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若い時に接した立派な人たち 仕事が出来る人は人柄も良い

若い時、特に20代の頃というのは本当に、なんっも考えてない アホだとつくづく思う。

自分も20代の頃を思い出すと全くその通り、なんっも考えていなかった。

ただなんとなくその場の考えでテキトーな仕事をしていた。

買ってもどうにもならない山林を投資だと称して売りつける悪徳不動産屋とか、

総会屋みたいな出版社とか、怪しげなバーのマネージャーとか、

2,3年ごとに転職しては、へんな会社で働いていた。

一番マトモな仕事は潜水夫とかトラック運ちゃんだったと思う。

自分の場合、高校生の時にも既に働いていて、新聞販売店に居た。

配達の他に集金や勧誘もしていた。

新聞の勧誘で飛び込み営業をした時とか、不動産屋で農家に飛び込み営業に行った時とか、

訪問先の奥さんの噂話を聞くと色々な事が解った。

あの人は「手広く商売をしていて」とても立派な人だ、とか、

あの人はたくさん土地を持っている立派な人だ、とか、

なんだか良く解らんが、とにかく金を稼いでいる人は立派な人だと

思い込んでいる様な風潮を良く感じたものだった。

あの頃はまだ、どの家も必ず新聞をとっている時代だった。

多くの人は別に記事など殆ど読まず、テレビ欄だけしか見ない人も多かった。

なので、朝日だろうが読売だろうが、赤旗だろうが聖教新聞だろうが、

別になんでも良いのだった。

新たに新聞を契約をすると洗剤を貰えたりするので、

毎月新聞を代えている人が結構居た。

高校生から見ても「さもしいなあ」と思うのだった。

そんな風に世の中を見ていると、なんとなく世の中の概要が見えてきた。

新聞をとっかえひっかえして洗剤を貰っている様な家はだいたい共産党とかの支持者で、

「あの人は手広く商売をしている」とか言う人の家はだいたい自民党支持者だったりする。

そして、支持政党を一度決めてしまうと、何があろうが絶対変えない様なところが有った。

選挙になるともう大変で、あの人に投票しなさいと物凄い圧をかけられたりした。


新聞販売店に住み込みで働いている同僚がヘンな新興宗教に入ってしまった事が有った。

それはアブナイからやめろ、とみんなで説得したけれど、

頑なに拒否してどうにもならなかった事も有った。

不動産屋に勤めていた時の同僚は自分も含めてみんな「カネねえなあ」が口癖だった。

1000円しか持ってねえ、なんて言う事も多かった。

同僚と二人で1000円ずつしか持っていなくて、よし、勝負するか、とか言って、

パチンコ屋に入って負けて一文無しになる事も有った。

潜水夫をしていた時、仕事の大半は工事だった。

岸壁の工事とか水の中でやる工事なのだ。

工事現場に居ると、とても色々な人が居て、かなり勉強になった。

1か月くらい飯場に泊まり込みだった事も有る。

テレビや映画で見るそういう場所というのはだいたい、作業着に腹巻して鉢巻きして、

酒と賭博が大好きな荒くれ男、みたいな描き方をされる事が多いが、

実際はそんな事はなく、とても大人しくて真面目な人とか、酒は飲むが賭博はしない人、

とても優しくて朗らかな人、要するに、「いい人だなあ」と思う様な人がたくさん居た。

そして、ベテランたちの仕事のリテラシーの高さにはいつも驚かされた。

段取りを考えて効率よく動く、危険を察知するのが早くさっと動く、

身体を惜しまず黙々と働く、いつも明るく笑いが絶えない、、、

若い自分はそういう人たちを心から尊敬できた。

こういう経験をしてみて、立派な人というのは、カネを稼いでいる人でもなく、

学歴が高い人でもなく、周りの人と仲良く出来て仕事をきちんとする人だ、

という思いが強くなった。


高校生の時に結構長い間レストランでバイトをしていた事が有った。

