つれづれ2 謙虚

沖縄のめぐみ(かわいめぐみ)

大切なもの

謙虚が大切だと言われるけれどさて、謙虚ってなんだろうね。毎度亡くなった父の話しで申し訳ないんだけれどわたしが父のことを書くことはある意味浄化なので許してね。当時、父が亡くなったあと父が勤めていた職場にわたしが野暮用で行くことがあってね。そのときにはじめて父の上司のかたとふたりでゆっくりお茶をいただきながら話したことがあって。

きっとあまりにも突然の死だったから(出勤する準備のさなか津波にあっているし)上司のかたも父について話してくれることはもう少ないだろうとおもってわたしもありがたくお茶をいただいたの。

その人が話してくれたことは父は早目に出勤し、誰かの仕事を手伝っていたこと。そしてその間タイムカードを押さなかったという話しだった。

「僕は『タイムカードをつけてもいいんだからね?早く来て働いてくれているんだから』と言ったんだけどね、あなたのお父さんは正式な出勤時間までタイムカードを押さないんだよ」

そんな話しをわたしに教えてくれた。今の時代には不釣り合いな話しだしわたし自身だったらさっさとタイムカードを押してしまいそうなんだけどその話しを聞いてなんだか感動と尊敬の念がわいてね。「ああ、お父さんが謙虚な人でよかった」って胸がきゅーっと押さえつけられたのを今でも覚えているんだ。いろんな人が謙虚になりなさい、と言うけれどわたしには謙虚という言葉はいまいちしっくりこないときもあって。じぶんを犠牲にしながら謙虚でいなきゃ!と意気込んで生きるのは違うよなっておもっていたから。でも、そんなときはこの上司のかたが教えてくれた父の話しを思い出すんだ。

父はじぶんの得意なことやもっている知識を人のために使うことが好きな人で、そんな父がタイムカードを押さなかったのは決して自己犠牲ではなくただ誰かの仕事を手伝いたくてそこにタイムカードという機械的なものや金銭的なことよりももっと深いものを受け取っていたんだ。

実際に、父が入院したときやお葬式には会社のかたが数多く来てくれてみなさんそろって感謝の言葉をわたしたち家族に伝えてくれた。大きな会社なのに代表みずから父のお見舞いに来てくれたこともあって恐縮したことも覚えてる。

生きている間は何者かになろう、大きなことを成し遂げよう、お金を人より多く稼ごうと欲にまみれがちだけど大切なものは死んだあと物質としてではなく誰かの心のなかに残っていくことを父から身をもって教わったんだよね。謙虚という言葉にはいっけん自己犠牲のようなニュアンスを感じてしまいがちなんだけど本来は誰の心にも元々あるもので使うと気持ちいいものなんだろうとおもってる。

その謙虚の基盤みたいな根っこのところには「ゆずれない大切なもの」があってその大切なものをゆるがす場合は謙虚のまえに強い意志みたいなものが存在していてでもすべて大きな愛のなかにあるような。(愛というと照れくさいけど)優しさや思いやり、前回書いた想像力とかすべてこのなかにあるイメージ。

謙虚イラスト

パッと書いてしまったので雑なんだけど「ゆずれない大切なもの」という意志がいちばん強固に重要な気がする。言葉って音をもつから見る人によっては謙虚もネガティブにもポジティブにもとれるけれどわたしは本当に音というかニュアンスに敏感だからじぶんで勝手に解釈してじぶんが美しいと思える意味をこじつけたいんだよね。

さて、横浜のめぐちゃんは謙虚についてどう考えているんだろう。

横浜のめぐみ

謙虚探しの旅

めぐちゃん。謙虚というテーマはもう私の人生のテーマみたいなものだったので、今回思い入れが強くて
なかなかうまく言葉にできないかもしれないけど書いてみるね。

めぐちゃんのお父さまが謙虚なお人柄だったように
私の亡くなった母も「愛と謙虚の大切さ」をずっと大切にしていて
特に癌が至る所に転移してからはよくこの言葉を聞いた気がするな。

でもいまいち謙虚の意味がわからなくてね。
めぐちゃんも言っているように「自己犠牲」的にとらえていたと思う。
というのも何か私が「できた!」ってことがあって(例えばピアノや勉強でいい成績おさめたときとか)
まあ、学生時代だからうれしくてもしかしたら若干母から見たら天狗になっていたとこもあったのかな。
そういう時に「めぐちゃん謙虚にね」って言われていて、私は「できた!ってことがあっても喜ぶのはだめなんだ」って無意識に感じていってしまっていた気がする。


ちょうど学校で「長い髪を自慢してる」とかまあ、今思うとどうでもいいことで無視したり仲間外れにするような子が近くにいて、そういう環境にもあったせいか「自分に自信をもてる喜び」を封印していってた。
そうしたら、まあ自己肯定感が下がる下がる。

悪いことは全部自分のせいに思うし、自分はダメだって思い込むよね。

だけどもうちょっと大人になったときハッと「お母さんはきっとこんなこと教えたかったんじゃないよね」って思うようになった。
じゃあ謙虚ってなにか。謙虚探しの旅の始まりよ(笑)

まずは、「奥ゆかしい」に似た意味だったのかな?と思った。
「大和なでしこ」的な?
でもなんかしっくりこない。

そもそもじゃあ「奥ゆかしい」ってなんだ?
「ゆかしい」が「ゆかし(行くし)」から来て「奥まで見に行きたい」
つまり「慎み深く上品で心ひかれる」「細やかな心配りが見える様子」だそう。

ここで、「心配り」とかのワードが私の中でひっかかる。
そこで「謙虚」も意味を調べると
「控え目でつつましい」「へりくだって素直に相手の意見を受け入れる」

あー、ちゃんとリンクしてるわ。当たらずとも遠からず。

そのころもう母は亡くなっていたからいまとなっては本当に伝えたかった意味はわからないのだけどこうやってだんだん考えていって今は
「自分は世界の一部であって、中心でない。」
「もし人から褒められたり認められるようなことがあれば、それはまず周りの環境や人に感謝する。自分が輝けるのは
自分の能力だけでない。周りの環境や人があってこそ」
というのが私の【謙虚】の意味というか捉え方になってる。

それってめぐちゃんが図に書いてくれた「愛」の中にあるもので「あーだから、母は愛と謙虚ってずっと言ってたのね!」と
母が亡くなって10年以上経ってようやく母の考えに追い付いてきた。

めぐちゃんが謙虚の中に書いた「ゆずれない強い意志」っていうの、まさに亡くなる前の母にはそれを感じていて
痛み止めでボーっといている時間も増えていたんだけど突然しっかりした表情と声で
「めぐちゃん、愛よ愛」「人を大切にしなさい」
とか言われちゃうともううなずくしかないよね。
めぐちゃんの書いてくれた図はまさに亡くなる前の母そのものだったなあと思った。
ありがとう。

しかしなんだか「クリスマス」にぴったりのテーマだわ♪
と「クリスマスソング」を聞きながら書いている横浜のめぐみでした。
まだまだ続く「謙虚探しの旅」


河合めぐみ

小林めぐみ

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