見出し画像

飛行機の中のルーティンと、恥ずかしかった出来事

 乗り物は、本当は鉄道が大好き。乗っているのが好き。
 学生の頃は通学中に本を読んだり、音楽を聴いたり、ウトウトしたり。何より流れる景色を眺めているのが好きだった。目に映る季節の流れ。空の色。木々の変化。家並み。遠くの山。

 もっと遠くに出かけると見える田園風景。ショッピングセンターの窓。看板。ホームを行き交う人々。

 幼少期から乗っていた飛行機は、事故映像などで段々怖くなっていった。

 だから飛行機で移動しなければならない時、私はいちいち緊張する。
 息子を訪ねる度、息子が帰省する度に、飛行機はつきものだから、今後飛行機や空港の話題が増えるかもしれない。ニュージャージーと日本の行き来も一時はあったわけで、たくさんの思い出がある。

 飛行機に乗ると、それほど強いこだわりではないけどルーティンがある。
 座席はたいてい通路側が良い。窓側は追い詰められているようで圧迫感なのだ。トイレに立つ時も気を遣うから、トイレに行きたくないはずなのに、窓側になっただけで、プレッシャーでトイレに行きたくなる気がしてしまう。夫や息子など家族だと平気だけど、そうじゃなければもうできるだけ通路側にしたい。
 手元のカバン以外は棚に上げて、購入しておいたペットボトルを前のシートのポケットに入れる。これも理由があって、そんな頻繁に咳込むわけでもないのに、万が一むせた時。を想像するとまたプレッシャーでむせてしまいそうだ。そんな時に液体を飲めばその「ゴクリ」に、喉はたいてい落ち着く。
 さらに本とノートとペンを前のポケットに入れる。

 席についてベルトを着けると、本に没頭するように頑張る。
 飛行機が「動いた」「加速した」「浮いた」「まだ斜めだ」って感じるのが怖いからだ。結局ちゃんと「動いた」とか感じてしまうけど、本の世界にいると、少し気が紛れるのだ。飛行機の動きに集中しなくて済む。
 そのうち覚えておきたい内容や、思いついたことなど、ノートとペンを出してちょこちょこ書く。こういう時「アナログ」が顔を出す。私にとっては、少しなら書く方がスムースなのだ。

 飲み物のサービスは寝ていなければほぼお願いする。その時の気分で温かい紅茶やコーヒー、あっさりと緑茶、の時もあるけれど、けっこうな割合でジュースを楽しみとしている。

 前回も私はいつも通り、リュックと上着を棚に上げ(五十肩がだいぶ良くなって一人でも持ち上げられるようになって嬉しい)、本とノートとペン、ペットボトルを前のシートのポケットに入れ、手持ちのカバンを前のシートの下に置いた。
 左腰が少し痛んでいる気がして、ストレッチがてら左足を上にして足を組んで腰を伸ばす。

 久しぶりに機内は満席で、隣に人がいた。

 私より20くらい上だろうか。上品なご婦人だった。
 背筋がスッと伸びていて姿勢が気持ち良い。足元には四角いカバンが置いてある。四角いカバンにはチャックもついていてきちんと閉まっている。巾着の形をして上が完全に閉まらないタイプの私のカバンと違う。足を組んでくつろぎ、本を読んでいる私とは対照的に、すべてが整えられていた。
 
 離陸の時もご婦人は姿勢を崩さずに座っておられた。
 ご婦人との共通点は、前ポケットに突っ込んでいる緑茶がまったく同じ商品。くらいだろうか。
 時おり、彼女は姿勢を崩すのかと思いきや、そのお茶を飲むだけだった。
 ただ前を向いて落ち着いていらして、ずっと姿勢が良かった。
 しばらくすると、書きたい気持ちにおそわれた私はノートとペンを取り、気持ちを書き留めていたけど、しゃんとした姿勢のご婦人の横で姿勢悪くガツガツ汚い字で書いている自分が少し恥ずかしくなった。少し姿勢を正そうと組んでいた足を下ろした。

 すると膝の上のノートの位置が下がり、猫背が増した。

 書きにくい。

 また足を組んだ。

 しばらくすると飲み物のサービスが始まったので、テーブルを出した。

 ご婦人は出さない。
 ワクワク感丸出しで早い段階でテーブルを出してしまった自分がまた少し恥ずかしくなった。
 ご婦人はまたお茶を飲んでいる。

 「お飲み物はどうなさいますか」

 「ジュース下さい」

 私のテーブルの上に、りんごジュースが置かれた。
 ひんやり甘くて美味し~い。-横でご婦人は飲み物を断っていらした。だってお茶のペットボトルがあるんだものね。わかっているんだけど。

 飲み終わって紙コップをグシャッと前ポケットに突っ込む。
 横にはまだ飲まれていないお茶のペットボトルがある。

 この人はお茶もあるのに、それを飲みもしないでジュースを飲んでいるわ。
 なんて思わないだろうに、自分で横のご婦人になりきってツッコミを入れてしまった。

 そのお茶はいつ飲むの。何のために買ったのかしら。

 むせた時のため、念のため。お守りなんですわよ。たとえ今飲まなくても、空港から家までの時間も長いもので。

 頭の中で会話が始まっている。

 私のクタッとしただらしないカバンの横で、ご婦人の四角いバッグがますます四角く見えてくる。

 また本を読み、汚い字でガツガツ書く。
 ふと感傷的な思いが浮かんで泣きそうになった。
 考えているふりをして上向き加減になり涙をこらえていると、鼻水が出てくる。マスクの中でズルズル鼻をすすってしまう。

 落ち着かない人ね。

 またご婦人の心の声が私の心の中で聞こえてくる。

 ノートとペンをしまい、また本に没頭し始めた。

 着陸態勢に入るとのアナウンスが入り、雲を突き抜けて山々や連なる田んぼが見えてきた。

 ここでとうとうご婦人が体勢を崩した!

 窓の外を好奇心いっぱいに覗き込んでいるではないか。
 乗り出している彼女の肩がちょっと可愛らしい。

 おかげで私も遠慮なく肩越しにジロジロ景色を眺められた。

 素敵だな。雲って絶対乗れそうな気がしちゃうよなあ。今のこの下はどの辺なんだろう。
 いつも同じようなことを感じてしまう。
 それでも窓の外は魅惑。その景色に多くの思いが駆け巡って、いちいち胸がいっぱいになる。

 着陸して荷物を出し、ゴソゴソと身支度を整えていると、通路を挟んだ方から「落としましたよ」と何かを差し出された。ちょっと前に買った缶飲料だ。

 また飲み物!!
 どんだけ飲むんだよ。

 周りの人たちのツッコミが聞こえてくるようだ。
 いや。人のことなんて、周りはそんな気にかけてないものだよ。
 自分の中で自分にツッコミ入れてるだけだから。

 言い聞かせながら飛行機を降りた。


#エッセイ #飛行機 #機内 #飲み物 #隣り #ルーティーン #落ち着かない #気にしすぎ

読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。