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プロキシマ・ケンタウリ

 明るく輝くいくつものモニターの前で、私は高ぶる気持ちを抑え切れずにいた。
 並ぶ画面の中の数々の数値を、一つ一つチェックする。それはいつもの手順だ。
 だが状況が、いつもと同じではない。つい気になって、何度も確認してしまう。
 私のような天文学者にとって、このような状況で気分をしずめろというのは無理な話だ。
 何しろ今日はこれから、新型宇宙望遠鏡での初観測を行うのだから。
 宇宙望遠鏡は天文学者にとって夢の観測機器だ。長年の悩みを解決してくれた。
 大気は地表から宇宙に向かって均一なグラデーションを描いているわけではない。その密度にはむらがあり、風が吹き、層ができる。光はそこで屈折する。しかも刻々と変化していくために、星からの光の経路は一定にならない。
 それがいわゆる星のまたたきだ。文学的にはロマンチックな現象かもしれないが、天文学的には害悪でしかない。常に画像がゆらいで見えるのだから。
 他にも吸収されてしまう電磁波の波長があったり等、大気は天体観測の天敵だ。
 その悪影響をさける最も単純な方法が、大気圏の上、宇宙空間に望遠鏡を打ち上げることだ。大気がなければゆらぎようもないので、格段にシャープな画像を得ることができる。
 なので、宇宙望遠鏡の観測結果は天文学を大きく進歩させた。
 そして、さらなる進歩を目指して、この新型宇宙望遠鏡が打ち上げられたのだ。格段に性能が上がった最新鋭の望遠鏡には、利用希望者が殺到していた。
 家にあるような自家用の物ではなく、公的機関の大型望遠鏡を使う場合、天文学者は自分の研究の意義やもくろみ、くわしい手順を書いた、プロポーザルと呼ばれる観測提案書を提出し、審査を受ける。限られた貴重な観測時間を与えるに値すると評価されて初めて、望遠鏡を使うことができる。
 競合が多くいる中で、私は観測提案書を提出し、承認され自分の番が回ってくるのを、首を長くして待っていた。
「いよいよですね」
 同じく首を長くして待っていた同僚が声をかけてくる。私の研究のパートナーだ。あるテーマを二人でずっと追っている。その長年の疑問に、いよいよ答えが出るのだ。
 望遠鏡を目標の恒星に向ける。
 それは私たちの住むこの恒星系のとなりの星。大宇宙の中では本当にすぐそばと言えるその星に、系外惑星が複数発見された。
 さらに惑星が、生命居住可能領域、いわゆるハビタブルゾーン内にあることが確認され、生命の存在が期待された。
 しかしそれを調べるのは困難だった。
 ハビタブルゾーンは系外から見れば恒星のすぐそばになる。主星の光にまぎれてしまい、そこにある惑星の直接観測は難しい。
 特にその恒星系は見える角度が悪かった。恒星系の赤道面がこちらを向いておらず、その面の近辺に存在する各惑星の軌道も同様のため、主星の前を惑星が横切る様子を光量の変化から観測する、トランジット法が使えない。トランジット法は系外惑星の存在を確認するだけでなく、そこに大気があればその分析にも使えるのに、それがかなわなかった。
 系外惑星の存在は、惑星の引力による主星のゆらぎを光の波長の変化から観測するドップラー法によってなされた。だがそれでは大気成分はわからない。こうなると直接、惑星からの光を観測するしかない。観測技術の向上が待たれた。
 それがようやく実現し、その惑星に水と、酸素をふくむ大気が確認されると、その結果は研究者界隈だけでなく世間を大きくゆるがすことになった。
 反応性の高い酸素は通常、他の物質とくっついて酸化物となる。純粋な酸素分子が見つかるということは、そこに大規模な還元反応、つまり酸素をはぎ取る反応が存在するということだ。
 考えられる可能性の一つが光合成。植物が水と二酸化炭素から養分と酸素を作る。
 すなわち生命の存在を示唆しているのである。
 となりの星系に生命が存在する可能性が高い。この発見に世間の関心も期待も大きく高まった。それこそ物語の中でしか見ることのなかった知的生命体、いわゆる宇宙人だっているかもしれないのだ。
 そこに打ち上げられたのが、今回の宇宙望遠鏡。巨大な主鏡を宇宙で展開し、今までにない集光力と分解能を持つ。これなら惑星表面のくわしい観測ができるはずだった。文明があればその痕跡をとらえることすら可能なはず。
 望遠鏡へコマンドが送信され、観測が始まった。データの一部が生データとしてモニターに映っている。詳細な結果は解析を待たなければいけないが、きちんと観測ができていることがそこからわかる。
「うまくいきそうですね」
 同僚の声がはずんでいる。
「ああ」
 それは私も同様だった。

