【小説】POWER!!(ライトブルー・バード〈20.5〉sideサヨコ) 第1部LAST
⭐キャラクターのイラストは小説家専用ツール『Nola』で作成したモノを使わせて頂いております。
前回までのお話です↓
そして登場人物の紹介はコチラ↓
「……な、凄いだろ? ウチの『番犬チワワ』」
小暮サヨコはそう言いながら、ジョッキのビールを飲み干し、通りかかった店員に「お兄さーん!! 生小お代わりね💕」と声をかける。
ここ数週間の人員不足により、かなりのハードワークだったサヨコ。最近になって、別店舗から新マネージャーが異動してきたことで、仕事の重圧から解放され、こうやって飲みに行ける時間も確保できるようになった。
「いやぁ、危うく過労死するところだったわwww それにしても久しぶりに外で飲むビールは美味いねぇ。……でさぁ、そのチワワ…あ、本名は『星名リュウヘイ』っていうんだけど、ソイツは元々マナカに惚れていたんだよね……」
サヨコが饒舌に語っているのは、先日起きた『ストーカー事件』の詳細だ。
高校生アルバイトの今泉マナカが、客である男子大学生にロックオンされたことから始まった今回の事件。星名リュウヘイの機転により、ストーカーはフェイドアウトしてくれたが、2人から話を聞いた時、さすがのサヨコも青ざめてしまった。
「マナカのヤツ、ずっと一人で耐えてたんだよな……。そりゃ報告しなかったことに関しては軽く注意したよ。学生バイトは、親御さんから預かっている大切な子供たちなんだから……。ただ、あの子が報告できなかった原因は、人手不足だったコッチにあるからね…。でさぁ、本店は誰をコッチに異動させるかで、随分前からウダウダしてたんだよ。だから『さっさと決めろっ!』……って文句言ってやった。お偉方連中にはひんしゅくを買ったかもしれないけど、知るかっ! つーの!! 快適な空間が必要なのは客だけじゃないんだよっ!!」
何か嫌なことを思い出したのか、サヨコはしかめっ面をしながら残りのビールを飲み干した。
「あ、そこのお姉さーん! 生小お代わり💕 ……って、オマエさっきから黙っているけど、ワタシの話ちゃんと聞いてるか? なぁ、ヒロキぃ?」
「……はいはい、ちゃんと聞いてますよ」
カウンター席にサヨコと並んで座っているのは、元バイト生の荒川ヒロキだった。
「それにしてもサヨコさん、またビールのお代わりですか?」
中ジョッキを手にしているヒロキ。それはまだ1杯目のビールで、中身はまだ半分ほど残っていた。
「ヒロキこそ、チビチビ飲んでるんじゃねーよ。ビールはキンキンに冷えているうちにぐっと飲み干してナンボだろ? だから小さいジョッキで『回転』を良くしているんだし…」
「『回転数』にもほどがあると思いますが……」
「えー! まだ5杯目じゃん」
「店に入ってまだ30分しか経っていませんよ。…それに加えて全然酔っていないのはビックリです。今、サヨコさんの体内では、どんな形でアルコール分解されているんですか!? …なんて言うか、もう『ザル』を越えた『枠』ですよね」
半分感心、そして半分呆れたような表情でサヨコを見るヒロキだった。
サヨコとヒロキは前々から約束をしていたこともあって、今日は2人で夜の街へと繰り出していた。
本当はベテランパート女性の『クマさん』こと熊田も参加予定だったのだが、子供の急病で残念ながら欠席……。その代わり、サヨコに何か相談したいことがあるらしい土居ユウスケが、後ほど、この居酒屋で合流することになっている。
「詳しい内容はまだ分からないけど、ユウスケから悲痛なLINEが届いてさ。悪いな、ヒロキ。お前とユウスケは、バイト生時代、そこまで仲良くなかったのに」
「大丈夫ですよ。ノリは違いましたが、根は悪いヤツじゃないって分かってるんで」
ヒロキはそう言って残りのビールを飲み干し、「すいませーん、生中お願いします」と店員に声をかけた。
「やっと1杯目終了かよ。遅いな」
「自分のペースで飲ませて下さいよ。サヨコさんこそ、そんな尋常じゃない速度で飲みまくって、明日の仕事は大丈夫なんですか? いくら酒に強くても、俺は心配になりますが?」
「気遣いサンキュー。おかげさまで明日はや・す・み‼️」
「よかったですね」
「まぁ明日は明日で丸1日、娘の為に時間を取るつもりでいるから、全然ゆっくりできないけどな」
「『モモカちゃん』でしたよね? 2人でディズニーにでも行くんですか?」
