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スパイダーマンの宿命をつい母親目線で見てしまうMCU版~「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」を観て

 スパイダーマンは、必ず大切な誰かを若くして失い、孤独。それは大いなる力を授けられたものとしての責任のうちの一つであり、宿命なのだ。

 これが「スパイダーマン」のテーマだと、スパイダーマンを知るにつれ段々わかるようになっていった。

 1970年代半ば頃、4年間、アメリカニュージャージーに住んでいた私は、スパイダーマンはアニメで観て好きだった。その後、実写化されたのを観たけど子供の私には、アニメが好き過ぎて、実写の良さがよくわからなかった。

 その後、映画化で大きく話題になったのが、サム・ライミ監督による2002年からの三部作。2012年からはマーク・ウエブ監督によって二作公開された。観る側は勝手なものでどちらも様々に批評され、大人の事情も。私はだいぶ後からだけど目にし耳にした。
 MCU(マーベルシネマティックユニバース)がスパイダーマンを登場させたのは2016年の「シビル・ウォー/ キャプテンアメリカ」で。
 それから「スパイダーマン」の単独映画が2017年に始まる。
 今回は、その三作目で一段落となる映画。

 私自身は映画からしばらく遠ざかっていた時期もあり、サム・ライミとマーク・ウエブの頃の「スパイダーマン」を観ずして、MCUの「スパイダーマン」と出会った。MCUを楽しみ始めていた頃で何の知識もなかったので、ほぼ鉢合わせみたいなもんだ。
 へえ。スパイダーマン、MCUに出るんだ。マーベル作品だものね。くらいの。

 でもMCU版「スパイダーマン」単独の1作目を観ると、トム・ホランド演じるスパイダーマンが可愛すぎて、親心みたいなものが芽生える。スパイダーマンは、「親愛なる隣人」になりたいものだし、ニューヨーク市を守る者としてそんな風に言われているけれど、トム・ホランドのスパイダーマンは、「守ってあげたい子供」だ。
 親愛なる隣人のはずが、アベンジャーズ入りする羽目になっていて「アベンジャーズ / インフィニティウォー」「アベンジャーズ / エンドゲーム」で世界を背負う重責がのしかかってくる。父親代わりのトニー・スタークを失う。
 直後の二作目「スパイダーマン/ ファー・フロム・ホーム」ではその喪失感を観ている側と分かち合い、劇中のピーター・パーカーは周りに支えられながら精神的に成長していく。

※以下、ネタバレ満載です


 今回、三作目「ノーウェイホーム」を観るにあたって、予告が流れた時に、Twitterでは昔からの「スパイダーマン」ファンが色めきたった。
 ネタバレされてもそれほど気にしない方だけど、それでも多くをわかればわかるほどつまらなくなるのは確かだから調べないようにはしていた。ただ以前の「スパイダーマン」を観ておいた方が面白いようだとはわかったし、それはそこに出ていたヴィランがまた登場するからだと、その程度には情報が流れてくる。

 何とか都合をつけて、サムライミ版「スパイダーマン」三作を観た。
 そこにはMCUとは違うシャイで大人しく、感情を押し込めたスパイダーマンが出てきた。最初は慣れなかったけど、三作目が終わる頃には愛着が湧いて、「スパイダーマン」たるものも少し理解ができた。
 マーク・ウエブ版「アメイジング・スパイダーマン」二作は観たいけど間に合わなかったので、すべてのネタバレにならない程度に少し知っておいた。

 アニメ「スパイダーバース」でも感じたけれど、どの作品もスパイダーマンは、やっぱりあくまでも「親愛なる隣人」だ。そしてどのスパイダーマンも、身近で心の拠り所である誰かを失う。
 「スパイダーバース」では両親もメイおばさんもいるけれど、他のスパイダーマンはほぼ孤独だ。正体も追われるけど明かさず、貧しい生活。
 だとすればMCUのスパイダーマンは、金銭面でトニー・スタークに助けられ、彼を失ってもアベンジャーズの仲間の存在はあって、メイおばさんや恋人のMJ、親友のネッドがいて、恵まれている。
 ただこんな重責を高校生に背負わせないでと心配する気持ちが強かった。

