【連載小説】浮力(ライトブルー・バード<8.5>sideヒデミ)
前回までのお話です↓
そしてヒデミとヒロキのエピソードはコチラ↓
☆
真柴ヒデミは今、かなりイラついていた。
(コーヒーが不味い!!)
正確に説明すればコーヒー自体は不味くない。店側に罪はなく、自分の味覚が不機嫌なだけいうことは分かっている。そしてその原因も…。
今、 彼女の目の前には同級生男子が座っている。そう…原因はコイツだ。
呼び出されたカフェの一角。「LINEで済ますことは出来ないか?」とヒデミは打診したものの、相手は「会って直接話をしたい」との一点張りだった。
だからこうして渋々出向いたのだが、相手は他愛もない世間話を長々続けているだけ…。おそらく本題に移るまでの『準備運動』なのだと理解はするが、正直「早くしろよ」と心の中で悪態をついてしまう。
「真柴さん、あのさ…」
同級生の口調が急に折り目正しくなる。
「ん?」
「俺…、真柴さんが荒川と別れたって聞いてびっくりして…それで居ても立っても居られなくなった。実は荒川と付き合っている時から真柴さんのことが好きでした!!俺が荒川の代わりになることはできない? 今度は俺が君を守りたい!!」
「………」
(え~と、私は…一体何を聞かされているのだろう)
体温がスーと下がるのを感じる。『本題』など大体予想はついていたのだが、小学生女子が読んでいるような漫画雑誌のセリフの羅列はさすがに引いた。
そもそも、『彼氏と別れて間もない女性』をこんな風に口説くオトコ自体がヒデミにとってはありえない!!
言ってやりたいことはたくさんあるが、ここでアツくなるのはエネルギーの無駄だ。
だからヒデミは一言でこの話題を強制終了させた。
「オマエの前世はハイエナか?」
☆
(あ~イライラする)
1人、カフェを出たヒデミは外の空気を思い切り吸い込む。
(大体さー『守る』って何なのよ。そもそも私はヒロキと付き合っていた期間も守ってもらった覚えはないんだっつーの!!)
体力的な問題は別だが、荒川ヒロキと自分は対等だったと思う。もちろん彼氏から守ってもらいたい女子は多数存在するし、それは否定しない。ここでヒデミが言いたいのは、『世の中の女子をひとくくりにするんじゃない!』ということなのだから…。
ヒロキと別れてから現れた『ハイエナ』は今回の男子を含めて2人、他には別れまでの経緯を根掘り葉掘り聞き出そうとする三流芸能記者のような女子もいた。
( 人の本性ってこういう時に見えるよね)
ほとぼりが冷めて今後の付き合いを検討する時に『これらは何よりの判断材料となる』と考えているヒデミは、これでも傷心期間の真っ只中だ。
ヒロキと別れてもうすぐ1ヶ月…。
元恋人の2人は大学で会えば以前と変わらない態度で日常会話をする。むしろ周りの視線の方がギクシャクしているくらいだ。
「別れた理由は『俺がが女子高生と浮気して、ヒデミが愛想尽かした』ということにしていいよ」
ヒロキが苦笑いしながらそう言った時だけはカチンときて、珍しくアツくなってしまったのだが…。
「ヒロキ、ふざけないで!!私はそんなバカと付き合った記憶はないから!!」
誰も悪くない…ヒロキも『あの子』も。ヒロキは誠実だったし、彼女は彼女でキチンとヒロキとの線を引いていた。
そう、誰も悪くない…。
ヒデミは空に向かって首を反らし、雲一つない青空を見上げる。
「よーし、気分転換に本屋でも行くか!」
☆
欲しかった雑誌を数冊購入。店を出たヒデミはそのまま早足で駅に向かっているところだ。
その時、遠くから誰かを呼んでいる声がヒデミの耳に飛び込んできた。
「おねーさーん!! そこのネズミ色のコート着たおねーさーん!!!おねーさーーーん!!」
「ね…ネズミ色?」