「そこも候補に入れて『どこに行きたい?』って聞いたんだけど、なんと『ウチの店がいい』って言われたよwww」
「はっ?」
「久しぶりにリュウヘイの顔が見たいんだとさ」
「それって、今言ってた『チワワくん』のことですよね?」
「そうそう『チワワくん』www ……全くよぉ、娘の希望だから仕方ないけど、何が悲しくて休日に職場に行かなくちゃいけないんだか……」
ちなみにサヨコの愛娘モモカは、まだ小学校2年生。以前スタッフルームでリュウヘイと一緒に宿題をやったことがあり、それ以来彼に夢中なのだ。
「でも、なんか可愛いですね」
「小2と高2だけど、リュウヘイの見た目は幼いから、マナカと並んでいるよりも違和感ないかもなwww ……ところでヒロキ?」
「はい?」
「マナカとリュウヘイの話……妬けた?」
「何ですか? その質問は」
「あ? 今更すっとぼけんじゃないぞ。お前とマナカがプラトニックに惹かれ合っていたことくらい私にはお見通しだよ」
苦笑いするヒロキ……。サヨコはその表情を見てニヤニヤしていたものの、急に真顔になり、呟くように言葉を吐き出した。
「……ただ、ヒデミちゃんとオマエが別れるとは……さすがに思っていなかったけどな」
「実は……俺もでした」
サヨコと同じトーンで言葉を返したヒロキの目が、まるで遠くを見ているような瞳の色に変わった。
ヒロキの元カノである真柴ヒデミ。サヨコは客として来店した彼女と、何度か話をしたことがある。
「ワタシ、ヒデミちゃんのこと好きだよ。同年代の女の子に比べて、しっかりと『自分』を持っている所が……。だからといって、同じ価値観を周りに求めていない聡明さがいいよね。ただあの子、自分の弱い部分にどうやって折り合いをつけているのかな? さすがにヒロキの前では、そうゆう面も見せていたんだろ?」
「時々ですよ。アイツ基本、意地っ張りですから。……俺、そんなヒデミの弱さも理解していたつもりなのに、彼女を思いきり傷つけてしまいました」
『心の浮気は身体よりもタチが悪い』という彼女の言葉がヒロキの脳裏によみがえる。そしてヒロキの側で嫉妬をしたくない……と理由で、彼はヒデミから別れを告げられた。
「なあヒロキ、ヒデミちゃんのその理由は、ただの建前で、本当はオマエら2人の為に身を引いたんじゃないか?」
「……えっ?」
ヒロキは驚いたように目を見開いた。
「自分に『邪魔者』って名前をつけて」
「……だとしたら、ヒデミの解釈は間違っていますよ。俺の概念には『ヒロイン』も『邪魔者』も存在していません。実在するのは誠実そうな仮面をかぶった『二股野郎』だけ……」
ジョッキに口をつけてビールを一口飲んだヒロキは、自虐的な笑顔で話を続ける。
「……でもね、サヨコさん、ヒデミと別れた直後はめちゃくちゃメンタルやられましたけど、今は『これで良かったんだ』って思っているんですよ」
「何で?」
「就職ですよ。それぞれに進みたい道がありますからね。ちなみに俺が第1希望でエントリーしようとしている企業には海外支社があって、もし採用されたなら、俺はいつかそこで自分を試してみたいと思っています」
「うんうん」
「そしてヒデミは俺よりも成績優秀なんですよ。アイツなら進みたい分野で、絶対に活躍できると思っています。それなのに自分と結婚したことで、彼女に夢を諦めさせてしまったら、俺の方がツラいです」
「ほーーぉ?」
「でも『何も言わずあなたに合わせます』『あなたに着いていきます』っていう女性に対して、俺は全く魅力を感じません」
「……だろうね」
「と、いうワケで『俺は一生独り身だろうな』って思っています。まあ、最低限の荷物と共に世界中を回るのも悪くないんじゃないかと……」
「ヒロキはユウスケとは違うタイプの『結婚できない男』なんだな」
「…そういや、土居のヤツ遅いですね」
「あぁ、遅いな」
そして2人は同じタイミングでビールを口にして、同時にジョッキを空にした。そして「すいませ~ん、生中お願いします」の言葉もハモる。
「あれっ? サヨコさんは小ジョッキでしたよね?」
「んっ? 秒でなくなるからサイズアップした」
「……『枠』発言訂正します。アナタは底なしの『ブラックホール』でした」
ユウスケから『すいませーん! 今、やっと仕事終わったんで、これからダッシュしますヾ(;゚;Д;゚;)ノ゙』というLINEメッセージがサヨコのスマホに入ってきた。
