98.暗い家

 Cさんが大学一年の時の話である。
 サークル合宿の帰り、先輩Dの車にCさんと同学年の女子Eと男子Fの三人で乗り合わせた。カーナビゲーションなどない昭和の時代だが、配送バイトで都内のあちこちを運転して回っているというDはとても道に詳しかった。
「Fは俺んちのすぐ近くだから最後な。Cちゃんは〇区の学生寮だよね。Eちゃんは△区のXX辺りか。じゃあ最初だな」
 するとEが言った。
「あの、私は△駅で降ろしていただければ。住宅街で道狭いですし」
「いやいや、△駅からだとXXまで結構あるよ?もう8時過ぎてるしさ、もう少し近くまで行くよ。あの辺りはよく通るから大丈夫、遠慮しないで!」
 普段から面倒見の良いDだ。慣れたハンドルさばきで裏道を駆使し、あっという間に△駅周辺に出た。
「ここまっすぐ行って左に入るとXXだよね。合ってる?」
「あ、はい。少し行くとコンビニがあるので、そこで降ろしてください。すみません」
「了解」 
 落ち着かない様子のEを見て、Cさんは
(家族が厳しいのかな?男の人の車で送ってもらうなんて!って怒られるとか?)
 と思ったが、そうではなかった。
「あれ?」
 五分以上走ったがコンビニエンスストアはおろか、店というものが見当たらない。
「なんか……だいぶ暗いね。街灯あるのに。こんな通りだったっけ???」
 赤信号で停止中、しきりに首を傾げるDに助手席のFが茶々を入れた。
「俺らが合宿行ってる間にコンビニ閉店したんスかね?」
「そんなわけないだろ」
 後部座席でCさんも笑ったが、隣のEは黙ったまま外に顔を向けていた。
(何を見てるんだろう)
 CさんもEのいる側の斜め前方を見た。
(なにあれ)
 三角屋根と白壁の二階建ての家。
 異様に暗い。明かりが一切ついていないのだ。
 いや、もはや暗いというより……黒い。
(なんであんなに真っ暗なの?留守にしても何か変。空き家?)
 Eが口を開いた。
「先輩すみません、ちょっとラジオをかけていただけますか」
「え?うん、いいけど」
「ちょうどカセットテープも終わってますもんね、ハイ」
 Fがラジオのスイッチを入れた。
(そうだ、いつの間にか音楽も止まってた。合宿所出てからずっと鳴らしっぱなしだったのに)
 流行りの音楽とパーソナリティーの明るい声が車内に響いた。信号が青に変わったその瞬間、
「お!あったあった」
 前方にコンビニエンスストアの灯りが見えた。
 Eはほっとした様子で、ありがとうございましたと言って降りていった。
 動き出した車の中でDはまだ首を傾げている。
「おっかしいな……なんで見えなかったんだろ?道まっすぐだったよね」
「何気にカーブしてるとかじゃないスか?」
「いや、うーん……」
(二人は見なかったんだ)
 Cさんは迷ったが、結局何も言わないまま寮の前で車を降りた。

 それから数日後。
 午後の授業が終わってから、CさんはEを誘い学内のカフェに行った。
「あのさEちゃん……変なこと聞くけど、この間の道」
 Cさんが切り出すと、Eは即座に
「あの家のことだよね、三角屋根の」
 と言った。
「夜にあの辺車で通ると、たまにああいうことがあるの。なんでかあの家のある通りに出ちゃう」
「え、ホントは違う道だったってこと?」
「道は合ってるんだけど……うーん、なんて言ったらいいのか……あの家に引き寄せられる、迷い込むって感じ?このところは遭遇してなかったんだけど久しぶりに来たなって思った」
 Eによるとその家は、数年前に起きた強盗殺人の現場だという。男二人組に一家四人全員が殺された事件で、全国紙に掲載されテレビでも盛んに報道されたためCさんも記憶に残っていた。
「ちょうどこの間と同じ時間、夜八時過ぎの犯行でね。最初から殺すつもりで押し入ってるから、悲鳴も物音も立てる暇もなく……でご近所の人は全く気づかなかったんだって。犯人はすぐ捕まったけどね。きっと、誰か気づいてほしいって思いが未だに残ってるんじゃないかな」
「怖……でも、なんでラジオをつけたら抜けられたの?」
「ウチの車が迷い込んだ時、父が『こういう時は一服するんだ』って煙草に火をつけてたの。それで『抜けた』ことが何度かあって。でもこの間のメンバーには喫煙者いなかったし、じゃあラジオつけてみるかって……思いつき。とにかく気分を変えるのが大事らしいから」
「あのまま何もしなかったらどうなってた……?」
「わかんない。誰か行方不明になったって話は聞かないから、ほっといてもいつかは抜けられるんだと思う。ただ時間はかかりそうかな……」
 それから間もなくして、件の家は取り壊されたと聞いた。買い手がつかず随分と長いこと更地のままだったという。程なくE一家も遠くに引っ越した。令和になってからようやく何か建ったらしいが、民家なのかオフィスなのかは定かではない。
「今はカーナビがあるからそうそう迷いはしないと思うんだけど、どうだろうね。時々変な道指定されたりするもんね。確かめてみたいけど、ちょっと近づく気にはなれないな私は」
 もうさすがに時効だろうけどね、そうであってほしい、とCさんは呟いて話を終えた。

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「文字として何かを残していくこと」の意味を考えつつ日々書いています。