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なぜ「今」ノーコードなのか?


最近、とみに「ノーコード」が話題です。

先日は日経でも大きな特集が組まれていましたし、Newspicksでもだいぶ熱の入った特集記事が連載されていました。

やってきたノーコード アプリ開発、誰でも早く安く
ノーコード革命

曰く、これからはノーコードだと。エンジニアじゃなくても、コードが書けなくても、次のAirbnbやUberを生み出して世界を変えることができるのだと。大変素晴らしいことではないでしょうか。

一方で、こうした流れに対しては懐疑的な見方が根強いのも確かです。そんなものは昔からあるだろうと、エクセルでもホームページビルダーでも、そもそもコンシューマー向けのソフトウェアなんてみんなノーコードだろうと。

原野商法という言葉があります。川辺に広がる一面の沼地を野心的な目をした不動産屋が見渡し、「都心のその先にある豊かな大地」みたいなポエムを唱えると、あれよという間にタワーマンションが立ち並び地価が高騰していくあの現象です。「ノーコード」というのも要はそれだろうと。昔からあるものにかっこいい名前をつけてバズらせようとしているだけだろうと。

結局大多数の人が理解するのはテクノロジーそのものではなくその周辺にあるストーリーなので、わかりやすいストーリーに覚えやすい名前がついていると、それだけでつい中身があるかのように錯覚してしまいます。お盆が明けたらあなたも上司から突然「ノーコードでAIつくって」と言われるかもしれません。他人事ではないわけです。恐ろしいですね。

かくいう私ですが、実はノーコードツールの会社をやっています。それももう5年くらいやっていて、待てど暮らせどなかなか波が来ないので、なぜ波が来ないのかとずっと考えていました。なので、今波が来た理由もなんとなくわかります。要するに、うちのツールが売れるときの理由と一緒だからです。

前置きが長くなりましたが、なぜ「今」ノーコードなのか、です。昔からあったものとは何が違うのかをすこし書いてみたいと思っています。トレンドの本質を理解することで、正しく付き合うことができるのではないかと思っています。

アプリはサクサクが基本という話

さて、「ノーコード」が突然普及期に入ってきたことと切っても切り離せない背景のひとつとして、フロントエンド技術の発達があると私は思っています。

数年前、あるお客様とアプリの開発をしていたときのことです。非常に残念ながら、われわれが納品したアプリのパフォーマンスはいまいちでした。画面の遷移に数秒かかる、スクロールが引っかかる、そんな具合です。その時にお客様から言われたことを今でもよく覚えています。「アプリはサクサクが基本」です。

確かにその通りだなと思うわけですが、ではみなさん、「アプリ」とは何でしょうか。

アプリという単語に市民権を持たせたのはおそらくiPhoneでありスティーブ・ジョブズですが、市井の人にとっての最初の「アプリ」という体験は、私はGoogle Mapだったのではないかなと思ってます。その昔インターネットと言えば、ダイヤルアップの独特な接続音からはじまるストレスの連続にひたすら耐え続けるという単なる苦行だったのであって、Google Mapのように複雑で多彩な情報が、あんなに快適に、素早く見られるなどという体験はそれまでにはなく、非常に画期的でした。

Google Mapが素晴らしい体験を生み出すことができた技術的な背景は、JavascriptとAjaxです。要は、いちいちサーバーと通信して、データを取得して、取得したデータをブラウザがレンダリングして、というまどろっこしいものではなく、ユーザーの操作に応じてブラウザが即座に処理を実行。サクサクッと素早く結果を返し、通信などは背後でこっそり行って、ユーザーを待たせませんという、まあそういう技術です。

たぶんあのGoogle Mapが世にでてきたときに「アプリ」という概念が生まれ、その「アプリ」をつくることができる「フロントエンド技術者」という専門職ができたのだと思います。フロントエンドという呼称は、システムのうちユーザーに近い部分、即ちフロント側にある部分という意味です。

いま注目されている「ノーコード」は、要するにフロントエンド技術の結晶です。Google Mapと一緒に10数年前に生まれたフロントエンドという専門領域が、オートポイエティックに自らの価値を高め、ひとつのティッピングポイントを超えた。それが今だったということです。


