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「子どもの居場所」~川崎市子ども夢パーク視察

埼玉県のとある町のフリースクールに通う子どもたち(&お母さんたち)と

神奈川県川崎市にある「子ども夢パーク」に行ってきました。

学びの記録です。


1.「川崎市子ども夢パーク」

川崎市子ども夢パークは、

子どもたちにとっての居場所。

どんな施設なのかうまく説明するのが難しい

子どもたちが自由に思う存分遊べる公園のような

でも学びの場でもあり

親を支援する場もあり

子どもが(の)『今』と向き合う場でもあるのかな

ちなみに、わが子は

「オレたちの保育園の大きいバージョンだねっ!」

と話していました。

NHKさんの「ドキュメント72時間」で

「“どろんこパーク” 雨を走る子どもたち」というタイトルで取り上げられました

ちなみに、

この放送が2022年の年間ベスト1に選ばれたそうです!

ドキュメンタリー映画にもなっています


2.「フリースペース『えん』」

夢パークの中には、

学校・家庭・地域の中に居場所を見いだせない

子どもや若者が安心して過ごせる居場所

「フリースペース『えん』」もあります

3.西野さんのお話(書きとめメモ)

 認定NPO法人フリースペースたまりば理事長・西野さんからスライドを使って、フリースペース「たまりば」・「子ども夢パーク」についての理念や居場所の作り方、現在までの活動の中で得られた子どもとのかかわり方等についてお話いただきました。
話の中で気になってメモをしたことをまとめていきます。
こんなにメモをとったのは久しぶり。

〇「不登校」というコトバはあと数年でなくなる
・「不」というコトバのネガティブイメージ

〇フリースペース「たまりば」の設立のきっかけは、
「ぼく、もう大人になれない」という小学生の言葉を聞いたこと

〇不登校の急増(2022年10月文部科学省)
・不登校の小中学生 24万4,940人、過去最多25%増

〇義務教育(小学校・中学校)、いじめの発生件数が多い学年
小学校2年生→小学校1年生→小学校3年生

〇子どもの自死、過去最多(2023年3月厚労省)
・小中高生の自死 512人
 →毎日1人以上の子どもが自ら死を選んでいる現実
・たかが学校で子どもは死んでいく、
 大人が変わらないといけない大人が子どもを追いつめている

おとなの「不安」子どもの「自信」を奪っている
・「完璧」「正しさ」を求めすぎる家庭
・弱音が吐けない家庭環境→つらい→怒り→暴力やいじめ

「川崎市子どもの権利条例」
川崎市子どもの権利に関する条例
・第27条
 (子どもの居場所)
第27条 子どもには、ありのままの自分でいること、休息して自分を取り戻すこと、自由に遊び、若しくは活動すること又は安心して人間関係をつくり合うことができる場所(以下「居場所」という。)が大切であることを考慮し、市は、居場所についての考え方の普及並びに居場所の確保及びその存続に努めるものとする。

〇「子ども夢パーク」づくり・公民協働によるフリースペースづくり
・子どもの声を聞いてつくる
・当事者の声を聴く

〇学校教育以外での学習権の保障
・学校教育にこだわらない生活からの学び

〇子どもの育ちの3要素
「遊ぶ(play)、学ぶ(learn)、ケア(care)

「やってみたい」ことに挑戦できる場づくり
・「禁止」の看板は禁止
・火・水・土・工具が使える
・自分の責任で自由に遊ぶ

〇焚火
・災害が起きたとき誰が炊き出しをするか?
→火起こしできる子どもを育てていく

〇安全な場
・リスク:見える危険→取り除かない、見守る
・ハザード:見えない危険→大人が取り除く

〇子どもにとって「遊ぶ」こと
 =「生きることそのもの」

〇遊びは子どもの主食です( 日本医師会・日本小児科医会)
チラシ

安心して失敗できる環境づくり
・「ケガ」、「失敗」を恐れるのではなく
・「失敗」を重ね、乗り越える力を育てる

〇「不登校」や「ひきこもり」は誰にでも起こりうる
・大人たちの不安が子どもたちを追いつめる

〇大人にも繋がる「場」が必要
・「生まれてくれて、ありがとう」、「あなたがいてくれて幸せ」
 →まずは、大人が幸せになること、幸せでいること

不登校≠学校嫌い
・学校が安心できる場じゃない
・行かない理由は自分でも分からない
不登校は問題行動ではない(文科省の考え方)
・自分にとって大切な意味のある時間だったと思えるように周囲が支えてあげることが大切
 →「子どもはみんな安心・安全な学校
   楽しい学校を求めている」

『大丈夫』安心の種をまく
 →自然と欲が出る→自分の頭で考える→自分の足で歩き出す

〇フリースペース「えん」
・理念:「生きている」ただそれだけで祝福される
・子どもの居場所づくり
「なにもしない」を大切

〇フリースペースで元気を取り戻した子ども
・学校の先生は悔しがった
 「なぜ、あの子の良さを伸ばすことができなかったのか」
・学校は少しずつ良い方向に変化
 →子どもも少しずつ学校へ通えるようになっていく
・学校(校長)に変わる勇気があれば、変わることができる
・校長裁量