「これは……。予想以上の結果じゃないか」
 私の声は興奮にふるえた。
 観測結果解析の第一弾レポートが上がってきたのだ。
 同僚の顔も興奮に赤くほてっている。
 分光分析により、大気中の酸素濃度がかなり高いことがわかった。有機分子の存在も確認。さらにレッドエッジと呼ばれる、光合成をする植物特有の反射傾向も認められた。生命の存在はほぼ確定だ。
 そしてもう一つ。この超高性能の望遠鏡ならではの観測結果。
 惑星の昼夜の光量の変化。惑星の公転によって、こちらからは昼の側が見えたり、夜の側が見えたりする。それに応じて惑星の明るさは変化する。しかし若干、夜の側が明るすぎるのだ。これは先代の宇宙望遠鏡では観測できなかっただろう、それぐらいかすかな兆候だが、赤外線領域での観測結果も、同様の傾向を示している。
 考えられることとしては、一つは大規模な火山活動。活動期にある惑星では、その奥底から大量のマグマが湧き上がり、大陸の形を変えるほどの大規模噴火が起きることがある。
 そしてもう一つは……。
「文明が高度に発達している証ではないかと思うのですが」
 こらえきれなくなった同僚が結論を告げた。
 私もうなずく。
 夜にも活動している巨大な都市があれば、この数字は説明できる。
「論文にするのはもちろんだが、記者会見を用意しよう。この発見は早く世間に伝えなくては」

 居並ぶメディアを目の前にして、私は口を開いた。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。本日の発表は、近傍系外惑星の観測結果についてです」
 そこには特に記者たちの反応はない。私が何の研究をしているのか、何度も顔を合わせた彼らには知られているのだから、それに関する話であることは、容易に予想がつく事柄だ。
 だが。
「今日は残念なお話をしなければいけません。近傍系外惑星の、文明滅亡についてのお話です」
 この言葉には、さすがにどよめきが起きた。
「ではこちらのデータをご覧ください」
 スクリーンに映されたのは、近傍系外惑星の観測データ。ノイズ等を処理したあとのもので、何が起きたのか一目瞭然だった。
 近傍系外惑星に文明の痕跡が見れると発表したあの記者会見から、ほんの数年。まさか真逆の発表をすることになるとは、私自身も思わなかった。
 可視光と赤外線の観測結果から、惑星上に光源とエネルギー源が存在すること、波長等から火山噴火とは考えられないこと、すなわち文明が存在すると思われることを発表すると、世間はわきにわいた。
 私たちは宇宙で孤独ではない。すぐ近くに隣人がいるとわかったのだから当然だ。
 その熱狂の後押しを受けて、新型宇宙望遠鏡の観測時間が優先的に割り当てられるようになった。
 そうして観測を続ける中、異変が起きた。
 いくつものスパイクが観測されたのである。
 それは可視光でも赤外線でも見られた。瞬間的な高い光度と熱の発生。最初一つが観測された後、立て続けにスパイク状の数値のはね上がりが起きた。それは切れ目なく続き、数日後、パタリと止まった。
 真相の手がかりとなったのは、もっと短い波長での観測だ。スパイクと同時に、エックス線、ガンマ線も観測されたのだ。
 全スペクトルでの観測結果を統合した結果、出た結論は、D‐T反応。重水素の核融合である。
 それがスパイクとして断続的に起きている。その結論は……。
「つまり私たちは核ミサイルによる攻撃を観測したのだと思われます。総数数万発におよぶ全面核戦争です」
 その場に居合わせた人々は言葉を失っている。
 私もそうだった。
 その結論に向き合った時、私だけではない、研究仲間の誰もが、一言も発することができなかった。
「その後の赤外線観測の結果から、核の冬と思われる気温低下が起きていること、また地上で生み出されていたエネルギーが著しく減っていることがうかがえます。今後の継続的な観測の結果を待たねばいけませんが、かの地に存在すると思われた文明に大きなダメージがあったことは明白です。私見ではありますが、崩壊したと言っても差し支えないのではと思います」
 初めて新型宇宙望遠鏡を使い、最初に観測結果を見た時の高揚。
 それがまさかこんな結末を迎えるとは思わなかった。

 その日の夜、私は空を見上げていた。
 海底の都市から氷上の観測基地にはなかなか来る機会はない。水中で暮らす私たちには、そこから上がり機器を直接操作するのはかなり面倒だからだ。
 でも今回は天体観測に来たのではない。ただ自分の感覚器官で空を眺めてみたかったのだ。
 私は首を伸ばし、水密服の小窓から夜空を見つめる。
 明るく輝く星が一つ。
 あれが観測していた星だ。
 私たちの主星は三重星系の外れにある小さな伴星だ。二つの大きな恒星が中央で比較的近い距離で回っており、そこから大きく離れた軌道を回る赤色矮星。その惑星の一つに私たちは住んでいる。二つの中央星の周りにも惑星はあるのだが、複雑な引力環境下で不安定な軌道を描いていて、そちらに生命は生まれなかった。
 だがあちらは単独星。恒星自体もその周りを回る惑星の軌道も安定していて、むしろ生命の発生には我々の星よりあちらの方が適している。その一つが私たちが調べていた星だ。かの恒星系の第三惑星に当たる。
 あの惑星にはどんな生命が生きていたのだろう。
 どんな文明を築き、そしてどんな理由で自らを亡ぼすような激しい戦争を行うことになったのだろう。
 私たちの住むこの恒星系のとなりの星、大宇宙の中では本当にすぐそばと言えるその星に住んでいた、もしかしたらもう絶滅してしまったのかもしれない隣人に、私はただ思いをはせるのだった。

〈了〉

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