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『夏への扉』の次に読むなら、まずはハインラインのジュヴナイル



ハインラインの作品には、物議をかもしたり、評価の割れる物語などもさまざまに入り混じっています。
たとえば『夏への扉』を気に入って、似たような雰囲気の作品を期待して読んでみたら…思っていたのとぜんぜん違った!なんてこともよくあるみたいです。

予想を裏切られても、楽しく読めたのならいいのですが、期待はずれで、他のはもう読む気がなくなった、なんて思うような作品を選んでしまうとかなしいですよね。

そんなわけで、『夏への扉』タイプの作品が好きなひとへのおすすめ。1冊完結であまり長くなく、誰が読んでもそうまでハズレはないだろうハインラインのジュヴナイル作品はいかがでしょうか。

★レッド・プラネット
★ルナ・ゲートの彼方
★スター・ファイター
★宇宙に旅立つ時
★宇宙の呼び声
★ガニメデの少年
★銀河市民
★スターマン・ジョーンズ

ほかにもありますが、初心者にも抵抗なく読みやすいのはこの辺りでしょうか。

ジュヴナイル以外なら『ダブル・スター』(中編)や『フライデイ』(上下巻)なんかも読みやすくて、オリジナリティにあふれた作品です。


ハインライン作品を多く邦訳した作家で翻訳家の矢野徹氏は、『獣の数字』のあとがきでこう書いています。

面白い小説を書く作家は数限りなくいる。だが、影響を受ける作家は少ない。ロバート・A・ハインラインは、その数少ない作家の中での傑出したひとりだ。

©️ ロバート・A・ハインライン『獣の数字①』訳者あとがきより引用

わたしもまったく同じ意見です。
ハインラインをよく知らないひとにも、どうにかしてそれを伝えられないかとこのnoteを書いているのですが、どうやら「ものには順序」というものがあることが最近になってわかってきました。

もしもまだ『夏への扉』しか読んでいないのなら、まずはおすすめのあれとこれとそれを読んでみる。そうやって一連のハインライン作品についての知識や登場人物のつながりを知る。
そうすれば、彼の最後の長編も、矢野徹氏のあとがきも、より一層感慨ぶかく読むことができるんじゃないかと思うのです。


ハインライン最後の長編となった『落日の彼方に向けて』は、晩年の作だけに、題材も作風も『夏への扉』とはずいぶん異なります。
おなじ作家の手による作品も、若いころに書いた作品と、年齢やさまざまに経験をかさねてから手がけたそれとでは、違っていて当然ですよね。

おなじことは読み手の側にも言えるのではないでしょうか。
作風の変化やギャップだけでなく、作者が作品のなかで積み重ね、描きつづけてきた歴史にしても、読者が作者とおなじそれを共有し、詳細に知っているのといないのとでは、次に読む作品への理解や感動さえも違ってくる気がするのです。

そして、わたしたちはみな、それからのちも幸せに暮しました、とさ。

『落日の彼方に向けて』のラストはこの一行で終わります。わたしはこれを「ハインラインの創造した未来史が完結した結びの一行」だと受けとりました。
なので、やはりハインライン初心者には、いきなりこの最後の作品を読むことはお勧めしたくないのです。

それに、ハインライン作品についてあまり詳しくないひとの場合は、この作品には多少の説明を必要とするだろう問題がふたつあります。

まずこの作品の主人公は、昔も今も熱心なSFファンはあまり多くないだろう世代の既婚女性(主婦)です。
ようするに、SF小説を好んで読むような層にはちょっと感情移入しにくいと思われる主人公であることがひとつ。
もうひとつは、この物語は現在進行形で書かれている部分はまぎれもなくSFなのです。が、内容は現在よりも主人公の過去の記憶やエピソードのほうにウエイトを置いている点です。

つまり、物語が現在進行形で書かれている部分では、主人公は異なる時間軸の未来世界に存在する「とある組織」の一員で、事故に巻きこまれて多次元世界のどこかで行方不明になっている…という危機的状況にあります。
彼女がどうやって窮地をぬけだし、どうすれば自分がここにいることに仲間に知らせることができるのか…こうした部分ではこの物語は完全にSFです。