フロントエンドの価値増加

では、フロントエンドの価値とはなんでしょうか。

十数年前に生まれたフロントエンドという専門領域ですが、当初から順風満帆というわけではなかったと記憶しています。正確に言えば、一部の技術者がテッキーな文脈で盛り上がっていただけで、その前には一般ユーザーの「だから何なの」が厳然と立ちはだかっていました。先にあげたGoogle Mapも、今でこそ商業的にも大成功していますが、出てきた当時は大テックカンパニーGoogleの趣味的サービスというような認識だったと思います。

しかしながら、その後だんだんわかってきたのが、UXは金になるという事実です。

ご存知の通りUXはユーザーエクスペリエンスの略で、ユーザーにストレスのない、心地良い体験をしてもらおうという話です。サクサク動くアプリは、インターネットの遅さにストレスを抱えていた人類にとってこの上ない体験でした。そうしてユーザーの満足度を高めてリテンションを獲得すれば、アドテクノロジーによってメディア収益を得ることができます。今や数億人を超えるユーザーがGoogle Mapで場所を調べ、数えきれないほどの事業者がそのプラットフォーム上でサービスを提供しているわけで、おそらくGoogleには数千億円という単位の収益がもたらされています。

その後SaaSなどと呼ばれるサブスクリプション型のビジネスが流行り、UXの重要性は更に高まります。顧客がアプリでの体験に満足している限りサブスクリプションの売上が継続し、顧客の生涯価値が無限に高まっていくというモデルです。

他方、体験が不満だろうが機能が不便だろうが必ず使わなければいけない従業員向けの業務システムは、メディア収益ともサブスクリプションとも関係がないためこうした流れとは無縁でしたが、昨今フロントエンドは、そうした領域でも価値を発揮しつつあります。

ドコモシステムズ社は、天下のNTTグループが利用する大基幹システムのフロントエンドを、数年前に当社のツールを活用して刷新しました。刷新されたアプリは、ユーザーがカレンダーに自身の予定を登録・管理するだけで、さまざまな基幹系システムと連携し、勤怠や工数の管理、交通費の精算などを自動的に行います。従業員は、わけのわからない報告だの申請だののためい週に何時間も費やすことなく、価値を生み出す仕事に集中することができます。

業務システムにおけるアプリは、マイクロサービス的に構築され分散しがちな企業の各種システムをフロントエンドで統合し、ユーザー(従業員)にワンストップな体験を提供するとともに、ビジネスの現場にある数多くの貴重なデータを自動的に収集するのです。


「ノーコード」とは何か

まとめると、フロントエンドという専門領域の価値が次第に高まり、またそれがUXなりシステム統合なりというかたちで明確化してきたことで、そうした価値を簡単に生みだすための専用のツールが出てきたということです。

ですので、いま脚光を浴びている「ノーコード」ですが、別にノーコードであることがポイントではないということです。というのも、フロントエンドというのはシステム全体からみるとまさに表層に過ぎないという位置づけでしたから、ノーコードで構築できるということはわりと当たり前だったわけです。

ポイントは、それが生み出す価値の方にこそあるということだと思います。今巷で話題のAWSのHoneyCodeやそれこそ当社のツールは、例えば無料のスプレッドシートなどと連携して、専用の入出力インターフェイスをつくることができます。これがなにを意味するかというと、要するにバックエンドのコモディティ化なのです。

開発者ではない一般ユーザーがいざアプリをつくろうとしたとき、最初の壁はデータベースという概念だったりします。ところが、「ノーコード」と無料のスプレッドシートがあれば、その壁を易々と乗り越えることができてしまいます。業務を知っている人がスプレッドシートで管理表を作成し、ついでに少し凝った入出力のインターフェイスを「ノーコード」でつくれば、それはもう立派な「アプリ」です。システムにおける価値を生み出すポイントは、バックエンドからフロントエンド側に大きくシフトしてきているのです。

フロントエンド領域に昔からあるグラフィカルでコードを必要としない操作感のまま、UXがよく、さまざまなAPIとも連携できる、本格的で価値を生む「アプリ」がつくれてしまう。それがつまり「ノーコード」ということだと思います。

要するに、USBメモリがUSBと略されてしまう現象のようなものです。

会社紹介

「ずっと使えるビジネスアプリ」を実現するノーコードの会社をやっています。アプリの力でビジネスの現場をもっと楽しく、創造的にしていきたいと思っています。

http://unifinity.co.jp/

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