第3回 平安前期と清和天皇 〜フォークロアから読み解く日本人の災害感〜
川瀬流水です。NHK大河ドラマ「光る君へ」で、平安時代が脚光を浴びています。ドラマの時代は、平安中期に当たりますが、災異(天災地変)という視点から、前期の清和天皇(せいわ・てんのう)の時代を取り上げてみたいと思います。
清和天皇の生没年は850(嘉祥3)年~880(元慶4)年、行年31歳、858(天安2)年9歳で即位、876(貞観18)年27歳で譲位、在位18年、年号は「貞観」(じょうがん)が用いられました。
平安時代の気候は、古墳寒冷期から中世温暖期へ移行するなかで、概して温暖であったと言われていますが、自然災害や疫病、政変が多発した時期でもありました。とくに、清和天皇が在位した貞観年間は、歴史に残る大災害や政変が起こりました。
864(貞観6)年清和15歳・富士山噴火(史上最大規模、青木ヶ原樹海誕生)、866(同8)年17歳・応天門の変(平安有数の政変)、868(同10)年19歳・播磨地震(M7.0以上)、869(同11)年20歳・貞観三陸地震(M8.3以上)、871(同13)年22歳・山形鳥海山噴火、874(同16)年25歳・鹿児島開聞岳噴火・・・
9歳で即位し27歳で譲位した青年天皇の時代は、災異に満ち溢れていました。どのような思いで、うち続く災いを受け止めておられたのでしょうか。次回、天皇20歳のときに起こった貞観三陸地震を例に、みてみたいと思います。
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