思わず自分が羽織っているモスグレーのコートの袖を見て色を確認するヒデミ。そして振り向くと向こうから全力で走って来る少年の姿が見えた。
「えっ…何?私のこと?」
ヒデミに追い付いたブレザー姿の小柄な少年は、全力疾走で疲れたのか、ハアハアと肩で息をしている。
「よ、良かった…間に合った」
「えっと…君…誰?」
「…これ、本屋で拾いました。お姉さんのでしょ?」
少年の手にはカラフルなイヤリングが1つ…。慌てて自分の両耳を確認すると、さっきまでつけていたハズのイヤリングが右の耳から消えていた。
「どうして、私の物だって分かったの?」
「俺、店でお姉さんの隣にいて、そん時にこのイヤリングが目に入っていたんです。それに、何となくですが服装も覚えていたし…」
「…ありがとう」
少年からイヤリングを受け取るヒデミ。
「どういたしまして」
彼は八重歯を見せて笑った。
「本当に…本当にありがとう。大事なモノなんだ…これ…」
去年の誕生日にヒロキからもらったイヤリングだ。このままなくしていたら…と思うとゾッとする。
「じゃ、俺はこれで…」と少年はそのまま立ち去ろうとしたが、ヒデミの顔を見てそのままフリーズしてしまう。
彼女の目からは大粒の涙が溢れていた。
☆
ヒデミの泣き顔を見て驚いた少年は、「あの公園で少し休みませんか?」と言って道路の向こう側を指差した。
「ありがとう。でも放っておいていいんだよ」とヒデミは言うが、彼は譲らない。
「いや、泣いている女の人を外で一人にするワケにはいきませんから」
可愛い外見からは似合わない少年の発言に、ヒデミは泣きながらもクスリと笑ってしまった。
…と、いう流れで2人は今、公園のベンチに座っている。知らない少年と一緒にいることに対して密かに驚いているヒデミだが、それ以上に驚いたのは自分が泣いたことだった。
もちろん、ヒロキと別れた日の夜は悲しさと辛さで朝まで号泣していた。しかしこんな時期に知らない人間の前で泣くなんて、今までの自分には考えられないことだ。
「お姉さん、落ち着いた?」
「…うん、ありがとう」
そういえば自分はあの日からずっと気を張っていた。そんな時にこの少年の笑顔を見たことで何がほぐれてしまったのかもしれない。
「お姉さん、これあげる」
少年はヒデミの手のひらにチロルチョコを1つ落とした。
「ありがとう。へぇー『ストロベリー・バニラ味』なんてあるんだ?」
「うん、俺の幼なじみのオススメ味。そして『悩んだ時や悲しい時には甘いもの口に入れろ』…ってね」
ヒデミは包み紙を開いて、チョコを口に入れる。久しぶりに食べたチロルチョコの甘さが彼女の身体と心に優しく行き渡った。
「美味しい」
「でしょ?」
(きっと、この少年からもらったチョコだから、余計にそう感じるんだろうな…)
ヒデミは横にいる少年の顔をじっと見て笑顔を向けた。
「ねぇ君、この後時間ある?」
☆
ヒデミは少年をカフェに連れて行き、メニュー表を差し出した。
「イヤリング拾ってくれたお礼!それから泣いた時に一緒にいてくれたお礼!何でも好きなもの頼んで!!」
「えっ?…いいんですか?」
少年は遠慮がちにメニューを見ていたが、「じゃぁ、これ…」と言ってフルーツパフェを選んだ。どうやら彼はスイーツ男子らしい。
「…ねぇ、お姉さん?」
運ばれてきたパフェを口に入れながら、少年はヒデミのイヤリングを視線を向ける。
「そのイヤリング…お母さんの形見か何かなの? だから…泣いたの?」
ヒデミは思わずコーヒーを吹き出しそうになってしまった。
「いや、ウチの母親、生きているから」
「そっかー。よかった」
そう言って笑顔を見せると少年は生クリームをスプーンですくう。
(…それにしても)
ヒデミは少年を凝視する。
(制服からして高校生…だよね? こんなにフルーツパフェが似合う男子高校生っているか? この子は何?珍獣?)