が、一方でこの物語は、主人公がまだ多次元宇宙の存在すら知らず、彼女が生まれ育った時間軸の惑星で過ごした歳月を追体験するかのごとく詳細に描いています。
ようするに物語は過去の部分のほうが大半を占めていて、その合間に危機的状況に置かれた現在のシーンが混ざりこんでくる…という構成で書かれているのです。

なのでSF作品を読むつもりでこの本を手に取った読者は、1882年に生まれて20世紀のアメリカ社会を生きた当時の若い女性のロスト・ヴァージン事情だの、彼女の結婚生活だの子どもたちの成長だの、さまざまな男性遍歴だのといった、SFでもなんでもない部分が延々とつづく物語を読みながら目が点になるか、途中で頭をかかえることになるかもしれません。

これを面白く読めるのは、彼女が語る内容そのもの(編集者によって赤裸々な描写は大部分がカットされたらしいですが)をSFかどうかもそっちのけで楽しむような人々か、彼女が何者であるのかを知っており、べつの物語とのつながりも承知しているハインライン作品のファンぐらいのものでしょう。
少なくとも『夏への扉』の次にいきなりこれを読んでしまうと、作品の内容に疑問をいだいたり、ハインラインという作家について誤った印象をもってしまう可能性があるので、ハインライン初心者には、あまり急いでこれを読むことはお勧めしません。

『落日の彼方に向けて』あらすじ

主人公のモーリンは、4000年以上を生きるとされるハワードファミリーの最長老ラザルス・ロングことウッドロウ・ウィルソン・スミスの母親です。

じつは彼女は、ラザルスがはるか昔に亡くしていたはずの母なのです。
彼女はラザルスが異なる時間軸に存在する遠い未来から自分が生まれ育った時代へ戻ってきて、正体を隠して別人になりすましていた一時期、彼の正体がまだ幼い息子と同一人物だと知らぬまま恋におちた女性です。
ちなみに時間軸を超えた未来でのモーリンは、亡くなる前に未来からやってきた人々に救出されたおかげで今も生きていて、処置を受けてふたたび若返って彼らと暮らしているのですけどね。

100歳の誕生日の目前で事故死してしまうはずだったモーリンが、異なる次元の未来からやってきた仲間たちに救出されるのは『獣の数字』でのことです。
必要不可欠というわけでないにせよ、べつの作品とのつながりや人物相関図も知識として知っている読者でないと、何故ハインラインの最後の長編の主人公が中年の主婦になったのか、おそらく理解不能ではないかと思われます。

この作品はハインラインの入門編としてはお勧めできないと訳者あとがきに断りがあったのは、『獣の数字』だったと記憶していますが、『落日の彼方に向けて』も同じくで、こちらはさらにハインライン初心者には向きません。
なので、『夏への扉』を読んで、他の作品も読んでみようと思うのならば、わたしはハインラインが初期に書いたジュヴナイル作品や短編集をお勧めします。
いきなり『獣の数字』や『落日の彼方に向けて』を手に取ってしまうと、十中八九「なんじゃこりゃ〜ッ!?」って思うことになると思いますから。


わたしがnoteでハインラインについて書こうと決めたとき、とにかく「これは必ずどこかで書いておかなくては!」と最初から決めていたのがこの部分で、半年近くかけてようやくここまでたどり着いたことに少し安堵しています。
単なる個別の作品レビューや読書感想文などではなく、なにかと物議をかもす作品も多かったハインラインの作品全体についてトータルに語ることで、彼の作品の真価を伝えたい…そんなささやかな野望があったので(笑)

とはいえ、それまでnoteでハインライン作品についてほとんど語ったこともない人間が、いきなり知ったかぶりでおすすめなど書いても、誰も気にもとめないでしょうからね。
まずはハインライン作品をここで取り上げて、それについてひとつずつ書くことから始めました。

これは映画化等で話題になっている『夏への扉』からハインライン作品に興味をもった人々に、彼のほかの作品にも興味をもってもらうのが目的でした。

どんなきっかけからでも、ハインラインの作品を手にとってくれるひとが増えれば、それでいいのです。
たとえば(レビューにはいろいろ書かれてたけど…おもしろいのかな?)とか思っていただければ、当初の目的は達成です。

数ヶ月かけて、お気に入りの作品をいくつか紹介してきましたが、まだここで取り上げていない作品もあります。
この先も折にふれて書いていけたらいいなと思っています。

わたしはロバート・A・ハインラインという作家も、彼の物語も大好きなのです。


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