミサマ」に最初で最後のおねだりをした。
「この島を離れるためのものを下さい」
 カミサマはそれに応えるかのようにガタガタと揺れ、手漕ぎボートを吐き出した。少女は夜明けに船を浮かべ、櫂を持ち、彼方の海原に向けて漕ぎ出した。

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