ウェイターという仕事は若い人間にとって、とても良い勉強になると思う。

忙しいから効率よく動かなければならないが、それでいて丁寧に動かなくてはならないし、

次のお客が来て、テーブルを急いで片づけなくてはならない時に

お客から声をかけられれば、まずはお客を優先する、

という様な優先順位も心得なくてはいけない。

料理を運んだ帰り道には下げ物をして帰って来るという効率の良さと丁寧さを

両立させなければならない訳で、これは若い人間にとってはとても良い勉強になると思う。

高校生の男の子が良く働くので、自分はとてもかわいがってもらえたものだった。

チーフから色々な料理の作り方を教えて貰ったりもした。

閉店後はみんなで徹夜で麻雀をした事も良く有った。

お子さんを持っている人は是非ウェイター、ウェイトレスのアルバイトを

勧めてあげて欲しいと思うけれど、

最近の飲食店はみんなマニュアル化されてしまっていて、

あまり勉強にならないかもしれない、、、。

あまりマニュアル化しないで、きちんとテキパキ仕事をする人は

どんどん給料を上げる様にならないものかと思ったりする。


トラックに乗っていた時はとても忙しかった。

サボっているヒマは無く、一日中ずっと急いでいたものだった。

トラックの運ちゃんたちも真面目で黙々と仕事をする人が多かった。

あの頃、佐川急便は「仕事はキツいが凄く稼げる」ので有名だった。

だいたい2,3年佐川で働いて金を貯める、と言う人が多かった。

自分も佐川で働いた事が有ったが、朝早くから夜遅くまで、

時には夜遅くなりすぎて夜が明けてしまう事も良く有った。

あの頃の佐川の仕事は配達もするし、営業もするし、集荷もするのだった。

小さな製造業の会社など、納期に間に合わせる為にぎりぎりに出荷する所も多く、

佐川さん、頼む、もうちょっと待ってくれ、あと2時間後に集荷に来てくれ、

なんていう要望を聞いていると、どんどん仕事時間が遅くなって、

結局夜が明けてしまうのだった。

会社からは早く帰って来いと言われる一方、お客からは頼まれて遅く集荷に行く。

それでも、ほんとに助かる、ありがとう、と言われていると

だんだん自信のようなものが生まれて、仕事に対する情熱も高くなるものだ。

そんな経験をした人間からすると、

「ブラック企業」とか言って文句を言っているのがバカみたいに思えてしまう。


なので今の「働き方改革」などと言って色々な制限を設けているのを見ると、

ちょっとおかしいと思えてならない。

ろくに働いた事も無い人間がそんな法律を作って世の中を弱くしていると思う。

思い切り働きたい人は働ける様にするべきだろうと思う。

仕事はキツいけど給料が高い、とか、仕事は楽だけど給料は安い、とか、

はっきりさせて個人が選択できる様になっていれば良いのだと思う。


トラックの速度制限をするのも違和感を感じる。

トラックというものは、積み荷の状態で全然違う。

空荷の時は不安定だし、満載の時も不安定だが、半分くらい積んでいるととても安定する。

状況によって違うのだから、一律に80キロなんて制限をするのはちょっとおかしい。

そもそも高速道路で80キロしか出せないというのはあまりにも効率が悪い。

満載していると100キロ出ない事も有るし、

半分積んでいれば100キロで走っても安定していて危険は少ないことも有る。

政治家や役人が机上の空論で世の中を制限するのにはいつも違和感を感じる。


さて、静岡県の川勝知事が

野菜を売ったり牛の世話をしたりモノを作ったりするのとは違って、皆さんは知性が高い

と言って批難された。

昔から、学者、先生、役人などについて、一度も世間に出た事が無く常識が無い、

などと非難される事が多い。

今のこの世の中になってもまだ、学者などにはびっくりする様な常識が無い人達が居る。