「へぇ~、無断遅刻常習犯だった土居が、こんなメッセージ送れるようになったんですね」
「ヒロキぃ、ナチュラルにディスるなよwww 店によく顔出すようになったから分かるけど、アイツ今、結構頑張っているぞ」
そういえばユウスケのヤツ、結構な頻度で来るようになったよな……とサヨコは今、改めて思った。
「ヒトは変わるんですね」
「うん、アイツの場合はケイイチのおかげだろ」
「『ケイイチ』?」
「あぁ、ヒロキには話してなかったな。ケイイチはユウスケの幼なじみ。色々あって今はウチの店で働いているよ。あっ! 一言でまとめると『出来杉くんの頭脳を持った美形のび太』ってとこかな?」
「どうやら『のび太くん要素』はメガネだけのようですね」
「……で、この2人が1年ぶりに再会して、只今ケイイチがユウスケの『クズ矯正』真っ最中ってワケ」
ケイイチがユウスケに『幼なじみ以上の恋愛感情』を抱いている情報は、さすがに割愛した。
「なるほど。それにしても、サヨコさんって、バイト生たちのことよく見ていますよね。人間関係とか個人の悩みとか……」
「うん。だってみんな可愛いもん」
「一番の関心ごとは『恋愛事情』のようですが?」
「んー? だってバイト先で好きな人が出来たら、仕事に張り合いが出るじゃない? そんな子がいたらどんどん応援したくなっちゃうよね。だってワタシがそうだったから」
「へぇ~」
「ワタシ、高校生の時にあの店でバイトしてたんだ。学校にはちゃんと行ってたけど、なんか馴染めなくてねぇ……。あの頃はアルバイトが『心のよりどころ』だった」
「そうだったんですか」
「……で、その時に好きだったのが、当時、新入社員だったウチの店長」
「えっーーーーーー!?」
「ああ見えて、店長は昔、カッコよかったんだぞ」
「今は、良くも悪くも幸せな体型をしていますけどね」
その時、入り口の扉がガラガラと開き、「遅くなりました!!」というユウスケの声が店中に響いた。肩で息をする姿が、本当にダッシュで来たことを物語っている。
「オッス! ユウスケ。久しぶりじゃないけど元気だったか?」
「サヨコさん、こんばんは。そんで荒川は久しぶり!」
「久しぶり。……まあ、早く座れよ」
ユウスケはサヨコの横の席に座り、「すいませーん! 生中」と店員に声をかけた。そしてサヨコを真ん中にした3人は、ジョッキを合わせて、改めて乾杯をする。
「……で、ユウスケ、相談って何だ? 金なら貸さないぞ」
「違いますって!! あ、あのぉ、俺、今度……独り暮らしをしようかと……」
「へっ!? オマエ金貯まったの?」
「いぇ全然。……実はですね、俺、前々から『そのうち独り暮らしする』って親に言ってたんですよ。そしたら何を思ったのか、ウチの両親……勝手にマンション買っちゃた」
サヨコとヒロキは同時にビールを吹き出しそうになってしまった。
「ゴ、ゴホッ……はぁ!? 何、そのスーパーでお菓子買うようなノリは!?」
「いや、息子の俺もさすがにビックリでした」
「土居、……まさかと思うけど、家具類も?」
「一式揃えてた」
「このぉ!! 金持ちボンボン野郎がっ!!」サヨコは思わず両手をグーにして、ユウスケの頭をグリグリする。
「うわぁ! ごめんなさい!!」
「ごめん済めば警察いらねーわ。でっ!? それのどこが悩みなんだよ!? えっ?」
「ケイですよ」
「ケイイチ?」
「えっ?『のび太くん』?」
「いやぁ、俺、ケイにあれだけ『自力で実家を出る』『どんなボロアパートでもいい』って豪語していたのに、親にマンション買ってもらったなんて言ったら、絶対に軽蔑されるだろうなぁって……。『ユウくん、それって自立じゃないよね?』とか言われて冷たい目を向けられそう……」
「あー!容易に想像できるわwww」
ケイイチが彼に時々冷たくなるのは、心を鬼にして『クズ矯正』を行っているからで、つまり……それは『愛』なのだということにユウスケは気づいていない。
「でも……それって、土居が住まない選択をすれば解決だろ?」
「ごめん、実際に部屋見たら住みたくなった」
「ユウスケの甘ったれっ!!」
「何とでも言って下さい。でも助けて下さい」
「運送屋辞めて、今すぐウチへ来い!! マンション1件買い取れるくらい働かせてやるっ!! ワタシのストレス解消にもなるし、お互いWin-Winだ!!」
