第47話『受験、前半戦!』
ついに中学入試がはじまった。
俺はえんぴつを手に取り、試験問題へと向き合った。
試験1日目、1教科目――国語。
テストを解くときのコツは、中学受験も高校や大学の入試とそう変わらない。
先に問題をチェックしてから、長文を読む。それが国語を解くときのセオリーだ。
基本問題については、落ち着いて解くことさできれば大丈夫。
厄介なのは後半、発想力を問う問題だった。
問題.漢字二字の熟語によるしりとりをそれぞれ完成せよ。
1.利A-AB-BC
2.述A-AB-BC
3.……
うがぁ~、思いつかない!
この手の問題は、大人ほど……漢字を多く知っているほど、逆に難しくなる。
選択肢が増えてしまうからだ。
しかし、ここでうだうだ考え続けても時間のムダ!
思いつかないものは、さっさと切り捨ててあと回しにする。
見直しなどを先にして、脳をリセットしてからもう一度挑戦しよう。
* * *
試験1日目、2教科目――算数。
問題の数がかなり多い。
効率的に解かなければ計算時間が足りなくなってしまいそうだ。
とくに毎年出題される、現在の西暦を絡めた問題。
式に隠れたその数字は一目で見抜かないと、考え込むと時間が溶ける。
そして、なにより厄介なのが図形問題。
中学受験の中でも、もっとも難易度が高いのがこれだ。
いくつかのパターンはあるものの、どの手法が使えるかは柔軟に頭を働かせなければ見つけられない。
大人でもかなり難易度が高く……思いつけば一瞬、思いつかなければ一生だ。
問題.図の四角形ABCDは角A=角B=90度の台形である。
AB=AD、BC=5㎝、角C=30度のときの、台形ABCDの面積を求めよ。
おい、ふざけんな! 難しすぎないかこれ!?
本当に中学受験レベルの問題なのか?
補助線を引くべきか、図形を変形させるべきか。はたまた図形を複製して組み合わせるべきか。
その糸口が見つかるかどうかが、カギになりそうだが……。
* * *
「イロハ、試験どうだった!?」
「んー。おそらく、悪くないと思う」
校門を出るなり、母親が俺を見つけて駆け寄ってくる。
その鼻も、指先も痛々しいほどに真っ赤だ。って、まさか。
「お母さん、ずっと外で待っていたの!?」
「ちがうちがう! 試験中はちゃんと待合室にいたわよ! なにかあったときに呼ばれるかもって話だったし! ただ、終わったあとはいてもたってもいられなくなって、すぐに飛び出してきちゃって」
「もう。もし風邪引いたらどうするの? それこそわたしが試験に集中できなくなるでしょ」
「ご、ごめんね。でもほらこれ! 待合室に貼ってあった今日の試験問題! もしかしたらイロハが自己採点に使うかもと思って、書き写しといたわよ! 撮影禁止だったから手書きでちょっと読みづらいかもだけど」
「ありがとう。けど、次からはちゃんと待合室で温かいものでも飲みながら待って……ぶぇーっくしょん!」
「あら、また花粉? 薬も飲んでるし、今日は気温も低いからマシだと思ってたんだけれど」
「……あ~、お母さん。マズいかも」
「え?」
「なんか、めっちゃ寒い」
「えぇええええええ!?」
よりによってこのタイミングかー。
俺は自分のツイてなさに天を仰いだ。
* * *
「ぶぇーっくしょん! ……あ゛~」
試験2日目、1教科目――理科。
ズルズルと鼻水の音を鳴らしながら、俺は答案用紙に向き合っていた。
気温の上下に身体がついていかなかったらしい。
もともとこの身体は体育の成績がダメダメな程度には、体力もないしなぁ。
半分は運動嫌いな俺のせいだけれど。
鼻水の音がまわりの生徒の迷惑になっていなければいいのだけれど。
と、わずかに視線を上げたとき。
「おえぇえええ!」
すこし離れた席でひとりの生徒が嘔吐し、倒れた。
講師がすぐにやってきて、慣れた様子で処理していた。
鼻水、どころの状況ではなさそうだ。
……受験は戦争。
その言葉はあながち間違いではないのかも。
己と、そしてストレスに勝たなければならない。
小学生という未熟な身体と精神にとっては、あまりにも酷な戦いだ。
俺も負けてはいられない。
問題.地球上から月を見る場合を考える。
北半球においてこの月の中心が見える範囲は、北緯何度までか?
なお、月の中心から地球を見たときの大きさ(角度)は2度であったとする。
俺は問題を見て思った。
これもはや理科というか算数の問題だろ!
あー、ダメだ。
そう難しい問題ではないはずなのに、うまく頭が回らない……。
* * *
試験2日目、2教科目――社会科。
解答欄を順番に埋めていく。
当然のように時事問題が組み込まれていた。
問題.以下の空欄に当てはまる言葉を書け。
ロシアとウクライナは1991年まで( A )という15の国から構成された国々だった。
ロシアの( B )政権は、アメリカ主導の軍事同盟である北大西洋条約機構( C )へのウクライナ加盟に対し……。
これくらいなら、と思っていたらそこから両国の気候を絡めた問題へと発展した。
暗記力だけでなく、理解力や思考力が要求される問題だ。
知識と知識を繋げてものごとを考えられるか? と問われている。
「はぁ……、はぁ……」
視界がぐわんぐわんと揺れていた。
頭がうまく働いていないのがわかった。
それでも俺はなんとかペンを走らせた。
そして、試験終了時間を待たずして限界を迎える。
最後の問題をなんとか埋めたと同時、俺は意識を手放した――。
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