自分が一番優れている人間なのだと信じて疑わず、上から目線でものを言う。

それだけで十分常識が無い、世間知らず、という批判が成り立つ。

学者や役人だけでなく、もっと広く、普段スーツを着て仕事をしている人達でも、

同じような所が有る。

とにかくブルーカラーの事を知らないし、

ブルーカラーは知性が無い人たちだと最初から思い込んでいる。

そして、学歴が高いと偉いと思ってしまっている。

これこそ本当に常識が無い世間知らずと言っていい。

学歴が高いというのは結局のところ、受験勉強が出来たというだけの事だ。

日本の大学が、入るのは優しいが卒業するのが難しい様に出来ているのならまだしも、

そうではないのだから結局は受験勉強だけの事だ。

作業着を着て現場で働いている人にはピンからキリまで居るが、

優れている人の質の高さを見たほうが良い。

知識や経験が有り、身体を動かす能力も有り、

作業員たちと毎日接して人間性も素晴らしいからだ。

若い時の自分が、訳も分からずテキトーに仕事をして接した人達は、

変に威張ったり見栄を張ったりせず、周りの人と仲良く接して、

仕事はきちんとする人がたくさん居た。

そういう人たちに触れて、若い自分は本当に勉強になったと思う。

実に良い社会勉強でも有った。



自分の愛読書であるサン・テグジュペリの著作の中に、

尊敬する先輩のパイロットを評したこんな言葉が有る。

「ギヨメ君、きみは自分の敵に挑みかかるにあたって、いきなりまず相手を嘲笑したりする必要を感じたりする男ではない。
性質(たち)の悪い暴風雨(あらし)に直面した場合、きみは判断する。
「これは性質の悪い暴風雨だ」と。
きみはそれを正面から受けて立ち上げり、きみはそれを測る。」

これは自分を過大評価したり、過小評価したりせず、

現実をそのまま受け止めて、感情に流されず、思い込みをせず、

ありのままに対応する知的な平常心を持った男だ、

という意味だろう。


仕事というものは、一生懸命やればやるほど自分の為になる。

人間は仕事によって成長する。

仕事に貴賤は無く、スーツを着てする仕事だけが仕事ではない。

高層オフィスで仕事をして夜は六本木に飲みに行くのが勝ち組ではない。

作業着を着て仕事をし、みんなから慕われ、貧乏でも幸せな家庭を持つのも

立派な勝ち組だ。


日本では昔からヨーロッパの様な階級社会とは違って、

ブルーカラーの仕事に敬意を持つ文化が有る。

イギリス人が日本の食堂に入って、ブルーカラーもホワイトカラーも

一緒に食事をしているのを見てショックを受けたという話を聞いた事が有る。

日本では昔から職人さんは尊敬されたものだ。

ホワイトカラーの人はもう少し、ブルーカラーの事を知ったほうが良い。

逆にブルーカラーの人はもっと、知的好奇心を鍛えたほうが良い。


自分はもう仕事を引退して年金を貰ってアルバイトをしている身だ。

オフィスの掃除のアルバイトをしているのだけれど、

朝早く掃除をしていると、出勤してきた若いサラリーマンたちが、

自分に向かって「おはようございます」と挨拶してくれる。

とても嬉しく思う。

挨拶して貰えたのが嬉しいのではなく、日本もまだ、こういう文化が残っているのだ、

という事が嬉しいのだ。日本もまだ捨てたものでは無い。


みなさん、どんな仕事をしていようが、

きちんと仕事をして、周りの人と仲良くしましょう。

そういう人を立派な人、と言うのだと思います。

それが自分にとっても一番得になるのです。





バカな人々 目の前の人参しか見えない人々

大人を褒めて育てる 責任感と誠実さ

我慢が出来ない人々 人間は社会で生きるもの

お百姓さんありがとう 国を支えるのは誰なのか

ブルーカラーのすすめ

大学不要 790校も要らねえ


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