「お姉さん、どうしたの?」
「ん? 何でもない。ねぇ、君いくつ? 高校生だよね?」
「うん、高2」
「名前は?」
「星名リュウヘイ」
「私は真柴ヒデミ。大学3年」
「へぇー、大学生か。頭いいんだね。俺、バカだから大学なんて絶対ムリ」
「バカな大学生はいっぱいいるよ。勉強しか出来ないバカだっているし」
「ふ~ん」
そう言って首を傾げるリュウヘイ。
「リュウヘイくん…このイヤリングね、元カレからの誕生日プレゼントなんだ。お互いキライで別れたワケじゃないから、ずっと大切にしようと思っていたの。だから君には本当に感謝している」
別に本当のことを言う必要はないのだが、リュウヘイを前にしたら、口が勝手に喋りたくなったらしい。
「そうなんだ。俺、彼女できたことないから分かんないけど、お姉さん、いい恋してたんだね」
「…そう、いい恋したよ」
2人は顔を見合せて笑った。
「ところでリュウヘイくん、彼女はいないって言ったけど、好きな女の子はいるの?」
「…………」
答えを聞く必要はなかった。 リュウヘイの赤くなった顔を見れば一目瞭然だ。
「あー、いるんだ?」
「う、…うん。入学式で一目惚れした。多分、初恋」
(か、可愛すぎるだろ。この子、本当に男子高校生か?)
ヒデミはくすぐったい気持ちになり、つい意地悪な質問をリュウヘイに投げかけてしまった。
「…ねぇ、もしもその好きな子に彼氏がいて、そのカップルが別れちゃったら、リュウヘイくんはどうする?」
「えっ………?」
「う~ん」とうなりながら、一生懸命考えるリュウヘイ。
そして…
「…あっ!今ならこの店に連れて来て、パフェ奢るってのもいいな。コレ美味しかったし」
「告白しないの?『今度は俺が守りたい』とか言って…」
「えー、やだなソレ。だってなんか卑怯じゃん。そんな気持ちが弱っている時にオッケー貰っても俺、全然嬉しくないよ」
「……うん、リュウヘイくん、やっぱりキミ最高!! 」
リュウヘイの解答は、数時間前の不愉快な出来事をスッキリ浄化させただけでなく、今飲んでいるコーヒーまで美味しくしてくれた。
「すいません。コーヒーのお代わりお願いします!」
☆
店を出た2人は一緒に歩き、しばらくすると駅前にたどり着いた。
「お姉さん、ごちそうさまでした」
「どういたしまして」
「じゃ、俺はこれで」
「リュウヘイくん…あのね…」
一礼をして顔を上げたリュウヘイの肩にヒデミは優しく手を掛け、そのまま彼をぎゅっと抱き締める。
「へっ?」
ヒールを履いているヒデミとの身長差で身体がそのまますっぽりと包まれてしまったリュウヘイ。彼は今、自分に何が起きているのか把握できず、そのまま目を白黒させていた。
ヒデミからジャスミンのいい香りがする。
「…キミに会えてよかった」
「…えっ? えっ? えっ~と…は、はい?」
ヒデミはそれだけ言うと、リュウヘイから離れ、「バイバイ」と手を振って改札の向こうに消えていった。
☆
帰りの電車の中、扉の側に立ったヒデミは景色を見るフリをして、他の乗客から顔を隠していた。 笑いをこらえるのに必死だったからだ。
(…この私が一昔前の少女漫画のようなセリフを平然と言っちゃうなんてヤバイよ…あー、おかしい)
時々震えてしまう肩は、残念ながら誤魔化しきれないが…。
(それにしても可愛いかったな。リュウヘイくん…)
自分は神様など信じてはいない。でも今回だけは何らかの『力』が働いて自分とリュウヘイが出会ったのではないか…とヒデミは考える。それならばもう少しだけ、この力が働いてくれればいいな…とも。
実はリュウヘイをハグした時、ヒデミは1つ願い事をした。
『リュウヘイくんの恋が成就しますように』
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一方、こちらは翌日のリュウヘイ…。
昨日の出来事を学校で話したのだが、仲間は誰一人信じてくれない。
「本当だよ!! 綺麗なお姉さんが落としたイヤリングを届けたら、めちゃくちゃ感謝されて、カフェでフルーツパフェご馳走してくれて、帰りにハグしてくれたのっ!!入浴剤みたいないい香りだって覚えているんだから!!」
「……………」
全員の視線に哀れみの感情が交ざっていた。その中の一人がリュウヘイの肩を優しく叩く。
「リュウヘイ…俺はお前が嘘をつくヤツじゃないことは知っている。だから…それは何だ…そのー『幻』だ。きっとお前は彼女が欲しいあまり、昼間に夢を見てしまったんだよ」
他のヤツらも「うんうん」と頷く。
「リュウヘイ…今日は9時に寝ろよ」
「リュウヘイ…俺のあんパンやるよ。食え」
「だ・か・ら!! 本当だって!!」
リュウヘイとヒデミがもう一度会えるかは…神のみぞ知る。
<9>↓に続きます。