「サヨコさんが言うと冗談に聞こえません。それに俺はケイに軽蔑されなきゃいいんですよぉぉぉ!!」
「オイシイとこばっかりチョイスしてんじゃねーよ。お前なんかケイイチに冷たい目で見られて、身体の芯まで凍ってしまえ!!」
「まあまあサヨコさん、落ち着いて」
ヒロキが割って入る。
「土居の『自分に甘いところ』なんかに、今更怒っても仕方ないじゃないですか」
全くフォローになっていない。
「荒川ぁ、俺、泣いていい?」
顔がひきつるユウスケ……。
「あ、ごめん。でも土居は、結局そのマンションに住むつもりなんだろ? じゃあ、そこをスタートラインにして、これからそのマンションを買い取る勢いで一生懸命働きます! ってのび太く……じゃない、ケイイチくんに伝えるしかないんじゃないかな? とにかく頑張れよ」
「そ、そうだな。荒川ぁ、サンキュー。俺、今度は嬉しくて泣きそう」
「そもそも土居が、何故その幼なじみにビビっているのか、よく解らないけどね」
そう言ってヒロキはジョッキに口をつけた。
「いやぁ、だってケイには、気持ち良く合鍵を受け取って欲しいじゃん」
その言葉で、ヒロキは再びビールを吹き出しそうになり、サヨコは持っていた焼き鳥を思わず落としてしまった。
「ああああ合鍵ぃ!?」
「どうしたの2人とも?」
「け、ケイイチには合鍵は必要ないんじゃないかな? だってユウスケが女の子とイチャイチャしている時に、合鍵で部屋に入ってきたら、絶対気まずいじゃん」
「えっ? 俺、女の子は誰一人新居に入れるつもりはないけど?」
「はっ!? オマエが?」
サヨコとヒロキは思わず顔を見合せた。
「土居ってさ、女の子めちゃくちゃ大好きだよね?」
「うん、大好き。でもそれとこれは別。そんなことしたら、ケイが来づらくなっちゃうじゃん」
「そ、そうだね」
確かにそうなのだが……
「あ、俺、ちょっとトイレ」
そう言ってユウスケは席を外した。
まだ眉間にシワをよせているサヨコに、ヒロキが耳打ちするようなボリュームで話しかける。
「サヨコさん、なんか俺には『のろけ』にしか、聞こえないんですけど?」
「偶然だな。ワタシもだ」
「俺、酔ったんでしょうか? 土居がピュアな一途男子に見えてきました」
「『エア・二股野郎』の目には、さぞかし眩しく映るだろうな」
「それにしても『ケイ』って本当に『ケイイチくん』なんですか? 実は『ケイコさん』という女性でした……っていう方がしっくりくるんですが……だって『あの』土居ですよ」
「両思…」
「なんですか? サヨコさん」
「い、いや、なんでもない。……なあヒロキ」
「はい?」
「『愛』だよ」
「『愛』?」
「人生色々、愛も色々」
「はあ……」
まあ、ユウスケの『愛』は完全に無意識だろうから、サヨコ的にはバカ過ぎて笑える。
(ヤバい、こりゃぁ面白くなりそうだ)
思わずにやけるサヨコ。そして今後の愛の行方が気になるヤツが、ここにもう1人いたことに気づく。
「なぁヒロキ、オマエもヒデミちゃんの幸せを一人で勝手に決めつけるなよ」
「…………へっ?」
そしてクスッっ笑うヒロキ。
「サヨコさん、俺、何だか会いたくなってきました」
「誰? ヒデミちゃん? マナカ?」
「いいぇ、……星名リュウヘイくんです」
「ほぉ~」
「たっだいまー!! お2人さん、何の話してたの?」
トイレから戻ったユウスケが身も心もスッキリした顔で席に座る。
「リュウヘイの話」
「ゲッ! 星名のチビ?」
以前、自分に楯突いたことがあるリュウヘイは、ユウスケにとって天敵なのだ。ついでに言うと、ケイイチが彼をめちゃくちゃ可愛がっているので、ちょっとだけジェラシーを感じている。
「まあまあユウスケ……。さて、なんか気分いいから、もう一度乾杯するか!
お兄さーん! 特大ジョッキで生3つ💕」
「えーーーーーー!?」
目を丸くしている男子2人など、とりあえず無視だ。
「では 乾杯ぃぃぃぃ! いやぁ、若いっていいなぁ❤️」
「か、かんぱぁい」
ブラックホールレベルのアルコール分解力を持つサヨコと、平均的な肝臓機能を持つ男子2人の差が歴然となったのは、翌日の朝の話。
ライトブルー・バード【第1部】完
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。【第2部】もよろしくお願いいたしますm(__)m
2022.12.1 桂(katsura)
🌟そして第2部(全7話)はコチラ↓