 今回、この重責から解放されたと言って良いだろう。

 原作の「スパイダーマン」に近い結末が待ち受けていた。

 そして元々のキャラクター。
 貧しく、孤独で親愛なる隣人として生きる。自分でコスチュームを作る。サム・ライミ版のトビー・マグワイア演じるピーターパーカーの部屋を思い出す場所で。

 だけどさ。

 ……孤独過ぎないかい?

 ピーター・パーカーの存在までわからないなんて寂し過ぎる。
 今こそが、マーベルのスパイダーマンの誕生だとも言えるのかもしれない。でも今の段階でピーター・パーカーには頼る人が誰一人もおらず、すべての人を失ったに等しい。
 人が亡くなる以上に、忘れることそのものが寂しいものだと映画「リメンバーミー」でも感じたけど、こんなにも寂しい思いをしなくては、すべての「スパイダーマン」ファンは納得しないのだろうか。
 トム・ホランドのピーター・パーカーの背景が今までにない寂しさで、観終わった後、私にはダメージが強かった。
 トニー・スタークと一緒に撮った写真は、今ペッパー・ポッツの家でいったいどうなっているのだろう。何と認識されているのだろう。ドクター・ストレンジの記憶からも消されるなんて悲し過ぎないか。ずっとトニー・スタークの代わりにと見守ってくれていたハッピーも見ず知らずの人となった。
 MJとネッドとの別れの時には、嗚咽でマスクがハフハフするほど悲しかった。観ながら「いやだ!」と思ったけど、他に方法がなかった。

 だけど今後で良いからさ。MCU版、別ヴァージョンのスパイダーマン結末があったって良いではないか。お喋りで明るいトム・ホランドのピーター・パーカーが今後、世のため人のためだけでなく、自分の幸せを追求したって良いんじゃないだろうか。
 だってさ。スパイダーマンは優しくて、中でもトム・ホランドのスパイダーマンはそれが弱点とさえ指摘されたほどだ。今回もその優しさや道徳心が見せかけのものではないと、彼が中心となって証明して見せた。最終的には力を合わせないと危ないシーンもあったけど。

 トム・ホランドは、SONYと新たな「スパイダーマン」の契約をしていると言う。
 いつだってヒーローには敵がいるし周りは危険だし、誤解だって生まれるものだろうけど、人々に支えられて活躍するそんな世界線のスパイダーマンで、ニコニコな結末を迎えても良いよね。今回の「ノー・ウェイ・ホーム」で本来の自分に戻った人たちがいて、他の2人のスパイダーマンの気持ちも少しは昇華されたのだから、そのために奔走したトム・ホランドのピーター・パーカーだけが全部背負わないといけないなんて辛い。やり直した後の笑顔で終わる彼も見せてくれ!

 あれ。私、肩入れし過ぎてる??


***

 印象に残ったサプライズやイースターエッグの場面を少し。
 キャプテン・アメリカの盾の裏でブレードを振り下ろそうとしたシーンは、「ファルコン&ウィンターソルジャー」を思い出したし、ドクターストレンジで「What if?」を思い出した。MCUドラマも絡めてきて、すべてを知っているときっともっと楽しめる。

 他にもたくさんあった。
 皆が、「あの」ピーター・パーカーで「あの」ヴィラン当人たちだったからだ。三人で喋るシーンで笑い。三人で飛ぶシーンで鳥肌が止まらなかった。別れのシーンも。すべてが素晴らしい演出だった。くすぐりも多かったけど、マーク・ウエブ版「アメイジング・スパイダーマン」を観たら、知識だけではない鑑賞後ならではの面白さがあるのだろう。もちろん遅ればせながら観ますよ!


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