読書感想文「仕事ができるとはどういうことか?」

MGRになってから、これまで「仕事出来てるな」と思ったことがない。SA時代はそれなりに自信があったし、実際上司からの評価としても「SAでは一つ抜けている」というFBを何度か頂いた。

もちろん、求められる役割や成果のレベルが上がったため、相対的に「出来る」を達成できていないということもあるのだけど、実感として「やってやったぜ」と思えるケースがなく、職位関係なく達成感を感じられない状態がもう1年近く続いている。

どうすれば「仕事ができる」と思うことができるのか。

本書では山口周の本でたびたび登場する「アート」「サイエンス」に似た概念で「センス」「スキル」を材料とし、議論が進むような対談形式となっている。

(正直、こういう人たちと話すのは苦手なので、読んでいて疲れた)

近しいなと思った答えは2つ

仕事ができる=人に頼りにされる
仕事ができる=スキルを持っているだけでなく、それを使って構想を創るセンスがある

個人的に感じる仕事ができる上司は、確かにこんな感じだ。

前者と後者は独立事象ではなく、後者な人は頼りにされるだろう。

2人の指摘のなかに「努力してスキルを活動に満足してそこで終わってしまう人が多い」とあった。まさにこれが僕なのではないか。英単語覚えてTOEICの点数を挙げることは、スキル的にはいいかもしれないが、じゃあ仕事にどう活かしていきたいの?という問いには明確には答えられない。英語できたら幅が広がりそう、程度である。

学生時代から、俺ってセンスねーな、と思ってきた。

ある程度勉強ができてテストで点をとって生き延びてきたけど、創造性が必要とされる場面で存在感を発揮できなかったり、組織を引っ張っていくようなキャラにはなれなかった。

後天的にセンスを伸ばすことは可能だという。但し、そのやり方は体系化されておらず、具現化し自覚するのも後になってだ。センスの事後性。

人間を小さく、開放的に外部に接して、能動的な活動による経験を積みながら考えることをやめない。
その繰り返しがやがてセンスを生むのだろうか。


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