〇インクルーシブな状況は子どもを元気に
・誰かの役に立つことの重要性

〇スタッフ「研修」で大切にしていること
・一番大切なことは、自分の問題に気づくこと
・どんな時に怒りや悲しみが湧くのか
・子どもに対してありえないと感じたときの
 自分のものさしは何だったのか
・子どもの問題 or 自分自身の問題

4.施設見学

まずは、フリースペースから。
窓から覗くと、良い意味でぐちゃぐちゃでまざりあっている子どもたちの姿がありました。

次にプレーパークへ。
子どもたちが自由にのびのびと遊んだ形跡がたくさんありました。

どろ山やかまど、奥に進むと緑に覆われ、ちょっと森の中に来たような空間もありました。
入口から一番離れたこの空間が妙に落ち着くというか何というか。
ちょっと気持ちが落ち着かなかったり、仲間とうまくいかなかったときに、クールダウンできそうな場所でした。

ログハウスの裏を通り、全天候型の広場に向かって歩いていると、猛スピードでチャリンコが向かってくる。
「おっ、〇〇くん発見!」と言うと、超~ご機嫌な表情で「×××~!」(何を言っていたか聞き取れず…)通り過ぎていく。
2ケ月ぶりの再会!笑顔にパワーをもらいました。

全天候型の広場や音楽スタジオを通り、施設をぐるっと一周終了。

この他にも室内には、乳幼児や障がい者優先の部屋、ゆっくり過ごせる交流スペースもあります。

西野さんのお話の中ででてきた「安全な場作り」を実践している施設を支えるスタッフさんの姿も見ることができました。

5.ヤヌシュ・コルチャック(ポーランド)

西野さんのお話の中でちょこっと出てきたコルチャック先生について
メモしておこう。

大学の時にお世話になった先生が紹介してくれたっけな。

教員だった頃、教室の本棚に
『ぼくたちに翼があったころ~コルチャック先生と107人の子どもたち』
置いてたっけな。

そろそろ、長女は読めるかな。一緒に読もうかな。

ヤヌシュ・コルチャック(ポーランド)
・医師として、孤児院の院長として、児童文学家として子どもたちのために尽くす
・1989年に国連で採択された「子どもの権利条約」に大きな影響を与えた歴史上の人物

コルチャック先生のこどもに対する考え方

親として、子どもと接する中で大切にしたい考え方

『子どもには失敗する権利があります』

『子どもはすでに人間である』
子どもは、だんだんと人間になるのではなく、すでに人間なのだ。人間であって、操り人形ではない。
彼らの理性に向かって話しかければ、私たちのそれに応えることもできるし、心に向かって話しかければ、私たちを感じとってもくれる。
子どもは、その魂において、あらゆる思考や感覚をもつ、才能ある人間なのだ。

子供を理解することは、大人自身が自分をいかに理解するかである。
子供を愛するとは、自分自身をいかに愛せるかということ。
人は誰しも大きな子供だから。

『子どもとの経験は、私を豊かにしてくれる』
私の見解や、私の感性の世界に影響を与えてくれる。
私は子どもから指示を受け取り、自身に要求し、自らを叱責し、自分に寛容さを示すか、あるいは、身の証しを立てるかする。
子どもは私に学ばせることもあるし、私を育てることもある。


6.終わりに

学校から離れて
見えてきたことがたくさんある。

学校で伸び伸びと生活できる子どももいる。
でも、学校に適応できない子どももいる。

違うな~、学校が適応できない子どももいる。

その子どもにとって一番の居場所はどこなのか。
親も子も学校も一緒になって考えられたらなぁ。

2階からプレーパークを眺めていると、土と泥山と大きな水たまりを見て自分が育った保育園を思い出した。

さくらさくらんぼ保育の実践をしていた保育園に通い、
素足で野山を駆け回っていた。
母が保育士として系列の園で働いていたため、家から40分くらいかかる保育園に通っていた。(ちなみに母は今でも現役)

とてつもなく高い竹馬に乗ったり、山登りに出かけたり。
一番覚えているのは
どろ山、どろんこ、水遊び。

そんな生活から学校生活へ。
180°違う世界が待っていたなぁ。

今でも覚えている・・・

入学した当初、自分の下駄箱にだけシールが貼られていた
(=名前が読めなかった)。

靴下を履くことに慣れない、
じ~っと座っていることに慣れない、

「何という世界なんだ。」と思っていたはず。

自分が親になり、子どもも同じ系列の保育園に通わせた。

小学校5年生になった長女は今でも、「保育園に戻りたい」という。
やっぱり、子どもも小学校に慣れるには苦労した。

長女は上履きを履くことを忘れ一日過ごしたこともあったそう
(たまに嬉しそうに話してくれる)。

「学校つまらない」とポツリと話すことがあると、色々考えちゃうな~。

家に帰り、夕食を作りながら子どもたちに今日の夢パ訪問の話をしてみた

「トートだけズルッ!オレたちも行きたかったよ~!」と長男。

「休みの日ってさ~混むでしょ?」

「オレたち、人多いとこ嫌いなんだよね~」

「ね~38~、いつ行く?」(38=姉)

「ん~、バ~バの保育園の庭で良くない?」とお姉。

「まぁ~そうね~」

えっ、それで納得しちゃうの。。。

彼らの中には夢パークがあるってことか!

4,000字超えてる。

充実した時間でした。


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