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友達と会いたいなあ

 今のこんな時期だから載せようと思う熟成下書きがある。

        *

 10年来の、中国人の友人がいる。年齢は10歳くらい下で、以前住んでいたアパートの同じ棟に住んでいた。定期的に日本語を習いに来て、日常会話には困っていない彼女とお喋りを楽しんだ。
 
 出会った頃の彼女は、結婚して日本に来てから、子供ができたところ。でも日本語と英語で、専門的な勉強をしたいと日本の大学に通おうとしていた。子供は中国にいる両親に、2年近く預けると言う。

 最初はとても驚き、色々調べたり、周りの人に聞いたりしてみた。同じアパートに住んでいたベトナム人の奥さんにその話をすると「わあ、すごいですね。きっととても辛いでしょう」と言った。でも私なら……つい批判しそうになると、ベトナム人の奥さんが言った。
 「子供と一緒にいたいのは当たり前。彼女はその辛さを感じても、それでも預けてまで勉強したいんですよ。そういう考え方が中国にあるのを私は知っています。理解できるし、そうまでする強い気持ちを尊重したいって私は思います。」
 
 「ああ……」

 そうなんだ。そういった考え方があるんだ。ショックだった。今も私は、やっぱり生まれて1年の子供を2年くらい、離れた国に預けっぱなしなんて、できないだろう。

 ただ中国には、そのような文化も存在するらしい。
 日本だとすぐに噂になって、近所中で「良くない母親」と叩かれるだろう。
 文化の違いとして理解したくて、「その違いを理解したい」と呪文のように唱えても、どうしても気持ちがついていかない。

 そこで彼女と向き合いたくて、この話をした。私は彼女が好き。だからその違いについて、ちゃんと話したかったのだ。

 「日本では一般的ではない考え方で、なかなか私は受け止められないの」と伝えた。私も彼女の考え方を、彼女の口から聞きたかった。

 彼女は、目に涙を浮かべて私の思いを聞いていた。子供とは本当は離れたくない気持ちを話してくれた。ベトナム人の友人が「そうまでしても勉強したい気持ちがあるということ」と言ったのも思い出して、彼女自身をイヤにならない限り、向き合っていこうと思った。

 二人目の子ができた時もやはり1~2年預けていたと思う。その頃はもう日本語のレッスンをしていなかったし、アパートの人間関係のゴタゴタで私を含め、皆がお互いと近づいたり離れたりしていた。
 彼女は私の考え方を知っていて、わざわざ伝えてきたし、私は「そうなのね」とあまり多くの反応を伝えなかった。やっぱりどうしても理解はできない。それでも彼女をイヤにならなかった。

 文化の違いって埋めるのが難しい。もしかしたら埋めなくて良いのかもしれないとさえ思う。理解できないところは「わからない」「理解できない」で構わないのかもしれない。まだずっと考え続けたいテーマの一つ。


 どこが合うと好きなままでいられるか。理解できない部分があっても友達でいられるか。そんな基準は、個人個人違って当たり前。

 今、彼女の子供たちは小学生。
 上の子とは、何度も会ったし、漫画や本を貸して気持ちを分かち合い、そして作文の添削を1年ほど続けた。
 二人とも、感情表現豊かでお母さんに甘える素直な子に育っている。

 ただ子供たち、特に女の子はいじめの対象になりやすい。彼女が中国人であるだけで。そして細くて小さく、大人しいけど自分の意志がしっかりあるところからだった。いじめなんて、理由は何でも良いのだろう。自分たちと違うところを見つけると、その対象になり得る。
 「あなたは私たちと違う。私たちは仲良しだもんねー!」「ねー!」と群れて、異質な子をそこからはじき出してしまう。

 そしてそのお母さんである私の友人もまた、最近、母親友達たちにウンザリしている。「何かに誘われて、子供たちのために顔を出すと‘お疲れさまでした’とLINEがくる。それからもう次々と‘楽しかったです’‘ありがとうございます’ってたくさんラインが流れてウンザリ! みーんな感謝して、みーんな楽しかったって! 喋っても本音がわからない。私だけ正直な気持ちで話していたら、後から他の人から本音が回ってきて、嘘つかれているみたいでイヤ! こんな付き合いやめたい」とストレスをためていた。

 ああこれは、もはや文化の違いなのだろうか。私も実感してきて避けてきた部分だ。
 彼女の気持ちがわかり過ぎて、気の毒に思った。

 彼女とは、お互いの子供の話、親について、自分たちの近況、身体の心配、最近の関心事、自分たちの将来、不安、たくさん話す。うまく通じない時はスマホや、文字を書きながら。お互いの文化の話もしながら。「えー違う!」なんて言いながら。とても楽しい時間を過ごす。
 素直で表情豊かで元気な彼女は、見ているだけでこちらまで元気になってくる。立場の違いも、「でもかわせみさんは、こういうところがあるでしょ?」「そんなの考えなくて良いよ!」などとポジティブに伝えてくれる。
 お世辞だとか社交辞令だとか、特に年下のそれはわかりやすい。でも彼女は、何かを感じて、見つけて、心から話しているのがわかる。
 

 9年前、地震でお互い避難した時も、連絡を取り合った。
 中国と、政治面で不穏な空気が流れた時も、中国人の友だちたちと日本各地でどのように気を遣って暮らしているか話してくれた。

 文化の違いを超えて、話していて楽しい大好きな友達。
 こんなに続くと思わなかった。


        *

 今回の騒ぎの中、彼女と何度か連絡を取った。彼女自身は、今の土地に10年以上住んでいる。フルタイムで日本の会社で仕事もしている。それでも差別されるようなことが今後あるのだろうか。イヤな思いをしないと良いな。日本をずっと好きでいてほしいな。子供たちも心配。

 本当は今年入って、2月に会う予定だった。またゆっくり会って話せる日が来るのを楽しみにしている。


#エッセイ #友人 #友達 #文化 #会いたい

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