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なかなか実感できなかったけれど、今ではたまに考える~もし明日死んでしまったら~

私はたまに考えるようにしています。
「明日もし死んじゃったら……」って。
特に病んでいるわけではありませんが。笑

人生とは生まれてから死ぬまでの時間だと、そんな話を聞いたのが「人生とは」って意識し始めたきっかけだったようにも思います。
でも実際、「明日死ぬかもしれない……」とか、「平均寿命で考えると、○○○○時間しかない!」とか言われて実感がわくかと言われると……

その時は、頭の中では理解できるんですよね。
あぁ、そうだなぁー、そうだよなー、って。
だから、話を聞いている間はやる気に満ち溢れ、あれもこれもやらなきゃ! って思うんですよね。


でも……1時間経ったら忘れません?笑


私はそうでした。そもそも頭でいくら分かっていても、実感できないんですよね。明日死んだらとか、死ぬまで何時間とか言われても。


でも今では「明日死ぬかもしれない」と意識して、もしくは突然思い出すかのように、考えることがあります。そうするとどうしようもないほどに行動したくなることがあるのは、やはり身をもって死に向き合ったことがあるからです。

1つは祖母が亡くなったこと。
祖母は胃ガンで亡くなったのだけれど、結局はガンと言うよりも何も胃を通らなかったことが原因でした。
何よりも生きているのが辛いと、本人が思っていたのではないかと思います。もうどうしようもないと、明日目覚めないかもしれないと、そんな風に祖母が考えていたのではないかと思い出すと、今でも辛くなるし、それに、自分だっていつかそうなる日が来るのだと、どうしても意識せずにはいられなくなります。

もう1つは、2016年7月14日のフランス・ニースでのテロに巻き込まれたこと。
これは他人ごとではなく、本当に自身の死を覚悟した瞬間でした。
テロリストが運転するトラックが私の目の前を走り去り、逃げ隠れたレストランの倉庫では、電波も届かず、なにも情報が入らないまま閉じ込められてしまいました。

今から同時多発テロが勃発する。そして自分は殺されるのだ。

と、覚悟をしました。結果としては運転していたテロリスト1人の犯行だったから今もこうして生きていられるのですが、もしテロリストが複数名あのトラックの荷台に乗っていたとすると……そう想像してしまうのと同時に、実際に聞いた泣き声や叫び声、混乱に陥った当時の様子が脳裏に重なり、ぞっとします。


これらの経験をするまでは、頭でいくら「いつかは死んでしまうんだ」ってことは分かっていても、やっぱりどこか自分事とは思えていない自分がいたのだと思います。そもそもの気質として、何においても「まぁどうにかなるでしょ」と、楽天的に考えているタイプだから、あまり必死に生きていると、そう感じることも自分ではありませんでした。


だから、正直言うと、こう書いても届かないだろうなとも思っているのだけれど、それでも、誰かたった一人でもこの記事を読んでくれたその1日を、大切に生きてくれる人がいればよいなと、そんなことを考えながら、そして自分に言い聞かせながら書き始めました。

私がテロの後に感じたのは「大切な人たちに会いたい」ということと、「今生きていることへの感謝」の2つの感情しかありませんでした。何かを買いたいという衝動でもなく、働いて事業を成功させたい、お金を稼ぎたいとか、そんなんでもありませんでした。

これは人によって考えることは違うと思います。もし私が経営者だったなら、従業員の顔が浮かんで、やっぱり仕事が大切だと思っていたかもしれません。

ただ、自分が何を大切にしているのかは、死を意識することで見えてくるのも確かです。


特に「誰かに会いたい」と思ったことは自分でも意外でした。
どちらかというと、1人で過ごす時間を大切するタイプだと自分では思っていたので、こんなにも人に支えられて生きているのだと、初めて実感した瞬間でした。
だから、大切な人たちに囲まれて生活しようと、そう考えてからは、誰と遊ぶのか、誰と共に時間を過ごすのかについては……わがままばかり言っています。笑 でも、それでいいと思っています。

後は、もっと今を大切にしようと思っています。

以前、本棚を整理をしようと思い立ったのでそのことを書いたのだけれど、さっき、ふと、思ったのです。

何故突然、私は整理をしようと思い立ったのか?

そう考えると、私の頭の中で意識していたのだろうなと思うのです。
過去に縋って読んで面白いと思っていた本を持ち続け、未来を見据えてまた読み返すだろう、誰かに貸すことがあるかもしれないと、「だろう」「かも」をたくさん並べて今が見えなくなってしまっていることに。

でも、無意識下で考えたのだと思います。


明日もし死んでしまっても、今のこの部屋にいることに自分で満足しているのか? って。

「明日もし死んだら」って考えて整理かよ! って思う人もいるかもしれませんが、それが大切だと、私は思っています。大切なヒトに囲まれて、モノに囲まれて、生きていく。一日一日を大切に生きていく。

辛いことがあったとしても、大切なヒトやモノ(今回は部屋)に囲まれて生きていれば、きっと前を向けると、そう信じています。

だからこそ、まずすべきは自分を知ること。
案外知らないと思います。特に日本にいると考えることが少なくなってしまうのが不思議なのですが、皆に考えてみて欲しいのです。

自分は何が好きで、何が嫌いなのか。

特にこの嫌いなものを知ることは大切で、嫌いなものがあることを欠点とする人があまりに多すぎるように思います。でも生き物なのだから、ぜったいありますよね、嫌いなモノって。
それを隠すのは自分に嘘をついて生きているのと同じこと。だからまずは嫌いであるなら嫌いであることを認識することが大切で、その後、「嫌い」を避けて生きるのか、克服する必要があるのかを考えればいい。

明日もし死んだらと言われてもピンと来ないかもしれませんが、一度自分に問う日にしませんか。

今を大切に生きていますか? と。

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