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20200101の所感と「お互い様」

例えば目の前に人がいたとして、その人に対して「お互い、生まれたくて生まれたわけじゃなくて、それでも何とかもがいて生きている人間同士なんだな」って、常に思えるようになるのが一つの精神的成長のゴールなんじゃないかって思ってる。相手が課長でも、社長でも、やくざでも、赤ちゃんでも関係ない。等しく人間初心者として尊重する。

お互いなんとかやってくために人は働く。俺は営業という仕事に従事する。電話して断られる。訪問して断られる。それはお互い様だ。御社の営業だって同じことをしているんだ。悪いことなんかじゃない。みんな、生きるためにやってるんだ。俺だってそうだ。他人に迷惑をかけながら、なんとか生きていくために、営業という仕事を選んで、働いているんだ。自分という存在がちょっとでも社会の役に立てたらいい。自社という枠組みだけじゃなく。広い視野で。ちょっとでも社会の役に立つために、俺は勉強する。働く。行動する。少しいやだなって思っても、その先で達成感が得られることを信じて、働く。みんなで、この世の中をすこしでも明るくするために。
人は死を避けられないという点で圧倒的に不幸だ。それだけは互いに共有している。お互い様なんだ。

相手の時間を有意義なものにするために、すこしでも「盗人」にならないように、自分を高める。自分と関わることが、相手にとって少しでもプラスになってくれたら。これほどうれしいことはない。まあ、盗んでも、盗まれちゃっても、お互い様だ。

そう思って、今年は働けていけるだろうか。

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