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知らないおじさんと見つめ合う~白のプリウスのせい~

 車検代がそろそろ高過ぎるのではと思う頃。8年ほど前だった。コツコツ貯めたお金で、プリウスを買った。
 売り上げ台数、順位は長い間上位。そんな数字を見なくたって、街のどこでも目にするから、他の車と比べて個性がないように言われるプリウス。
 しかも購入する時、内装などマイナーチェンジする直前で、ほしい色が残っていなかった。黒か白。
 黒の車は好みではない。にしても、白のプリウスってあまりにメジャー。少しガッカリしながら、マイナーチェンジ後の値段を聞いて妥協した。

 でもまさか白のプリウスが、こんなにも世の中に多いとは。車の好みに無頓着な私でも気になった。

 個性が埋もれる。
 どころじゃない。

 駐車場で見つけにくい!

 そう。何よりもの弊害はこれだ。

 運転席のドアに手をかけると、キーが開くはずなのに、開かない。

 あれ? なんで??
 と思いながら、何となく様子が違うと気付く。見覚えのない内装。見覚えのない荷物。

 あっ人の車だった!!

 慌てて見回し、自分の車を探す。そばにあると、あはは近かったから間違えちゃったのね私! と少し照れながら乗り込む。
 家族で出かけると、店から出て、各々が駐車場内の、違うプリウスに向かって歩き出すなんて経験もある。

 それぞれの信じる、それぞれのプリウスへ!


 駐車場の車に向かうと、知らないおばさんが私たちの車のドアに手をかけていた時もあった。不思議そうな表情をした後、近づいている私に気づいて「アラ! 間違えたわ。あっはははは!」と笑っている。

 白のプリウスは間違える。


 その日の昼間、一人でスポーツ用品店に行った。
 目当ての物があったかなかったか。もうそんなことは忘れてしまった。店内から出てきて、横向きに止めてある白のプリウスにぼんやり向かった。
 運転席のドアに手をかける。

 開く。

 そのまま勢いよくドアを全開にして乗り込もうとしたら、あら不思議。人の足が見えた。男の人の足だ。

 夫の足? スローモーションのように私の視線が上に移っていく。

 こんな服の趣味じゃなかったのに。
 どうやってここまで歩いてきたのかしら。
 こんな時間にどうしたの。

 えっ。もしかして……サプライズ??(何の?)

 しばらくその顔と向かい合う。


 目の前の信じられない出来事に、私の脳はかつてないほど自分にとって都合よく働いていた。
 そう。見ず知らずの、夫に似ても似つかないそのおじさんを、夫だと思い込みたくて仕方がない。

 おじさんは「何ですか?」と驚いた目をしている。行儀よく足を揃えて座ったまま、顔だけ傾けておばさん(私)を見つめていた。

 もう恋人同士かと思うような見つめ合う時間が流れていたけど、我に返る。

 夫じゃないよこの人。知らない人だ! 
 なんとか認識できた時、息を呑む声を出してしまった。本当に「はっ!」と言った気がする。「はー!」かもしれない。いや「はうっ!」だったかな。「ふわっ!」かも。

 「すみません!」とドアを閉めた。

 私の。私の車はどこですかあああ!!!!!!


 動揺を隠せずあからさまにキョロキョロ首を振って探すと、その車の一台奥だった。
 わーんこんな恥ずかしい出来事、自分一人で感情を処理しきれない。
 友達に電話かメールをしてこの出来事を知らせ、感情を分かち合ってもらおう! カバンの中のスマホを探っていたら、ふと視線に気づいた。

 となりの車の中からおじさんが見ている。

 きっとびっくりし過ぎて、身動き取れないまま私を目で追っていたのだろう。また一瞬見つめ合うおじさんとおばさん(私たち)。いやいやスマホとかしている場合じゃない。
 
 逃げるように車を出した。 

 そのプリウスに乗り始めてもうすぐ10年になるのに、いまだに似た車に向かって歩き出す時がある。
 しかしそろそろ車検代が気になる頃でもあり。次はどんな車を購入するだろう。


#エッセイ #車 #白のプリウス #間違う #夫 #知らないおじさん #キナリ杯

読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。