ドイツからの留学生の記憶
あれは30年くらい前。
高校二年生の時、クラスに短期間の留学生が来たことがあった。
秋に一週間、二週間くらいだったろうか。
向こうの学校の長期休暇を利用して来たとのこと。
学校の休みのシーズンも国によって違うんだな、と思った。
外国語といえば英語しか習ってなかったから、
留学生と聞くとなんとなく英語圏を想像していたら、
ドイツからの留学生だった。
初めて会うドイツ人だったかもしれない。
わりと物静かな感じの子だった。
日本へ留学するにしても、なんでこの田舎の公立校を選んでくれたのか、
不思議ではあったけど、みんな珍しくてわくわくしていた。
その子が来て特に問題もなく数日が過ぎていった。
ある日その子が机につっぷしていた。
泣いてはいないようだったけど、何かつらい気持ちのように見えた。
みんなが遠巻きに心配していると保健室かどこかへ行ってしまった。
担任の英語教師が訳を聞いてきてみんなに説明してくれた。
「体育祭の入場行進を見て、気持ち悪くなっちゃったんだって。
ナチスみたいだって思ったんだって」
ドイツでは戦争の反省からどんな教育がされているか、という話も。
しーんと静まった教室。
誰も予想もしなかった理由。
ドイツの子がみんなそうなのかはわからない。
あの子がたまたま特別に繊細な子だったのかもしれない。
でも私のそれまでの同級生たち数百人の中にこんな子はいなかった。
誰もあの行進をおかしいと思わずにやっているように見えた。
ドイツと日本のその差はあまりにも大きく感じた。
なんだか自分が恥ずかしく思えて、少し日本の未来が怖いと思った。
そのあと、留学生の子も気を取り直し、元気になって、
ドイツ語講座をやってみたりして、楽しそうに過ごして帰国したようだった。
もう顔も思い出せない。
思い出すのは担任のK先生がふんわりした声で呼ぶDという名前と、
校内の木々の間から見上げた秋の空の色。
あの子のおかげで、あのとき少し世界観が変わったなと思う。